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清めの塔

 部屋から出てきたカイン君とわたしのにやけた様子を見て、女性は不思議そうに首を傾げたが、それについて問われることはなかった。わたしは厚かましくも初対面の女性の寝室を借りてしまったことを詫び、遅ればせながら自己紹介を交わした。……毎度のことながら、名乗りのタイミングって難しくない……?


 女性の名前はシエラさん。白い肌に広がったそばかすと赤毛は、某小説の少女を彷彿とさせる。エステラと違って、別に三つ編みじゃないけどね。


 その日の晩はそのままシエラさんの家に泊めてもらい、翌日村の長老であるおばば様の家へと向かうことになった。おばば様の家は村の古参メンバーが集団で生活しているようで、「この人がおばば様かな?」と思えば次から次へと更にご年配のおばあちゃんが登場するのだ。四人のおばあちゃんへの挨拶を経て、ようやく本物のおばば様が登場した。


 おばば様は、常に小刻みに震えている小さなおばあちゃん。……いったい何歳くらいなんだろうか。顔中に刻まれた無数の深い皺。目は開いてるんだかいないんだかよくわからないほどに細い。このおばあちゃんも昔は赤毛だったんだろうけど、今ではすっかり白髪になってしまっている。


 おばば様は付き添いの手を借りながら椅子にゆっくりと腰かけた。付き添いの女性が準備が整ったことを目で知らせてきて、シエラさんが一歩前に出て頭を下げてから説明を始めた。


「おばば様、この方がエステラの代わりに聖獣様の花嫁になりたいと言うのです」

「……なんと」


 シエラさんから紹介されたカイン君が、スカートを両手でつまみ、挨拶をする。いったいどこで身に着けたのかは謎だが、その女性らしく優雅な所作はどこぞのお姫様と言われても納得してしまうほどに可憐だ。


「カイラと申します。よろしくお願いいたします」

「……ふむ」


 おばば様は付き添いの女性になにやら耳打ちをし、ひそひそ話をしている。付き添いの女性がカイン君を上から下までなめるように観察し、おばば様へと耳打ちをした。


「…………魔力は、申し分ないようだね。エステラよりも多いぐらいだろう……。容姿も、問題ない。後は──」


 後は……? あとなんか条件あったっけ? 性格が良いこととかそういうこと? その点カイン君なら全然問題ないよね? でもそんなの、確認のしようが──


「──純潔であるかどうかだ」

「純潔?」


 今度はカイン君がわたしに耳打ちをしてくる。


「……ねえ、ユーリ、純潔って何?」

「え……? えーと、その、この場合の純潔は……」


 ま、まさかわたしにパスがくるとは……! ど、どうしよう……なんて言ったら良いんだろう? でもカイン君はこの手の話には疎いみたいだし、あんまり遠回しに言っても伝わらないかもしれないよね? 恥ずかしいけど、ここははっきりと言わなければ……! 今、わたしの顔、相当赤いはずだよ!


「その……だ、男性経験があるかどうかだと思います……!」

「……男性経験? …………男になった経験があるかどうかってこと?」


 いや! 違うよ! なんでそうなるよ! めっちゃはっきり言ったのに! 第一そんな人、滅多にいないよ! あ、そうか。カイン君は「男性経験」っていう単語を知らないのか。えーと、じゃあ別の言い方で……


「その……異性に体をゆるしたことがあるかどうかということです……」

「体をゆるす……って何?」

「えーーーーとーーーー」


「……二人とも、もう良いわ。その様子なら、間違いなく純潔の乙女でしょうから……。ね? おばば様」


 終わらないわたし達のやり取りを見かねてシエラさんが助け船を出してくれた。おばば様も納得してくれたみたいで、カイン君は無事、花嫁候補として認められた。というか、エステラよりも魔力が多かったことが決め手となって、今回の花嫁にはカイン君がなることにあっさり決定した。……上手くいきすぎて怖いぐらいだよ。


 そうと決まればカイン君は清めの塔に入らなければならないらしい。現在入っているエステラと交代で、これからしばらく塔の中にこもりっぱなし。今は、おばば様の付き添いの女性がわたし達を塔へと案内してくれている。


 わたしの横を歩くカイン君はおばば様の家で白いシンプルなドレスに着替えていて、いよいよ花嫁さんって感じだ。着替えはしたけれど、もちろん足には魔獣の首輪を忍ばせている。


「エステラはすでに清めの塔に入って三日が経っていますから、衰弱が激しいかもしれません。塔から出てもすぐに旅にでることは難しいでしょうから、しばらくは安静にしておいた方がいいでしょうね。後で彼女の家に案内します」

「はあ……。あの、塔の中では何をしているんですか?」


「基本的には聖獣様へ祈りを捧げています。そうすることによって魔力を更に高めることが出来るのですよ。邪念が入らないように、塔の中は外界からの刺激が一切遮断されています。音も光も魔力も届きません。口にできるのは聖獣様が清めた水のみで、そこで三日三晩祈りを捧げ、花嫁になるための心構えを──」


 待って待って待って! それって常人が発狂するレベルの監禁じゃない!? しかもご飯食べられないの!? ぶっちゃけあれだよね!? 花嫁が逃げ出さないように気力と体力を奪ってるだけだよね!? カイン君、そんな苦行耐えられるの!?


 横でわたしと同じ話を聴いているはずのカイン君は、これが自分の身に降りかかることだって分かってるんだか分かってないんだか、ずーーーーっと、にこにこしている。嗚呼、これは「なんだかよくわかんないけど、とりあえず笑っとこう」の笑顔だ。……ほんと、大丈夫かなあ。


「つきました。解錠しますのでお待ちください」


 黒い石造りの塔は、温かみのある色使いの多かった街並みにおいて異質だった。そして思ったより、狭い。……これ、一番広い部分でも三畳あるかどうかじゃない? こんなところに一人で何日も閉じ込められるなんて……わたしだったら絶対嫌だ。……どうしよう、こんなところにカイン君を閉じ込めるなんて……やっぱり──


 この期におよんで焦り始めたわたしは、黙ってじっとしていることができず、塔の周りを意味もなくうろうろしてみる。あー、余計に落ち着かない!


「ユーリ、大丈夫?」

「え? あ、いや、その…………大丈夫です」


 わたしよりずっと不安なはずのカイン君に、逆に心配されてしまった……。いかん、落ち着かねば。わたしは塔に軽く手をつき、目を瞑って深呼吸をした。


 ……うん、ちょっとは落ち着いてきたかも。ゆっくりと目を開け、ふと手をついている塔の石に目を遣る。すると指先で何かが動いたような気がした。しかし、そこにあるのは塔の壁として積まれている石のみ。……動くわけないよね? それでも何やら違和感を感じ、黒い石をよーく目を凝らして見てみる。


「……ん? ……ひっ!」


 なんということでしょう。わたしが黒い石だと思っていた物は、細かい字でびっしりと呪文が刻まれた白い石だったのだ。え、これ全部⁉︎ やばくない? 時折、無数の虫が蠢くように文字がざわざわと揺れている。わたしはあまりの気持ち悪さに、一気に鳥肌が立つのを感じた。


 そうこうしている間に鍵は開かれ、エステラが女性に支えられながら出てきた。わたしは二人に慌てて駆け寄り、衰弱しきったエステラの肩を掴んだ。


「エステラ、大丈夫ですか!?」

「……ユーリ? ……どうして」


 わたしは女性に変わってエステラを支え、その容貌の変化に改めて驚いた。もともと白かった肌は更に白くなり、もはや青みがっている。食事をとっていないせいか支える体に重みはほとんど感じられず、ただ、髪色の鮮やかさだけが以前より際立っていた。


「素晴らしい魔力の増加ですね。エステラでこの仕上がりでしたら、あなたは更に期待できると思いますよ」


 わたしに体を預けたまま意識を失ったエステラを一瞥し、付き添いの女性はにこやかにカイン君に言葉を掛ける。


 ……この状態のエステラを見て、第一声がそれですか? 生まれ育った環境の違いとは分かっていながらも、どうにも納得できない感情が湧き出てくる。


 どうしよう……やっぱりこの村なんか怖いよ。止めるなら、今しかないよね? でも、カイン君が中に入らなかったらまた別の女性が選ばれるだけで……ど、どうすれば──


 わたしがカイン君を止めるべきかどうか悩んでいる間に、女性はさっさと塔の中に入ってしまい、なにやら作業をしたあとすぐにまた出てきた。


「準備が整いました。さ、どうぞ」

「はい」

「え!? ちょっ! まっ!」


 慌てて止めようとしたが、エステラを抱きかかえた状態では身動きが取れない。カイン君はさっさと塔の中に入ってしまい、女性はすぐに鍵を掛けてしまった。


「これで良しっと。……どうかしましたか?」

「…………いえ、なんでもありません」


 ああ、わたしってなんでいつもこう、判断が遅いんだろう……。意識を失っているエステラを杖を使って優しく運びながら、女性にエステラの家へと案内してもらう。もやもやしたわたしの感情に呼応するかのように、白い花がまた一つ紫へと変わっていった。

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