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そして日常に戻っていく?

 朝規則正しく七時に起きると、おじさんは田んぼを見に行くと告げて出かけた後だった。おばさんによると、やっぱり昨日のことは寝たらきれいさっぱり忘れていたそうだ。自分でも、昼食をとるおじさんを観察したが、昨日の騒ぎは一体何だったんだ、というぐらい静かなものである。なんだか拍子抜けしたものだ。拍子抜けしたあまり、通路に寝そべっていたモモを本当に踏んづけかけた。きゃん。ごめん、モモ。……達者でな。


 脳内で次の宿場町へ向かうご老公一行の旅だちのBGMが流れている。


「じゃ、気をつけてな」

「うん」


 最寄りの駅まではおじさんに車で送ってもらう。

 キャリーバッグをコロコロと引きながら木造駅舎を通り抜けようとして、ふと振り返った。


「そういえばおじさん、進路のことなんだけれど」

「なんや」

「自分でちゃんと決めたら、報告する。たぶん、近いうちに」


 おじさんはにっと笑った。


「おまはんの人生や、後悔のないようにな。それが結局一番なんやぞ」


 ……最初から、そう言えばよかったのに。

 私とおじさんは、最初から言葉が足りなすぎる。

 軽く手を挙げてから、電車に乗り込んだ。




 待ち合わせの駅までついたけれど、菱川さんとの待ち合わせまで時間が残っていた。せっかくなので、手土産を買っておこうと思う。基本的にいつもお菓子もらってばかりじゃだめだものね。一旦、駅を出て、ロータリーから商店街への道を少し歩く。目指すは老舗の和菓子屋さん。そこには夏といったら、というぐらい地元では有名なお菓子がある。水まんじゅうだ。


 さっそく奮発して、箱ごとお買い上げした。それとは別に、店前に設置された小さな屋台で自分用のものもその場で買ってみた。水槽の、冷たい地下水に沈む水まんじゅう入りのおちょこは目にも涼しげだ。こしあん、抹茶餡と、八月限定の葡萄餡をいただく。餡を包むくずの部分がぷるぷるしている。甘味は人類の宝だなあ、としみじみと感じた。うむ、梢麿こずえまろは満足でおじゃる。


 紙袋とキャリーバッグを運びながら、もう一度駅に戻ると、改札入ってすぐのところに菱川さんがいた。あ、菱川さんもキャリーバッグだ。おそろいですね。……て、あれ。まだ約束した時間より早めに来たはずなのに、待たれているとはどういうこと?


 なにはともあれ、やることは一つ。小走りで菱川さんのところへ行く。


「お待たせしました」

「こんにちは。あ、少し荷物持つね」


 挨拶もそうそうに、さらっと流れで紙袋が菱川さんの手へ。え、と少し戸惑いつつも、久々の生菱川さんに心臓がどきどきしてきた。それに加えて、菱川さんの微笑みは相変わらず聖母マリア様仕様だった。どきどきする一方で、妙な安心感もあって。そうだ、この感覚から一週間離れていたんだ。少しは慣れてきたつもりだったけれど……あれが必要だ、あれ。……そう、リハビリだ。ちょっと動揺激しくて、頭が回らなくなってきた。頑張れ、私。


 ちょっとだけ息を吸って、吐く。


「菱川さん、先日は大変なご迷惑をおかけして……その、ありがとうございました」


 少し頭を下げれば、菱川さんは、別に迷惑なんかじゃなかったよ、と言ってくれた。

 そして、ちょっと互いの視線が近くなり、その手が目の下に軽く触れられた。菱川さんが少し前かがみになったのだ。なんというか、ごくごく自然な仕草だった。離れてからようやく息できた。


「目元が今も腫れていたらどうしようかと思っていたけれど……ひとまず大丈夫そう?」

「はい、なんとか。……また、決まったら報告するつもりです」


 それだけで十分伝わった。この人は私の意志を読み取るのが本当に上手いと思う。今回の帰省でよくよく身に沁みました。


「あの、よかったら、その紙袋のお菓子……お土産なんです。水まんじゅう……。口に合うかどうかわかりませんが……」


 一瞬、菱川さんが驚いたような顔をした。ついで口元が綻んでいく。本当に嬉しいんだろうなあ、と思わせる表情だった。


「……うん。ありがとう。大事に食べるよ」


 水まんじゅうはどうやら外れじゃなかったらしい。安心した。

 それから電車に乗り込む。夕方近かったから、席はあまり空いていない。


「あ、ここ空いているから、梢さんは座っていて」


 一つ空いていた座席にすかさず私を座らせて、菱川さんは通路側のつり革に掴まった。いつもよりも見上げる距離が遠い。


「……今日は、菱川さん、どちらまで出張されていたんですか」

「うん。神戸までかな」


 神戸。……え、ちょっと待って。


「わざわざ快速に乗らなくても、新幹線に乗れたんじゃ」


 むしろ、それが普通だと思う。お仕事関係ならなおさら新幹線を使って早く行き来するものじゃないの。 菱川さんは大したことじゃない、と気にしたふうでもなく微笑んでいる。


 でも、そうか。そこまで心配してもらってたんだ。

 嬉しいな。


 頬の筋肉が明らかに仕事放棄してしまったから、どうにも今、私の顔にはしまりがない。よって、ちょっと視線を逸らした。隣の席でモンハンやってるおっちゃんの顔を盗み見て、平静を保った。


 おっちゃんの口はたらこに見えた。




 別れる間際、菱川さんから神戸土産をもらった。

 これが今回の出張の目的だったんだよ、と手渡された小袋。その中には、アンティーク調の小さな万華鏡が入っていた。なんでも、万華鏡職人を訪ねていたのだとか。


 綺麗だなぁ、なんて思いつつ、部屋に飾って時々眺めることにしている。

 私のお土産については、下宿先に戻った次の日に、美味しかったよ、とトークアプリにクマのスタンプ付きでメッセージが届いた。なんでも山田が一人で三つも食べようとしているのを阻止していたんだそうだ。


 私も、部屋に飾った万華鏡の写真を送っておいた。ウサギがぺこぺこお辞儀しているスタンプ付きだった。




 

 


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