帰省は癒しと無茶ぶりフラグ?
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大学生の休みは長い。そもそも一年十二か月あって、大体前期四か月、後期四か月とすれば、休みは四か月あることになる。結構なもんだ。この四か月で何をするかは学生個人の裁量にゆだねられている。
海外旅行する人もいれば、バイトに打ち込む人、ぐうたら寝て起きて生活をする人もいて、本当に自由だ。夏休み明けの友人たちに「夏休み何した?」と聞けば十人十色の答えが返ってくるに違いない。……聞ける友人、大学にほとんどいないけどね。そんな人だって私以外にもいるはず。たぶん。
私の夏休みの大きな予定はインターンシップと帰省することの二つ。帰省中にインターンシップを済ませてしまうつもりなので、実質一週間ぐらいしか予定が埋まってない。だったらあと何しようかと思うのだけれど、ぐずぐずと決めるのを後回しにしていた。自分のマンションに戻ったところで特に何かをすることがあるわけじゃない。上手くいけば、今の時期に遠方に進学している高校時代の友人たちがちらほらと帰省しているから、彼女たちと遊べたらとは思っている。でも全部の予定が埋まるわけでもないし、結局何で時間をつぶそうと考えつつ、自分の専門分野の勉強することにした。小学校時代から毎日コツコツと積み重ねてきた勉強サイクルが、今や毎日何かしら勉強してないと落ち着かないまでに定着してしまった自分が憎い。
なにはともあれ、勉強がてら地元に持っていく本を図書館で借りてきた。分厚い古典全集、五冊。ほとんど鈍器みたいな重さだ。……うん、四冊は家においていこうかな。
ついでに研究室によると、何人かでお菓子パーティーを開催していた。どうやら例のスイーツ男子田沼くんがクッキーとプリンを作って、差し入れにきてくれたようで、主に先輩たち(全員女子)が和気藹々とお菓子を分け合っている。その中には十分エアコンの冷気が満たされた部屋で、優雅に扇子で顔を仰ぐ神坂さんもいた。
「梢ちゃん、こんにちはー」
ひらひら~と手を振って、抹茶味のクッキーを摘まむ神坂さん。……まるでどこかの有閑夫人みたいな感じであるが、こちらに見せつけている扇子は、白地に赤丸、文字は黒で大きく「必勝」。院試を意識しているのかよくわかる扇子だ。私の視線で言わんとすることがわかったのか、神坂さんはふっ、とアンニュイなため息を漏らす。
「バイト先に入荷しているのを見た瞬間に、これを買えと私の本能がささやいたんだよ」
「そうなんですね」
「来年の夏は梢ちゃんにあげるわ」
「もらっても使い道がありませんよ?」
神坂さんが不思議そうな顔をした。
「え? 梢ちゃんは進学しないで、就職派? 来年の今頃はもう就職先が決まっているからいらないってこと?」
えっ、と今度は私が声をあげる番だった。まさか神坂さんに、私が就職ではなくて、進学をするのが当然のように思われていたとは知らなかった。進学、か……。
「どうしてそう思ったんですか?」
「梢ちゃん、勉強好きそうだもの。授業にもいっぱい出てるし、先生の話も人一倍熱心に聞いているんだから、私と同類と思ってたわ、ごめん、何か勘違いしてたみたいだねー」
「いえ、それはいいんですけれど……」
何かが釈然としない。まだまだ自分の意志というものが固まっていなくて、胸の奥で形もなくどろどろとしている感じだ。この夏休みで答えが出ればいいんだけれどな。
そう思いつつ、プレーンクッキーを一つ口に入れる。サクサクで美味しい……。
私は楽しそうに女性陣とトークを繰り広げる田沼(呼び捨て)を恨めしげに見つめる。私、こんなに美味しいクッキーを菱川さんに作ってあげられないよ。……嫉妬だ。
私は心の中で、田沼に再戦を誓った。
※
何はともあれ、帰省予定に変わりなし。
何時の電車で地元の駅に着くのだと電話で話すと、「わかった。そのぐらいに車回すからな」とお迎えが確定した。暑い上に、小さいとはいえキャリーバック持参だからありがたいけれど、妙におじさんが上機嫌なのが気になった。壁かけ時計を見れば午後三時。……お酒、入っていないかしら。
心配になったので、圭子おばさんにも事情を説明しておいた。たぶんこれで大丈夫。
出発の日は幸いにも比較的涼しく、過ごしやすい日だった。移動にもさほど苦労せずに済みそうだ。
以前は頻繁すぎるほどバイト先に行くために利用していた駅から地下鉄に乗り、一度乗り換えてから、新幹線も通る大きな駅へ。そこから快速電車に乗って、数十分。今度は大きな路線から小枝のように飛び出した小さな路線の電車に乗り換えて、終点に辿りつく。移動時間二時間未満の道のりだ。
ここまで来ると、いよいよ田舎感がましていく。ほとんど運転手一人のワンマン電車から降り、古びた木造の駅舎を潜り抜ければ、削れた山肌がごくごく身近な、懐かしい街並みが広がっている。成人式以来だ。
「おう、こずえー。まちくたびれちまったぞう」
タオルを頭に巻き、いかにも農作業終わりです、というような作業着を着たおじさんが小さな駐車場傍に待ち構えていた。相棒の白の軽自動車も一緒である。
「おじさん、お久しぶりです」
「おおぅ。そっちは元気そうやな」
「それなりに。おじさんも元気そう」
「そりゃ、そうやろ。頭の方は相変わらず焼け野原だがなあ!」
おじさん、突っ込みづらい冗談はやめてください。……言えなかったけど。
「ほれ、車乗れ」
「うん」
キャリーバックを持って、後部座席に乗り込む。車中はレモンの芳香剤の匂いとおじさんの汗の匂いらしきものが混在して、ちょっと気持ち悪くなる。私は無言で窓を開けた。
おじさんの運転は荒い。迷いはなく、スピードが出る。決断が早いから事故を起こしにくいタイプなのだと思う。……ただ、交通量がそれなりにあるぐねぐねした道でそれをやられるのはちょっときつい。ぐえ。
おじさんの家までは歩けば三十分ほどだが、車では五分から七分ぐらいだ。
先ほど、懐かしい街並みと言ったが、実はこの近くには私も通っていた中学校があった。さらには地理的にはここは旧街道の宿場町なので、史跡もあるし、それなりの歴史もある。後から気が付いたのだけれど、私は中学、高校にかけて、毎日旧街道を通っていたのだ。もしかしたら、今の学部に入ったのも、その辺の影響があるのかも、と思わないわけじゃない。
山すそを撫でるような道路を進んでいく先に、おじさんの家を含んだ小さな住宅地があった。そこには小さな集会所と広場もあるわけだけれど、見れば一目で小さな共同体だとわかると思う。でもこの辺りは大した差はない。
おじさんの家の裏はすでに山で、田んぼもすぐ目と鼻の先にある。
玄関にはちょっとおめかしした圭子おばさんが待っていて、「久しぶりねえ」と笑う。……それから、家から綱で繋がれた犬も一匹。中型犬の大きさの黒い柴犬が、私を見ながら、こてんと首を傾げている。久しぶりの再会に嬉しくなった。
「モモ! モモ!」
私は夢中でモモに駆け寄った。前足を持ち上げ、下から見上げる。モモは「どうしたの?」と言いたげに私を見返した。くるんと丸まった尻尾をぶんぶん嬉しげに振っているわけじゃないけれど、これはモモにとっては今更の話だ。餌や散歩の時ぐらいしか尻尾は振らない。性格がツンデレがかっている。
「モモ~。元気にしとった? 私は元気やったけど、モモは少し痩せたんじゃないかぁ? 餌ちゃんと食べとるー?」
私はその首や身体をわしわしと掻く。モモは元々大人しいから、なされるがまま。でもなんだかんだで外で私を待っていてくれたようで嬉しかった。
モモは最初、うちで飼っていた犬だったけれど、両親の死後に私と一緒にこの家に引き取られて、おじさんの家の犬になった。私が小六の時保健所からもらってきたから、年齢から言うとそろそろおばあちゃんになるだろう。
私にとっては唯一残された家族のようなものだ。お手、お代わり、伏せ、待て、を全部私が仕込んでいる。雨と雷の日にはさびしがりな一面を見せるけれど、無駄吠えとか拾い食いもしなくて、比較的手のかからなかったいい子だ。きっとこの家でも番犬としての役割を果たしているのだろう。
「……お前はいいなあ、モモ」
柔らかくてさらさらとした毛も、ちょうど手の中に納まる細い前足や肉球の感触も、すべてが懐かしかった。私はまるで高校時代に戻ったかのように、モモのつぶらな黒い瞳と見つめ合う。……本当に、お前は顔だちがきりっとした美人さんだなぁ。人間だったらミス・ユニバース狙えるんじゃないの?
「モモー。モモやーい」
戯れに黒いびろびろ……口唇をめくりあげれば、途端に大きな牙が見えた。あら、やっぱり歯磨きしてないね。今更思うけれど、ちゃんと歯磨きの習慣つけておけばよかった。どんな美人も歯が黄ばんでいたら台無しよ?
「おい、こずえー」
「なあに、おじさん」
急に呼ばれて振り向けば、おじさんは車の鍵を手渡してきた。え、何ですか。
いつの間にか一度家に戻っていた圭子おばさんも、ガラガラ、と玄関の引き戸を閉めて戻ってくる。
「キャリーバッグはおじさんが梢ちゃんの部屋に入れておいてくれたからねー」
「あ、ありがとうございます。……それで、その、おじさん、この鍵って」
あぁ? とおじさんはそれがまるで当然のような口調で、
「おまはんが運転していけ。どうせ向こうではちっとも運転する機会なんてないやろ。この辺りに住むなら、今のうちにペーパードライバーを卒業せなかんでなあ。な? 圭子」
「そりゃ、まあ、そうだけれど。あんた、それは急すぎへん?」
「今やらなきゃ、いつやるんや!」
今でしょ。……え、そんなご無体な。
「こずえ、免許証は持って帰ってきてるやろなあ! はよ、乗れ! 寿司屋ははよ行かんと混むでな!」
こうなったおじさんは誰にも止められやしない。というか、寿司屋って何。初耳なのですが。
おじさんの手によって、モモは家の中に戻されて、家の戸締りが完了した。
私には拒否権はなかった。
免許証忘れたという嘘をつき通す自信もない私は、諦めて自動車のハンドルを握る。助手席のおじさんからの無言の圧迫感。早く出発しろと、半ギレで詰め寄ってくる感じだ。恐い。
それからのことは考えたくもない。免許取ってからはじめての運転はそりゃあひどいものだった。パニクる私に、怒鳴り散らすおじさん、いまいち緩衝材になれないおばさん。車内が混沌としていたのは一目瞭然だった。目的の回転ずしチェーン店に辿りつくころには、これが帰りも繰り返されるのかと思うと、辟易していた。……おじさん、自分がお酒飲むつもりだから私に運転手をやらせたんだね、きっと。
梢さんは犬に対しては方言丸出しになります




