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レゾナンス   作者: AQUINAS
第二章 ハンザ王国~冒険者~
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第四十六話 対策会議

 冒険者ギルドに権限が与えられている強制召集とは、魔獣の侵攻により街や村が存亡の危機に晒されている場合に限り発動される。対象となるのはEランク以上の冒険者全員である。そして2日前にノルトの街では強制召集の布告が発せられ、対象者は本日12時までにギルドの受付にて参戦登録をすることとなっていた。当然Eランクである大輝も予備の剣や医療品、食糧などを買い込んだ上で登録を終えていた。そして登録を締め切った直後にエレベ山から狼煙が上がる。魔獣の群れがテーゲル湖から移動を開始した合図だ。早ければ2日後の昼過ぎにはノルトの街へと到達する。そしてこの狼煙が上がった時からノルトの街は防衛態勢に移行する。具体的には街の城門は閉ざされ許可を得た者でないど出入りが出来なくなり、不要不急の用事以外は外出が禁止されるのだ。




「何人集まった?」


 ギルドの2階に設けられた『山崩し』対策室に足を踏み入れたスレインは挨拶もせずに事務統括者であるリリスに尋ねる。まもなく16時から領主であるアッシュ公が加わって防衛戦の作戦会議なのだ。最終的な自軍の戦力を把握しなければならない。苦戦が予想されるだけにピリピリとした空気が流れる中、リリスが答える前にスレインに続いてアッシュ公と警備隊のクロッカス隊長が対策室に入室する。


「少し早いが始めよう。」


 険しい表情のアッシュ公を見てスレインは北方騎士団との話し合いが上手く行かなかったことを悟る。冒険者ギルドのギルドマスターといえども騎士団に対しての権限は一切ない。冒険者ギルドとは国に属さない独立組織だからだ。そのため、ノルトの街の領主であり、ハンザ王国に2家しかない公爵家当主であるアッシュ公が北方騎士団との交渉を行っていたのだ。だが、結果は表情を見れば明らかだった。


「まずは悪い話からするべきだろう。だから私から話をさせてもらう。」


 アッシュ公が切り出した言葉で対策室の面々は理解した。北方騎士団は当てにならないと。苦い顔をしているのは冒険者ギルドの職員であるスレインとシハスとリリスの3人、怒りの表情を浮かべているのは主戦力となる2つのBランクパーティーの代表者ルビーとリルだった。


「私の力不足で申し訳ないが、北方騎士団の団長であるグーゼルは派兵自体を保留してきた。」


 2日前にマインツ副団長が12年前の半数である500名の騎士団派遣を告げたがそれすら団長であるグーゼルは拒否したという事実にスレインたちの顔は怒りで真っ赤になる。


「騎士団はなぜ保留してきたのでしょうか。」


 大貴族であるアッシュ公に失礼の無いように声を抑えてスレインが問うが怒りで声が震えることまでは抑えられなかった。


「明日到着する王都からの増援部隊にグラート王子がいらっしゃるそうだ。王子の意向を聞くまでは保留としたいの一点張りだ。この作戦会議にすら人を派遣して来ないようでは話にならん。」 


 騎士団用に用意してある空席の長机へと視線を向けるアッシュ公の瞳にはまるで炎が宿っているかのように見える。騎士団の対応への怒りの炎だ。騎士団の派遣を保留するとしても会議に出席して情報を整理するなり、参戦する場合の打ち合わせをするべきなのだ。最終的にグラート王子が派遣を許可した場合でも情報がなければ効果的な結果は得られないのだから。


「この場でやり玉に挙げられるのを嫌ったのでしょうね。」


 リリスの言葉に誰もが頷く。王子が増援部隊に同行して来ることは公爵であるアッシュ公だけではなくギルドの幹部たちですらすでに数日前から知っている。行先であるノルト砦のトップであるグーゼル団長が知らないわけがなく、言い訳に使っていることは明白であった。


「騎士団の件でアッシュ公にお願いがあります。」


 戦闘統括者であるシハスがアッシュ公に進言することの許可を求める。政治家であるアッシュ公に冒険者出身のシハスが進言をすること自体が異例であるが、事態を打開する糸口が欲しいアッシュ公はそれを許可する。


「ありがとうございます。是非ともグラート王子が砦に到着されてから騎士団に派兵を願い出ていただきたいのです。直接王子へとお話出来るのがベストですが、王子の耳に話が届くのであれば側近の方にでも構いません。」


 シハスの言葉を反芻しその意図を探るアッシュ公はすぐに気付く。   


「なるほど。交渉相手を選べということか。グラート王子の性格であれば事実を知れば民のために必ずや騎士団を派遣するはず。こちらで騎士団込みの作戦を作って置こう。明日、グラート王子が到着された後すぐに砦に行って再度交渉してくる。その上で最終的な作戦会議は明日の夜行おう。来襲直前にはなってしまうが仕方ない。」


「わかりました。交渉は引き続きアッシュ公にお任せいたします。」


 同じく意図に気付いたスレインがアッシュ公に頭を下げる。シハスもそれ以上は発言せずに頭を下げるだけだった。アッシュ公は言葉には出さなかったが、シハスの意図することはそれだけではない。グーゼル団長の失脚も念頭に置いている。


「うむ。警備隊の方だが、700人程が集まった。騎士ほどの腕を持つ者は少ないが、街を守る為に力を尽くしてくれるはずだ。」


「予定より多く集めて下さったようでありがたいですね。冒険者の方はリリスに報告してもらいます。私もさっきまで他の打ち合わせが有ってまだ聞けていないのです。」


「では、先ほど締め切った参加登録の結果をご報告いたします。Eランク以上の冒険者の総数は547名です。上位のランクから報告致しますと、こちらにいらっしゃるルビーさん、リルさんを含めて6名がBランクです。Cランクの方が104名、Dランクの方が210名、Eランクの方が227名です。」


「思ったよりDランクの人数が多いな。」


「はい。例年この時期は山を下りてくるDランクやCランク魔獣を狙った上昇志向の強いDランクの方が集まる傾向がありますので。」


「それなりに戦える者が多くいるのは心強い。」


「とはいえ楽観はできません。魔獣のランクと冒険者のランクは一致しませんから。」


「そうだな。Cランク魔獣を倒すにはCランクのパーティー、Dランクの魔獣を倒すにはDランクのパーティーが必要なのが一般的なのだろう?それでも彼らに期待するしかない。」


「問題は騎士団や警備隊とは違って集団戦に慣れていない事ですね。」


 スレインとアッシュ公の会話に割って入ったのはシハスだ。戦闘統括者としての意見を述べなければならない場面だからだ。


「うむ。冒険者は基本的にパーティー単位での戦いだからな。どうすれば一番力を発揮できる?」


「騎士団と同じ運用では彼らの力を十分に発揮させてやれません。基本的にはパーティー単位での戦闘をさせます。」


「それでは固まって襲って来る魔獣に押し切られてしまうのではないか?」


「もちろん自由に動かれるだけでは各個撃破されるでしょう。ですので私の直下に遊撃隊と伝令隊を置きます。遊撃隊にはルビーやリルのパーティーのように戦闘力に長けながらも状況判断が出来るパーティーとソロの中で信用の置ける者に入ってもらいます。また、斥候役のように直接的な戦闘力の低い者を伝令隊として使います。具体的な役割ですが、遊撃隊には状況に応じて苦戦するパーティーの補佐と高ランク魔獣の撃破を、伝令隊には各パーティーへ指示を伝えさせます。」 


「それしかないか。」


 シハスの案を吟味するアッシュ公に対してスレインが賛意を示した上で補足を加える。


「良い案だと思います。冒険者はパーティー単位での戦闘には慣れている者が殆どですが、それも互いの力量を知っている場合に限ります。ですので、普段組んでいるパーティーをそのまま使う案が最良だと思います。ソロでやっている者に即席のパーティーを組ませても大して機能しないでしょう。彼らは戦線が崩れそうな場所に適宜投入して時間稼ぎに徹してもらうのが良いかと思います。」


「わかった。冒険者の方は任せよう。」


「ありがとうございます。至急割り振りをこちらで決めさせていただきます。」


「うむ。次は冒険者と警備隊の配置だな。」


「狼煙の数から魔獣の群れは前回と同じくノルトの街の北東から下りてくると考えて間違いないと思います。そして奴らが目指すのは北門でしょう。南門まで大回りするとは考えにくいので北門へ陣を敷くべきかと。」


「撃退出来ても東西の荒野へ逃げられるのは目を瞑るしかないか・・・」


「そうですね。撃退出来るかどうかの瀬戸際ですから。それこそ騎士団次第だと割り切るしかないでしょう。」


 ノルトの街の北2キロに存在するノルト砦。魔獣が街の北東の山道から下り切ったところで騎兵が魔獣の後ろを迂回して包囲を完成させるのが過去の『山崩し』での役割だ。そして包囲網が完成したら徐々にその網を絞って行き殲滅する。それができるかどうかは騎士団、いや、王子の決断次第だ。


「そうだな。防衛できるかどうかさえ怪しいこの状況で包囲殲滅など考えるべきではないか。」


「はい。撃退出来た時に考えましょう。」


 スレインの言葉に納得したアッシュ公は頭を切り替えて北門での布陣をどのようにするかの討議を始めたのだった。







 『山崩し』の発生を翌日に控えた日の昼過ぎ、ノルト砦の前に姿を現した騎士団があった。王都アルトナから250キロを6日掛けて行軍してきた1,000名の騎士たちとそれを率いるグラート王子の一行だ。


「ようやく着いたか。さすがに疲れたよ、アーガス、アリス。」


 慣れない野営と軍事行動に疲れた表情を見せる金髪青眼のこの人物こそが次代の王位に最も近いと目されているグラート王子であった。そして彼の両脇に控えている男女が幼少の頃より付けられた側近兼護衛のアーガス、アリス兄妹である。二卵性双生児である2人はハンザ王国に4つある侯爵家の1つバイエル家からグラート王子の腹心となるべく派遣され、幼い頃より共に王宮で過ごして来た身内同然の者である。ハンザ王国では王位継承順位の高い者には将来を見据えて上級貴族の子息たちを付けて王宮で共に過ごさせる習慣がある。幼い頃から共に過ごすことで王位に就いた際に上級貴族たちと争いを起こさないためだ。また、その中から将来の側近を選ぶことも目的としている。そしてグラート王子が選んだのがバイエル家のアーガス、アリス兄妹だった。


「先触れは出しておりますのですぐに砦内のお部屋でお休みになれるかと思います。」


「本日はゆっくりとお休みくださいませ。」


 グラート王子より2歳年上の兄妹は身内同前の気さくな扱いを受けながらも臣下の形は崩さない。彼らにとってグラート王子の側近という立場は非常に重要であり、バイエル家の繁栄のためにも王子の不興を買うことは許されないからだ。バイエル家の当主であり、父でもあるアーノルド・バイエルからも何よりもグラート王子の意向を尊重せよとの厳命を受けてもいる。


「出迎えが来たようですね。」


「おそらく北方騎士団長のグーゼル団長だと思われますが確認してまいります。」


 妹のアリスが配下の騎士を伴って砦から出て来た一団へと向かう。


「一休みしたらまずはグーゼル団長から現状報告を聞くということだったな?」


「はい。視察の目的はハルガダ帝国側の動きの確認とそれに対するノルト砦の警戒態勢の確認ですので、まずはグーゼル団長にお会いになられるべきかと存じます。」


「わかった。そのように手配してくれ。」


「はっ。」


 グラート王子とアーガスが今後の予定を確認しているうちに騎乗したグーゼル団長がアリスに先導されてやって来る。


「ご無沙汰しております、グラート王子。」


 颯爽と馬から降りたグーゼル団長が片膝をついて臣下の礼を取る。


「久しぶりだなグーゼル北方騎士団団長。団長に就任してこの砦に赴任して以来だから2年くらいぶりか。」 


「はい。その際はご推薦頂きありがとうございました。」


「実力が認められただけのことだ。私は何もしていないさ。ところで帝国軍の動きに変化はないか?急ぎの報告がなければ一旦部屋を用意してもらいたいのだが。」


「はい。この数日マラウィー砦の動きに変化はございません。砦ゆえ大したもてなしは出来ませんが長旅の疲れを癒してください。」


「ではそうさせてもらおうか。案内を頼む。」


 こうしてグラート王子率いる騎士団がノルト砦に入ったが、この場でグーゼル団長から明日に迫っている『山崩し』についての話題が出ることはなかった。グーゼル団長もまた意識は王子にのみ向かっており、王子が休息を取りたいということをアリスから聞いていたためにそちらを優先したのだ。




「グラート王子へ取次を願いたい。」


 王都からの増援部隊がノルト砦に到着したことを知ったアッシュ公が砦に直接赴いたのはグラート王子が用意された部屋に案内されてから2時間が経った頃だった。2大公爵家の当主であるアッシュ公は即座に砦内の控室に通されたが肝心のグラート王子への面会がなかなか認められなかった。


「王子は長旅の疲れが出て休まれております。今しばらくお待ち願います。」


 対応しているのは側近であるアーガスとアリス、そして北方騎士団の団長であるグーゼルであった。


「たとえ公爵閣下であっても休息中の王子への無理な面会は認められません。」 


 アーガスとアリスの対応を見てグーゼルは意地の悪い笑顔を浮かべている。


「アーガス殿とアリス殿でしたな。明日にでも『山崩し』が発生するということを王子にお伝えせねばならないのだ。申し訳ないが取り急ぎグラート王子に相談したい。」


 公爵家当主とはいえ、王子の側近である彼らに暴言は吐けないため、感情を押し殺して取次を願い出る。そこにグーゼルが当然といった顔でアッシュ公に言う。


「アッシュ公、『山崩し』の件についてはこの後面会予定の私が話を致しますのでご安心を。」 


 グーゼル団長が北方騎士団の団長に就任してからの2年間で信用できない相手であると感じているアッシュ公は言い返す。


「グーゼル団長は最新の情報をお持ちでない。呼び掛けたにもかかわらず昨日の対策会議にも北方騎士団からは誰も参加しなかったのではなかったか?それでどうやって王子に正確な情報をお伝えするおつもりなのか不思議で仕方ない。」


 グーゼル団長は小馬鹿にするような言い方をするアッシュ公を睨むがすぐにアッシュ公はアーガスとアリスへと向き直る。


「アーガス殿とアリス殿は今回の『山崩し』についてどのような情報を持っていますかな?」


 アッシュ公はグーゼルでは話にならないし、側近である兄妹も簡単には通してくれないと思い、やむなく説明をすることにした。


「早馬にて12年ぶりに本来の『山崩し』が起こるだろうということは聞いております。」


「私がどうしても王子と直接話したいという理由をお教えしましょう。」


 兄妹を脅すつもりで威厳を込めた声で話し始める。


「今回の『山崩し』は早ければ明日の午後にもノルトの街に到達する。それも12年前の『山崩し』を遥かに超える規模で、だ。」


 アッシュ公は公爵家当主としてどのような話し方をすれば相手の心により深く響くかを知っている。


「前回の『山崩し』は私の指揮下にある警備隊500、冒険者500、北方騎士団1,000の合計2,000名で対応した。」


 感情を抑えた低い声で話す。


「北方騎士団の役目は包囲と残党の殲滅だから大きな被害はなかったが、警備隊と冒険者の25%が命を落とし、残りの75%は全員何らかの負傷を負った。」


 言葉を短く切って相手に染み渡るのを待つ。


「現在、ノルトの街の警備隊と冒険者の戦力は12年前とほぼ同等。そして魔獣側は少なくとも前回の3割増し、最悪の場合2倍ということもありえる状況だ。」


 事実だけを淡々と述べる。


「そして、北方騎士団は対策会議すら参加放棄している。」


 北方騎士団の名前が出たところでグーゼル団長が口を挟むとするが、アッシュ公が鋭い視線でそれを制する。20年以上公爵家当主を務めるアッシュ公の威厳の前にグーゼル団長は一瞬息を飲む。そしてその隙にアッシュ公が最後の言葉を発した。


「任務放棄をしている北方騎士団の本拠地に王子がいるという事実はまずいのではないかね?」





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