第四十五話 内憂
シハスは冒険者ギルドの幹部職員として知っているハンザ王国の内情から話し始める。それが北方騎士団が派兵を渋っている根本的な原因だと思っていたからだ。
「北方騎士団はハルガダ帝国側のマラウィー砦の動きに不穏なモノがあることを理由にしているが、実際は違う。マラウィー砦の動きが慌ただしいのは事実だが、戦争準備かそうでないか位の判断は出来るからな。だから問題の本質はハンザ王国内の政治状況と北方騎士団上層部の人間関係にある。」
ハンザ王国はアメイジア大陸の南西に位置し、北はハルガダ帝国、東は同盟関係にあるマデイラ王国、南と西は海に接している。ハンザ王国とマデイラ王国の同盟の成立は200年近くも前のことであり、両国が協力することでハンザ王国が北部で接するハルガダ帝国とマデイラ王国が北西部で接するアスワン王国という大国たちに対抗してきた歴史がある。そして両国は互いの結びつきを深める為に婚姻外交を繰り返しており、現在のハンザ王国の主であるキール・ハンザ・ミュンスター王の第一妃もマデイラ王家から嫁いできている。
「血が濃くなりすぎなように交互にそれぞれの娘を嫁がせるのが慣例となっている。もちろん、王位継承者が生まれなくては困るのでキール王も第二妃を娶っているがな。」
現在のミュンスター家はキール王と第一妃の間に生まれた息子が1人、第二妃との間に生まれた息子と娘の2人がいるが、すでに娘はマデイラ王国の王家へと嫁ぐことが決まっている。すでに子供たちも全員成人を迎えており、第一妃との間に生まれたグラート王子は25歳でありハンザ王国内に2つしかない公爵家から妻を迎えている。第二妃との間に生まれた18歳のエーレン姫はマデイラ王国への輿入れが決定的であるが21歳のルード王子は未婚であった。
「ということは次の王はグラート王子ですか?」
「その可能性は高いが絶対ではないのが問題なのだ。」
「どういうことですの?」
「ハンザ王国もマデイラ王国も現王が王位継承権者の中から最も相応しい者を王太子とするという決まりがあるからだ。もっとも、同盟関係が両国の生命線であるから余程の事情がない限りは血筋が重視されてきたのは確かだが。ただし、その場合は年齢も男女も考慮されないがな。」
ハンザ王国もマデイラ王国も大国に接しながらも国力で大きく劣るため、共闘するとともに優れた指導者を求めている故の決まりであった。愚王が王位について同盟関係にヒビを入れたり、大きく国力を落とすことは互いの国に取って百害あって一利なしなのだ。
「今回は余程のことが起きそうだということですか?」
大輝はグラート王子に大きな問題があるのではないかと思った。素行や性格に難があるとか、病気がちであるといったことが頭に浮かぶ。
「いや、確かにグラート王子の評判は良くもないがそれ程問題がある人物という情報もない。本人というよりは取り巻き連中の評判が悪いだけだな。」
「それならその連中を排除すれば問題解決なのではないでしょうか?」
シリアが簡単なことではないかと疑問を呈す。
(王子の取り巻きというからにはそれなりの地位にいる者だろうから簡単じゃないと思うけど・・・)
大輝の突っ込みを待たないうちにシハスが本当の問題点を語る。
「問題なのはルード王子の方だ。いや、この場合は問題というのは間違いなのだが・・・」
「わかりやすく説明して欲しいの。」
「う、うむ。簡単に言うとグラート王子が王位に就いた方がマデイラ王国との関係的にも慣例的にも良いのだが、ルード王子の方が優秀なのだ。剣の腕前は上級騎士並、魔法も魔法士を名乗れるレベルだというし、なにより頭が切れるらしいのだ。そのために有力者たちの間で意見が分かれているらしい。」
「対ハルガダ帝国の生命線であるマデイラ王国との関係強化を願うか、優秀な王を戴いて国力増強を願うかということですか?」
「簡単に言えばそうなる。そしてそれが今回の北方騎士団の動きにつながっているというのがアッシュ公たちのお考えだ。グラート王子自身に問題があるならルード王子が王位についても問題はないが、今回はそうではないから順当に行けばグラート王子が王となるはず。そして現在の北方騎士団のグーゼル団長は騎士団内のグラート王子派の筆頭であり、ルード王子からは能力を疑われて遠ざけられている人物なのだ。だから王命によって対ハルガダ帝国からの防備を強化された今、その騎士団を別の任務に赴かせて自身とグラート王子の失点となることを恐れているのだ。」
「失点というなら、過去の『山崩し』で騎士団を派遣していたのに、より大規模になることが予想されている今回の『山崩し』で出し渋るというのは大きな失点になると思うんだけど・・・」
「それが理解出来ないからルード王子からの評価が低いのだよ。」
「そういうことですか・・・つまりグーゼル団長というのも評判の良くない取り巻きの1人ってことですね。」
「まあ、そうなる。侯爵家の血筋とそれなりに剣の腕前があるというだけで出世した人間だ。」
そういう者を敵対する国家との国境砦の団長にしていることに呆れる大輝。任命したのがキール王本人なのか、騎士団内部での決定なのかはわからないが、少なからずキール王に責任があると思う。
「そうなると騎士団の援軍はあまり期待できないわけですね。」
「あぁ。せめてルード王子の推すマインツ副団長が団長になっていてくれればもう少し柔軟な手が打てるのだが・・・。とにかくそういう状況だけに2人には街の外へ出ることが禁止される前に村に戻ってもらいたいのだ。」
「確かにその方がよさそうですね。」
「大輝だけ置いて行くのは嫌なの。」
「オレは自分の身は自分で守れるから。逃げるだけなら100頭位のEランク魔獣に囲まれても大丈夫な自信はあるからね。でも、ココを守りながらそれを実行するのは厳しいんだよ。ココだけじゃなく、オレまで危険に陥ると思わない?」
「大輝の言う通りだ。こいつの実力を全て見たわけじゃないが、それでもこいつならなんとか自分の身は守れるだろう。それこそCランク魔獣だってソロで倒せそうな気がするしな。」
実際に大輝がCランク魔獣であるフォレストベアーと対峙し、ほぼソロで撃破したことを知らないシハスの言葉を苦笑いで見る大輝。その後も3人でココを説得しようとするもココは首を縦に振らなかった。『直感』を根拠にしてはいなかったが、頑として譲らないココにシハスとシリアは最低限の約束だけを取り付けることにする。決して前線には出ない事。シハス、シリア、大輝の誰かが退避を指示した場合は必ず守る事の2点だ。
「わかったの。別に戦いたいわけじゃないからそれでいいの。私は見届けなきゃいけないと思うから残るだけなの。」
やはり『直感』が働いていたことを思わせる言葉で了解を示すココを見て3人が顔を合わせて苦笑いする。
(理屈が通じない『直感』って厄介だな・・・ん?そうか、オレの『未来視』に基づいた行動も周りからみればそう思われてたんだろうな。どちらも根拠を示せない事には変わりないわけだし。)
大輝は自身を俯瞰することが出来る人間だと思っていたがそれが万能の力ではないこと理解した。全体を上から見ることが出来るという能力には自分自身の姿が入っていないこと。そして感情までは見えていなかったことを知ったのだ。
(だから軋轢を生み、不信を生んでしまったんだな。)
反省しなければと思う大輝だが、すでにアメイジアに一緒に来た侑斗たちとの関係がそうなってしまっていることにまでは気付かなかった。
その後、シハスへといくつかの質問を行った大輝は1人になってから明日以降の予定を組み直す。
(早ければ2日後には魔獣の群れがやって来る。長期戦の可能性があるから予備の武器をもう少し用意しておかないといけないな。)
剣は魔獣を切れば切る程劣化していく。特にロックボアやフォレストベアーのように防御力の高い魔獣を相手にする場合、刃毀れが発生するのは間違いない。大輝はそれを軽減するために魔法剣のように剣に魔法を纏わせることが出来るのだが、魔力消費が激しいために長期戦には不利なのだ。
(何本か剣を買って虚空に入れておくとしても、取り出すところを見られるのも困るな。)
いくら魔力登録をしてあり大輝しか使えないとしても、それを知らない者たちには奪う価値があるものとして映るだろうし、国や商人たちが群がって来ることも予想できる。だからこそできるだけ隠したいのだ。
(武器や道具はアース魔道具店と鍛冶屋を回ってみるとして、北方騎士団を引っ張り出す手がないと危険だよな・・・)
シハスに聞く限りでは北方騎士団の参戦がなければノルトの街は籠城を余儀なくされるだけでなく、近隣の村へと魔獣が雪崩込むことになる。『未来視』がなくてもそれが予想出来てしまうだけに大輝は苦悩する。大輝自身はハンザ王国の人間でないばかりか元々この世界の人間ですらない。それでも考えてしまう。自分に何か出来る事はないのかと。それが『未来視』に囚われていた頃の名残なのか、それとも大輝自身の性分なのかはわからないかったが、何もせずにいることは良くないと思うのだった。
(オレがやりたいことをやるべきだよな・・・)
幸いシハスという戦闘統括者が知り合いにいる。騎士団を動かすことはできなくとも、魔獣を殲滅する作戦を提案する程度は出来るのだ。騎士団が参戦した場合、少数が援軍で来た場合、籠城した場合、様々な状況をシハスから聞いた情報を元にシミュレーションし始める。少しでも被害を軽減するために。
大輝が自室で考えに耽っている頃、ノルト砦では罵声が轟いていた。
「マインツ!貴様勝手に騎士団の派遣を匂わせおったそうだな!いつから貴様が団長になった!」
砦の最奥にある北方騎士団長の執務室でグーゼルの怒声が響き、豪華な執務机を拳で叩きながら目の前に立つマインツを睨みつける。そのグーゼルの横に寄り添うように立っているのはノルトの街での会議に出席していた補佐官であり、彼がグーゼルへマインツの言動を報告していたことをうかがわせる。
「グーゼル団長。『山崩し』が起こる場合、我が北方騎士団が派兵することは当然の義務です。」
グーゼルの視線を真っ向から受け止めてマインツが答える。
「それを決めるのは貴様ではないわ!」
「しかし、北方騎士団の援軍がなければ今回の『山崩し』では多大な被害が予想されます!そしてその責任は北方騎士団が問われることになるでしょう。」
「誰が派兵しないと言った?」
「私を会議に派遣する際にそう言ったではありませんか!」
「オレは帝国に不穏な動きがあるから派兵は厳しいと言っただけだぞ?」
「それはノルトの街との共同戦線を張らないということではないですか!それではノルトの街はおろか近隣の村々へも被害が出てしまいます。それを防ぐために団長の意向を踏まえて前回の半数の派兵を提案してきたのです。」
マインツとしては会議での北方騎士団500名の派兵提案は精一杯だったのだ。ノルト砦に常駐する北方騎士団が『山崩し』の際に街の冒険者や警備隊と共同戦線を張るのはもはや慣例であったし、そもそも騎士団とは国を魔獣や他国から守るためにあるのだ。そして帝国側の動きがすぐに開戦を目的としたものでないことは確実であるにもかかわらず、それを口実に派兵しないと言うグーゼルの気がしれなかった。だからグーゼルの「派兵は厳しい」という言葉を「12年前と同数は厳しい」とわざと曲解して500名だけでも派遣出来るようにアッシュ公とスレインに伝えたのだ。
「ふん!浅知恵だな!」
そう言いつつも自身の考えを伝えないグーゼルだがすでにマインツには予想がついていた。
「グーゼル団長。ノルトの街が危機に陥ってから騎士団を派遣して街を陥落から救ったとしても功績にはなりませんよ。」
「なっ!?」
「今のハルガダ帝国に我が国を攻める余裕がないことは周知の事実です。少なくとも北部の自治領を何とかしないか限りは。王都からの増援部隊もあくまで念のために過ぎません。にもかかわらず騎士団を『山崩し』対策で派遣しなければどう思われると思いますか?籠城戦になった後に騎士団によって魔獣が駆逐されたとしても彼らはこう言うでしょう。「なぜ最初から派兵しなかったのか?」と。」
その場合、グーゼル団長の指揮官としての能力が疑われるのは当然だが、国民が騎士団へ不信感を抱いてしまうことも間違いない。騎士としての誇りを持つマインツにはそれが耐えられないのだ。
「ぬ!そ、そこは増援部隊と共にいらっしゃるグラート王子が上手くとりなして下さるわ!」
「グラート王子がこちらにいらっしゃる?」
出世のために自身を英雄たらんとする策の穴を指摘されたグーゼルだが、運の良いことに自身が支えるグラート王子が砦に来ることになったのだ。王子が北方騎士団を指揮して街を救ったことになれば世の注目は王子に集まる。そして王子はグーゼルを罰することはないだろう。そこまで考えついたグーゼルは落ち着きを取り戻す。
「貴様には言ってなかったか。帝国側の不穏な動きを憂慮された王子が視察としていらっしゃるのだよ。だから王子がノルトの街を救う。それに対して文句をつける者など居やしないさ。」




