第四十四話 不穏
「シハス君、マインツ副団長に前回の『山崩し』について説明してもらえるかね?」
アッシュ公が冒険者ギルド戦闘統括者であり、前回の『山崩し』の功労者でもあるシハスに発言を促す。
「はい。当時の魔獣の勢力はCランク魔獣フォレストベアーの上位種であるブラックベアーを統率者とした総数1,200程でした。その中にはCランク魔獣フォレストベアーが20頭ほど含まれますが他のCランクはいませんでした。それに対して我々はBランク冒険者が7人にD,Eランクが500人程、アッシュ公の警備隊が500人の合計1,000名で街の北門の外にて迎え撃ちました。騎士団1,000名には魔獣の群れが全て山を下りた後、後方より囲い込む役目を担っていただき近隣へ逃がさないように包囲網を敷いていただきました。」
シハスが淡々とした口調で12年前の『山崩し』について語っていく。
「奴らが山から下りて来た地点はノルトの街から見て北東4キロ地点でした。砦からだと東へ3キロ程かと思います。奴らは山を下りて平地に足を踏み入れた瞬間から全力でこの街へと駆けてきます。魔獣によって走る速度が違うことと、山を下りる順番も魔獣の種類ごとであるため、魔獣が種類ごとにまるで波のように次々と襲い掛かってきました。第1波のフォレストドックと第2波のフォレストウルフはEランク冒険者に少数の戦線離脱者を出しながらも退けましたが、わずかな休憩を挟んだ後、第3波のロックボアとの交戦中にCランク魔獣であるフォレストベアーが参戦してきて大混乱に陥りました。理由はロックボアの殲滅に時間が掛かり過ぎたことです。ご存じのようにロックボアの獣皮は非常に硬く、生命力の高い魔獣です。それなりの威力の魔法か高品質の武器を使った攻撃を繰り返さなければ倒せない相手であり、長期戦となってしまいました。そこにそれ以上に生命力の高いフォレストボアと毒を持つフォレストスネイクが乱入してきたのです。」
自らの口で語る事で激戦を思い出したのだろう。シハスの表情が苦渋に満ちたものへと変化する。
「次々と仲間たちが倒れて行きました。ロックボアの突進によって吹き飛ばされる者もいれば、フォレストスネイクの毒に侵されて動きが次第に鈍って行く者もいました。フォレストベアーの爪に引き裂かれる者も・・・。最終的に街へ籠城するか一か八か統率者を討ちに出るかの2択しか生き残る可能性を感じられなくなり、結局私を含めた3パーティー13名がブラックベアーへ決死隊として突撃しました。」
12年前の戦いを知らない者たちは静かにシハスの語りを聞いている。想像以上の激戦だったことにショックを受けているのだ。誰もが英雄の活躍は語るが、その影で散っていった者たちの話は語り継がれないのだから。
「正確には13人だけではありません。他にも20人程が統率者であるブラックベアーの周囲に魔獣を近寄らせないために身体を張りました。結果、ブラックベアーの討伐は成功しましたが33名中半数が亡くなりました。直接ブラックベアーと戦って生還したのは私を含めて3名だけです。」
共に決死の戦闘へと向かった仲間たちを思い出しているのか、シハスは中空を優しげな目で見ている。
「統率者を失った魔獣の群れは四散していき、包囲網を敷いている騎士団と共に殲滅しました。最終的な被害は散った者が250名、負傷者は750名といったところでしょうか。迎え撃った者たちの中には無傷の者などいませんでしたから・・・。」
包囲が担当だった騎士団を除き、迎撃隊の25%の者が帰らぬ人となった戦い。9人の中でその戦いを経験しているアッシュ公、スレイン、シハスの3人の表情は暗い。残りの6人にしても重い事実である。
「シハス君ありがとう。辛い話をさせてしまったね。当時のことは私の責任だ。きちんと戦力を整えておかねばならないのに『山崩し』を甘く見ていた。いや、今もか・・・。この12年で失った警備隊の人数は回復したし、練度も上がっていることは保証するがそれでも対応が甘かったようだ。前回の『山崩し』が100年に1度規模だと聞いてしばらくは大丈夫だろうと思ってしまったのが間違いだったのだ。」
アッシュ公が自らの非を認める。公爵家の当主が誤りを認めることにどう対応してよいかわからない一同。それに構わずにアッシュ公は続ける。
「話を戻そう。今回の『山崩し』は前回以上である可能性が高い。北方騎士団には是非とも前回以上の働きをしてもらいたいのだ。ハルガダ帝国の動きに不穏なものがあることはわかっている。だから全軍で動いて欲しいとまでは言わないが迎撃に500、包囲に1,000の派遣を頼みたい。マインツ副団長だけで確約しろとは言わない。砦に持ち帰って検討して欲しい。」
「わかりました。グーゼル団長へ進言することをお約束致します。して、『山崩し』の発生日の予測はついているのでしょうか?」
マインツの問いに答えるのはギルドマスターのスレインだった。
「正確な日時は不明だ。ただ、テーゲル湖からノルトの街まで2日。湖に集まっている魔獣の数から考えていつ動き出してもおかしくない。テーゲル湖を見渡せる8合目の山小屋に偵察隊を出してあるから動きがあれば狼煙を上げることになっている。安心してくれ、雨だった場合は魔法を撃ち上げることになっている。」
「つまり少なくとも2日の猶予はあるわけだな。」
「そういうことだ。動きがあり次第そちらにも伝えるが、迎撃の作戦も立てなきゃならないから明日にでも返事が欲しい。」
「了解だ。」
そう言って立ち上がるマインツ副団長と補佐官はアッシュ公に対して一礼してすぐに退室する。すぐにでも砦に戻って協議するのだろうと誰も止めなかった。北方騎士団がどれだけ参戦するかで大きく戦局が変わるのだ。そしてそれによって戦い方が大きく変化する。準備のためにも早く協議してきてもらいたいのであった。
「スレイン、どう思う?」
2人の軍人が去った後、アッシュ公がスレインに問う。ギルドマスターとして10年以上務めるスレインと国境の街を預かるアッシュ公は何度も顔を合わせている仲である。その一言だけで言いたいことはわかった。
「中央の意向かと・・・」
「それしかないな。国を、国民を守るのが騎士団の存在意義だろうに・・・愚かな・・・」
「しかし、政治と騎士団は切り離せません。ハルガダ帝国の動きがおかしいのも事実ですし。」
「それはわかっている。騎士団を動かすということは高度な政治的判断が必要なことは確かだからな。王命の元でしか動かないということは間違ってはいない。だが、マインツはともかくグーゼルは明らかに王命以外の意図を持っている。」
「そうでしょうね。政治的対立を持ち込まれても困りますね。」
「それにハルガダ帝国の噂が事実であればすぐには戦争になるまい。まだ時間はあるはずだ。その間に国を一枚岩にしなければ・・・」
「アッシュ公、ここでは・・・」
スレインは一介の冒険者であるルビーとリルへ視線を向けてアッシュ公の発言を止める。これ以上は聞かせるわけにはいかないのだ。国の機密事項に当たるのだから。スレインとて冒険者ギルドの職員である。友人関係を築いているからこそ助言や協力はするが国からは独立している組織に属する者としての立場があった。
「そうだな。すまない。ルビーとリル、報告ご苦労だった。この後の戦いでも期待している。スレイン、至急近隣のギルドへ応援要請と強制召集を出しておいてくれ。こちらも警備隊の再編に取り掛かる。明日もう一度集まることにして今日の会議はこれで終了として各自準備に入ってくれ。」
こうしてアッシュ公の決定によりノルトの街は防衛戦の準備に入ることになった。そしてすぐさまスレインによって強制召集の布告が行われ、招集対象の冒険者は街の外へ出る事を禁じられた。
『破砕の剣』との和解が成立した大輝たちは日課となりつつあるアース魔道具店での講習を受けてから『食道楽の郷』で夕食を堪能していた。
「白米と味噌汁は最高の組み合わせだよな。」
「私も気に入ってるの。」
どうやら大輝だけではなくココも食事に満足しているようだった。2人して満面の笑みを浮かべているところに疲れた表情のシハスがやって来る。
「シハスさんこんばんは。なんかやつれてませんか?」
最近は夕食を共にする機会が多いため、大輝も普通にシハスの訪問を受け入れる。そして『破砕の剣』と和解出来たことを報告しようとするが、シハスが先に口を開いた。
「強制召集が布告された。近日中に『山崩し』が発生する。」
周囲の人間に遠慮してか小声で話すシハスだが、その情報はすでにノルトの街に行き渡っている。この街の住人は『山崩し』の時期は知っているし、冒険者ギルドと領主館の両方から発表されているのだから。それでも小声で話すシハスの口振りから詳しい説明をしてくれるのだろうことを察した大輝が急いで食事を平らげ自らの部屋へ誘う。
大輝の部屋はシングルのためイスが足りず、大輝とココがベットへ座りシリアとシハスが椅子に座る。そして座るなり真剣な表情でシハスが話し始める。
「ココ様とシリアには村へ戻ってもらいたい。」
「なんでなの?」
「シハスさん、理由を説明してください。」
ココもシリアも今朝の領主までが参加した緊急招集に関連するだろうことは予想がついたし、自分たちの身の安全を思っての発言であることはわかるが、理由を聞かねば納得はしない。そして大輝は『山崩し』が想定より大規模であろうことを読み取った。
「シハスさん。ギルド幹部職員として言える範囲で構いませんのでお願いします。」
「言葉足らずですまない。今から全て説明する。なに、明日にはほぼ全容が街全体に知られるだろうから隠すことなどないから心配しないでくれ。」
そう言って『山崩し』が12年前よりも大規模かつ強力である可能性が高いこと。それに対して防衛側は北方騎士団が投入戦力を渋っていること等を説明していく。
「そう言う訳だから予断を許さない。もちろん街の外での迎撃には全力を尽くすし、仮に籠城戦になっても高さ5メートルの城壁を簡単には越えさせたりはしない。しかし今はEランク冒険者未満の者には強制召集が掛かっていないが、籠城戦になったら全ランク招集の可能性もあるのだ。招集されても最前線に行かされることはないだろうが、裏方とはいえ危険であることにはかわりはないのだ。だから一旦村へ戻ってもらいたい。」
「シハスさんの言う通り一旦村へ戻った良いと思います。」
ココの身の安全を真摯に求めているシハスとそれに同意するシリア。実際のところココは研修としてノルトの街を訪れているため、ノルトの街の獣人代表でもあるシハスと保護者の役目を負っているシリアが強制的に帰村させることも出来るのだが、彼らはココに強制はしない。ココの能力を知っているだけに彼女の決断を優先することにしているのだ。
「ココはここに居ても大丈夫だと思うけど、大輝はどう思うの?」
ココは即断せずに大輝に意見を求めた。ココは『直感』が発動していれば即断するし、発動していなければ周りの意見を重視する。それを知るシハスとシリアは困惑顔を浮かべている。あくまで村の客人でしかない大輝の意見を聞くなどこれまでのココには考えられなかった行動だからだ。
「もう少し話を聞かないと何とも言えないな。ただ、もし籠城戦になったら危険だと思うよ。城壁は『山崩し』対策で簡単には崩れないだろうけど、城門は破られる可能性があると思う。ロックボアの突進とフォレストベアーの膂力で城門を狙われたら破壊されて街の内部に侵入される可能性があるからね。」
ノルトの街は長年『山崩し』を経験してきただけあって、城壁の高さ、厚さ共に王都並であり魔法で硬化されてもいる。だが、巨大な城門は金属で補強されているとはいえ木製なのだ。魔獣にそこを狙う知能があるかまでは不明だが街の外での迎撃に失敗した場合、城門へと撤退することになり魔獣がそこに殺到することはほぼ間違いない。
「シハスさんの話を聞く限りだと、北方騎士団の動向が鍵だと思う。ノルト砦が対ハルガダ帝国の動きに最も注意を払うのはわかるんだけど、わずか2キロ後方のこの街が魔獣に襲われるのに手を貸すのを渋るというのはどうもおかしい。だって、騎士団ってことは国の守護が使命でしょ?街に被害が出るなんて国にとっても騎士団にとっても許せないはずだよね?シハスさん、その辺の理由って何があるんですか?」
大輝の問い掛けに対してシハスは答えることにした。ココが大輝に意見を求め、その大輝が情勢を分析するために情報を求めているならば自分は答えなければならないと考えたからだ。そしてそれだけではなく、自分が情報を出すことで大輝が街の危険をより強く認識し、ココを村へ戻すことに賛同してくれるだろうと思って話し始めた。




