第十一話 少女と魔法士の乱心
「えっと、これはどういうことでしょうか・・・」
大輝は今、迎賓館の私室でネイサン率いる全身甲冑の騎士5名と女官のサラ率いる女官3名となぜかいつものローブ姿ではなく大きく胸元の開いたドレスを着た魔法士カレン率いる魔法士隊5名に囲まれベットの上に追い詰められていた。
異世界80日目。大輝が就職活動と称する街中探検を終え、夕食までの間に日課である魔力操作訓練を行っていた時、ドカドカと階下から大きな音が響いたと思うと大輝の部屋の扉が開き、ネイサンたちが飛び込んできたのだ。人物の特定までは出来ないが大輝は気配察知スキルでこの部屋に大勢が向かっていることには気づいていた。殺気こそ感じなかったものの帝国が大輝を捕らえようとしている可能性を考えて2階から飛び降りるために窓を開けておき、魔法発動の準備までしていたのだが、真っ先に飛び込んできたカレンによってベットに押し倒されたのだ。察知できていた大輝がカレンを回避できなかったのはたまたまだ。
胸元が大きく開き、Eサイズはありそうな真っ白な双丘の上部40%が開示されていたからではない。
普段のローブではなく、清楚な雰囲気漂う生地の薄そうな水色のドレス姿が目についたからではない。
薄く紅を引き艶っぽさが感じられる口元や髪を纏めたために見えるうなじに見惚れたからではない。
不可抗力だったのだ。30秒経っても薄いドレス越しに存在する24歳の柔らかな身体を押し退けないのも不可抗力だ。
男としての不可抗力だ!
ということで冒頭に戻る。
不可抗力を置いておいても不可解な状況だった。カレンが夜這いに来るにしてもまだ太陽が沈み切る前の時間だし、仮に、カレンが大輝とナニをしようと押し掛けたにしても全身甲冑の男5人を引き連れてくるのはおかしい。100歩譲って女官3人がいるのはナニをナニかとお手伝いするためだとしても。
(いや、いい加減おかしなことに結び付けるのはやめよう。)
カレンの身体を起こすため、不承不承腕を動かす。
「カレン!お前というやつは・・・」
ネイサンがカレンを強引に大輝の身体から引き離す。
「ご説明願えますか?」
湯たんぽがなくなって一瞬肌寒く感じるもネイサンに問いかける大輝。
「手を借りに来た。」
簡潔に一言で済ませるネイサンだったが、一緒に来た騎士、魔法士、女官が
「最近精力的に帝都や近郊の村への視察をされていたのに・・・」
「3日前からお嬢様が急に塞ぎ込んでしまわれて・・・」
「昨日からは独り言を漏らすようになってしまわれて・・・」
「今日も独り言を・・・」
同時に何人も話し始めたのでほとんど聞き取れなかった大輝がネイサンに救助を求める。
「ネイサンさん通訳を。」
「うむ、大輝殿との政治の話のあと、熱を出してしまったところまでは話してあったと思う。回復後、しばらくは考え事をされていたのだが、そのあとは精力的に帝都内に限らず近隣の村へ視察に出たり、資料館で調べものをされたりしていたのだ。それが3日前に邸内でお嬢様付の騎士、魔法士との懇親会のあと急に塞ぎこんでしまわれたのだ。」
「えっと、それとオレのどこら辺に関連性があるのかわからないのですが。」
「どうやら、独り言というかうわ言を繰り返されておってな。」
「同い年もしくはちょっとお兄さん位だと思ったのに。」
「そのせいであんなに悩んだのに。」
「政治経験あるなんて言ってなかったのに。」
「10歳で商会興してるなんて。」
「私がバカみたい。」
「ちょっとアリかと思ったのに。」
「子ども扱いして。」
「絶対見返しやる。」
「手伝ってくれてもいいのに。」
「どうすれば日本のように。」
「うがぁ。」
「手伝ってくれないわよね。」
「クスン。」
「大輝のばか。」
「えっと、とりあえず私が原因なのはなんとなくわかりましたが、できればネイサンさんまとめを。」
「まあ、要約するとだな、懇親会の席で異世界のお客人たちの話題になってだな、魔法隊から大輝殿の話が出たのだ。魔法隊の訓練に出ている七海という少女がたぶん大輝殿は日本では結構有名な人物だと思うと言っていた話なんだが。」
大輝は高校生の七海が知っていたということに驚いていた。おそらく七海は大輝の名前と実年齢、もしかしたら昔の雑誌に載った写真を見たことがあって、今の若返った大輝を見て気付いたのだろうと。
「で、大輝殿が27歳である事を知ったのだ。そこから先は想像になるが、情報交換の際には自分とたいして年齢の変わらない大輝殿が物知りである上、政治に関する話では皇女であるカンナ様より正確に状況を分析し問題点までも一瞬の躊躇もなくスラスラと述べた。それも異世界に召喚されて1か月ちょっとしか経っていないのにだ。それは嫉妬なのか尊敬なのかわからないが大きな感情を持たれたと思う。」
「そこに実際は27歳で、10歳の頃には商会を設立し、20歳になる前にはすでに外交にまで影響を及ぼす御仁であったことを知ったのだ。それを踏まえて独り言を総合すると、大輝殿に劣っていると思って悩んだことに対する怒り、もっと優しく教えてくれてもいいのではないかという怒り、自分を手伝ってくれてもいいのではないかという怒りと甘え、大切なことを教えてくれた感謝、子ども扱いされたのではないかという不安。そんな色々な感情が爆発してしまっているのだと思う。」
ネイサンがいつもの好々爺然とした表情で語る。しかし語られた大輝は第2皇女の怒りかと思うと非常に気が重い。でも関係者というより当事者というか原因そのものだったのは認めるしかない。
「見事に関係者のようですね。でも、8割くらい怒りの感情のような・・・」
「わざと隠し事をしたわけではあるまい。それに、尾を引く類の怒りでもない。お嬢様は今まで甘えたことがなかったから大輝殿への甘え方がわからなくて混乱してるようにも見えるしのぉ。ほほほ。」
「え~~!ネイサンさん!お嬢様は大輝殿に甘えたかったって、、、え、まさかそういうことですか?ど、どうしましょう。それなのに私ったらあんな大胆な・・・」
「えっと、カレンさん?それはどういう意味で?」
「いや、私はお嬢様が大輝さんには補佐として手伝って欲しいと思っていると考えていまして。」
「カレンさん?」
「大輝さんがホントは27歳だと聞きまして。」
「それで?」
「それなら私がアプローチして。」
「で?」
「大輝さんを引き留められたらな?って?」
「ハニートラップかい!」
「ひどい!私を罠扱いするなんて!私だって結婚したいんです!知ってますか? 帝国では24歳は行き遅れ扱いなんですよ!私は平民だからお見合いとか来ないし、そもそもお嬢様の側を離れる機会は殆どないし、周りに居るのはこんな筋肉の塊みたいな人たちばかりだし、私は細身がタイプなんです、あと頭のいい人がいいです、そもそも誰にでもするわけじゃなくはじめてだし、あとあと、、、、あぁ~お嬢様がお慕いしている人にこんな恰好で抱き着いたりして結婚どころじゃなかったぁ~!?」
(カレンさんってこんな人だったんだ。)
お茶会で会うときは必ずカンナの背後に控えておりおっとりした感じのお姉さん風に見えたカレンだったが、今は完全に錯乱状態に入って泣き出してしまっていた。
(とにかく収拾つけないとな。)
「えっと、とりあえず話はわかりました。近いうちにカンナ様にお会いしたいと思うのですがどうでしょうか?」
「そうしてもらえると有難い。なに、悪いようにはしないから頼む。明日の午後できれば空けてくれ。
ほれ、カレン!今日のことは見なかったことにするから泣くな!」
「え、見なかったことにしてくれるんですか!あぁ、でも事実は消えない!お嫁にいけない!」
「もしかしてカレンさんって処」「水球!」
「ぶはっ。ちょ、タンマ!」
カレンさんは1小節で魔法を使えることがわかりました。流石優秀です。
異世界81日目。大輝は初めて第2皇女カンナの私邸を訪れていた。ネイサンとサラの先導によって通された部屋の広さは20畳ほどで、中央に木製ローテーブルを挟んで革製の4人掛けのソファが置かれている。大輝は入室後すぐにカンナの姿を目にすることができた。バルコニーへと続く大きく取られた窓の側で見事な刺繍が施されたカーテンを握りしめたまま外を眺める後姿だった。入室前のサラの声で大輝たちが部屋に入ってきたことに気づいているはずなのだが、まるで気付いていないかのように扉の方へ振り返らない。カンナの傍らに立っているカレンへ視線を向けると、こちらは頬を若干染めて俯いているままで大輝に視線を合わせようとしない。空気が重かった。
(ここはカレンに昨夜はご馳走さまでした。とか言って和ませるべきだろうか。)
感情を必死に抑えているかのような少女と女性を前にして言ってはいけない言葉を選択しそうになる大輝だったが、先にネイサンが動いたことで現実に引き戻された。
「お嬢様、大輝殿がお越しになられました。」
「お久しぶりです。カンナ様。」
「・・・・・・・。」
大輝の挨拶の声に一瞬ピクリと反応したものの、言葉はなく外を睨んだままだ。
「本日はいくつか誤解が生じているようですのでそれを解きにまいりました。また、迎賓館へ滞在できる日数が残り少なくなってまいりましたのでカンナ様とお話したく参上いたしました。」
「わかりました。お伺いします。私もお話したいことがありますのでどうぞお座りください。」
ようやく反応を返して振り向いたカンナの表情には怒り、不安、決意が見て取れる。
カンナ、大輝が向かい合わせにソファに腰を下ろし、ネイサンとカレンがカンナの背後に控え、サラが特製ハーブティーを用意する。
「まず、少し私のことをお話しようと思います。」
 




