第十二話 未来視と失敗
黒崎大輝。公務員の父と専業主婦の母、2つ下と4つ下の妹の5人家族の長男であり、ちょっと好奇心が強く、運動も勉強もそれなりに得意で、妹たちを可愛がっているというごく普通の子供であったが、7歳の誕生日を境に環境が大きく変わる。
7歳のお誕生日会が切っ掛けだった。大輝が内緒にされていたはずの両親、祖父母からの誕生日プレゼントを渡される前に言い当てたのだ。その時は、カンのいい子だということで済まされたが、半年もしないうちにそれでは済まなくなった。
はじめの内は、校内マラソン大会の1位から10位までの結果を当てる、日本シリーズを4勝2敗という勝敗まで当てる等、決してあり得ないことはない、という範囲に収まっていた。しかし、大輝はある天変地異を言い当ててしまった。それも、未曽有の大災害を詳細に。災害直後にテレビ局のヘリコプターから繰り返し流された衝撃的な中継映像は大輝が幼いながらも必死に言葉に出した通りであった。
幸いにも天変地異の予言については大輝の家族しか聞いておらず、この件で事態の重さを悟った両親によって大輝は予言を口にしないようになるが、大輝はこの件以来、自分の力が世の役に立つのではないかと考え始めていた。天変地異の発生は防げないまでも、人的被害は防げるようになるのではないかと。ただ、小学生の自分が天変地異や事故、事件の発生を訴えても、信じてもらえなければ避難も対策も出来ないことを理解するにつれて考え方を変えていくことになる。
大輝と両親、両親に相談を受けた近くに住む母方の祖父母の5人は、3年掛けて大輝の「未来視」と仮に呼んでいた能力の概要を調べた。しかし、外に情報が漏れるのを恐れて信頼できる身内に話を留めたせいかもしれないが、わかったことはそれほど多くはなかった。
・大輝が映像のみの白昼夢を見ることで得る。
・意識して特定の物事を視ることはできずあくまでランダム。
・診える未来は数時間後から数年(予測)のランダム。
この事実を元に、両親と祖父母は大輝に「未来視」を用いて、本人の望む災害、事故、事件の阻止は難しいと大輝に説いた。きっかけとなった天変地異の時こそ白昼夢で見たのがテレビ局の災害中継映像であったためにテロップがおおよその発生時刻と場所を教えてくれた。日本シリーズの結果も同じだ。校内マラソン大会の時は1位から10位の旗の前に並んでいた子供たちが2位の大輝本人を含む大輝の学年の子供であり、体育着に学年が描かれていたからわかったのだ。つまり、見た白昼夢に「いつどこで起こるのか」のヒントが見えなければ手の打ちようがないのだった。実際、この3年に見た300件近い白昼夢のうち日付が特定できたのは1割に満たない。
両親と祖父母は、大輝の「未来視」の不確実性の他にも、「予言」をキーワードに信者を増やし、各地でトラブルを起こして最近テレビを賑わせている新興宗教のように扱われやしないかと心配していたのだ。そのため、両親と祖父母は「未来視」を封印することを願ったが、大輝の意思にかかわらず発動してしまうため、他言せずに暮らすことを願った。活用するのもごく最低限に限ることを。
大輝は両親と祖父母の願いを受け入れなかった。逆に説得を開始していた。きっとこの力に何か意味があるはずだと思って。
「3年前の天変地異が起こったとき、街が壊滅し、数千人が建物の下敷きになったり火災に巻き込まれていた。あの時は確かにどうしようもなかったと思う。でも、これから先、知っていてなにもしないということに耐えられそうにないんだよ。もちろん、全部を解決できるとは思ってないよ。けど、出来ることもあるんだと思うんだ。」
そう切り出した大輝が両親と祖父母にいくつかの案を出す。子供ながらに一生懸命に考えた方法を。
大輝が考えたのは大きく分けて2つ。「いつどこで何が起こるのか」を具体的に知る方法の確立と「知り得た情報」を有効に使う方法の確立。
「いつどこで何が起こるのか」を知る切っ掛けはもちろん大輝の「未来視」だが、「未来視」の能力の上げ方はわからないので使い方を考えた。映像として見た大輝が協力者を募って人海戦術で事象を確定させるのだ。とはいえ、信用できる人間なんて限られているし、「予言」の宗教と同じような扱いを受けてはたまらない。そこで、大輝を依頼者としてお金で調査員を雇い、「未来視」で得た情報を元に未来を突き止める方法をとることを考えていた。調査理由を怪しまれないように調査会社そのものを経営しようというものだった。しかしそのためには調査費用を稼ぐために「未来視」を使って資金稼ぎをしなくてはならないし、効率よく「未来視」から情報を読み取って調査員に提供する必要もある。「未来視」があるとはいえ、子供ながらに資金を稼ぐのは大変だし、ありとあらゆる知識を吸収し情報を精査し活用する能力も身に着けないといけない。大変な道だ。
「知り得た情報」を有効に使う方法は、さらに困難を極める。「未来視」という説得力の乏しい根拠で人々は動いてくれない。世界中を大輝の「未来視」の信者に出来れば別だろうが、大輝にその教祖となる気はない。そこで、大輝自身が世間にある程度の影響力のある立場を確保し、災害対策として地震学や気象学、建築学の権威たちを取り込むもしくは友好関係を結ぶ、事件事故に関しては警察上層部とコネをつくる。その上で、説得力を上げるために調査員を駆使してできるだけ論理立てて纏めた情報を流して協力してもらう。
どちらも完全とはほど遠いだろうが、回避出来る未来は増えると思う、という大輝の思いに家族は折れた。いくつかの約束を交わしたあと最初の資金作りのための会社が設立された。約束とは、大輝が本格的に活動するのは義務教育が終わってからにすること。そのための下地作りとして中学入学までの間は家族が「未来視」を元に資金作りを行い、中学生のうちは大輝を中心としながらも家族の合意の元で活動することであった。
そして資金作りのために大輝の10歳の誕生日に祖父の名義で設立された会社は、初年度から大きな利益を上げた。大輝が「未来視」でみたドル円の為替チャートがあったからだ。2年半に渡って為替や株を中心にて荒稼ぎしたのち、大輝の小学校卒業と同時にその会社は解散した。そして、稼いだ資金の大半が大輝に贈与され、大輝自身が中学に入学してすぐに新会社を設立した。将来を見据えて「visions」と名付けられたその会社の活動は、為替と株による資産活用と企業へのコンサルタント業務の2本立てになった。その2本を中心に据えた理由は、近い将来多方面に渡って調査員を動かす隠れ蓑にしやすいからだ。
資産活用は順調だった。これは大輝が「未来視」の映像を一コマたりとも見逃すまいと瞬間記憶トレーニングに励んだ結果、これまでよりも鮮明にチャートが見えるようになり取引精度が格段に向上したためだった。大輝の記憶力が高い理由はここにあった。
反対に、コンサルタント業務は難航した。「未来視」で見た将来ヒット確実な商品アイディアを売り込もうとしたのだが、専門知識にも疎い中学生の売り込みに応えてくれるような企業はなかった。しかし、いつ何が見えるかわからない「未来視」のためには幅広い知識を得る必要のあった大輝には各専門知識まで学んでいく時間はなかった。そこで、資産活用で得た資金を使って、IT、家電、玩具等の各業界に詳しい弁理士と定年で引退した技術者を集めた。彼らを使って大輝の話を元にアイディアを特許登録をしておくことにしたのだ。近い将来どこかの企業が生み出すアイディアを先取り予約したようなものだが、特許使用料は格安にするつもりであったし、資金集め以外にも有力企業とのコネクション作りが目的にあったため目を瞑ったのだった。
結果、大輝が高校を卒業する頃には「visions」と「黒崎大輝」の名はかなり有名になっていた。ただ、その顔自体はそれほど知られていなかった。大輝が公式の場に出ることを拒否していたからだった。
原因は大輝の人間不信になりつつあったからだ。
人間不信のはじまりは大輝が高額納税者として名前が公表されてからだった。ハイエナのごとく群がるマスコミ関係者、地域振興の名の元に寄付金を強請りにくる地元団体、名前と顔も一致しないような同級生の親からの借金申込み、それら全てを丁寧に追い返した。ある程度のことは予想されていたから耐えられたし、資金を元手に調査員を雇い「未来視」で見えた一部の不幸な事故を防げるケースも出てきたのも大きい。また少ないながらも信頼できる理解者が増えたことも大輝の心を支えていた。それでも日々増える雑音に大輝の神経は徐々にすり減っていたのだ。
そして、出席日数を最低限で高校、大学と卒業した頃には、一切記者会見や公式なコメントを発していないのに係らず黒崎大輝は様々な名で呼ばれるようになっていた。すでに、列車事故を未然に防いだり、大国との貿易摩擦にも影響力を発せられるようになっていた。表に出なくても名前が先行していたのだ。
「時代の先駆者」「先見の識者」「フェイスレス」等々・・・どれも身に覚えはあれど、という異名だったが、次第に言葉だけが先行するようになっていた。友人や仕事先の人間との会話が密かに盗聴され、都合よく解釈されて使われるようになったのだ。例えば、大輝が友人とA社とB社の缶コーヒーを飲んで「A社の方が好みだな。」といえば、「A社の製品は良い商品だ。」と言った事になり、売上も株価も高騰する。酷いときは「B社は製造過程に問題があり、品質だけではなく衛生管理も悪い。」とB社がマスコミに叩かれることすらあった。流石にこのような事態を見過ごすことは出来ず、否定のコメントとともに抗議声明を出すのだが、外では迂闊に会話できない状態になっていた。それだけではなく、身代金目的の誘拐未遂や、逆恨みによる襲撃も行われるようになっており日々状況は悪化していた。
こうして次第に大輝は徐々に引きこもるようになる。そして25歳の誕生日を迎えた日、7歳の誕生日から25歳を迎えた今日まで常に「未来視」を有効活用することに全身全霊を傾けてきていたために18年ぶりとなった完全休暇をとる事にしたその日、不意に「未来視」をみる回数が減っていることに気付いた。これまで常に全力で取り組んでいたために完全に意識外だった。急いで「未来視記録」を手に取る大輝。瞬間記憶訓練のお蔭で忘れることは少ないものの、見た映像を可能な限り書き記し注釈やその後の起こった事をまとめた記録帳だ。その数は当初は年に100回前後の「未来視」が発動していたが、13歳頃から徐々に減り、17歳からは急激に減っていた。24歳の時は両手で足りる程だった。最後に発動したのは5か月も前だ。まるで、人間不信度と比例しているかのようだった。大輝がもっとよく検証すれば、事件や事故を防げた後には「未来視」の発動回数が少し増え、よき理解者を得られた直後には急激に増えていたことに気付いただろう。逆に、心ない人々によって中傷を受けたり、襲撃を受けた後に急激に減っていたことにも気づいただろう。しかし、大輝はなにも検証しないうちに確信を得ていた。アメイジア風に言えば、察知スキルが備わっていたのかもしれない。
「あぁ~。オレは失敗したのか。」
「未来視」を自覚したときの大輝は純真だった。年齢的なこともあったかもしれないが、あくまで人の役に立つことを目標にしていた。自分の利のためではなく。確かに25歳になった大輝は一般の平均に比べれば良い生活をしている。家は実家の建売のままだが、隣地50坪を買い取って一軒家を「visions」の社長専用社屋にしている。暴漢対策に車も防弾使用だし、仕事着はそれなりの品質のスーツだ。しかし、それ以外は一般家庭と同じ生活水準であり、特段裕福な生活をしているわけではない。活動資金としてプールしている額は尋常ではないが。だから「未来」が視えなくなったのは、利己的に能力を使おうとしたためではないだろう。他者の為に使おうという大輝の心が枯渇したのだ。
「きっと最後の引き金はアレだろうな。」
思い出すのは正月の親戚の集まり。過去何度も親戚だから、と婉曲な表現で「金まわせ」と言ってきていた叔父夫婦がついに爆発したのだ。これまでにも親戚の集まりに雑誌記者を勝手に連れてきたり、大輝の名前を使って周囲に大きい顔をしようとしてきたトラブルメーカーだったが、自身の所業が元で退職勧告されたらしく暴れたのだ。結局止めに入った叔父の娘が殴り飛ばされて救急車を呼ぶ事態にまで発展してしまい、後味の悪いことにその従妹は顔に傷が残ってしまった。身内までもが狂う状態に大輝の精神も限界を超えたため、以降「未来視」は発動していなかった。
「もっと良いやり方があったんだろうな。」
そう口に出しながらも完璧な「未来視」活用法は思いつかなかった。
「偽善だったんだろうな。」
不幸な結末を迎えそうな人々を数千人以上助けたという思いもあるが、大輝が活動したことによって人生が狂った人もいるだろう。叔父夫婦や襲撃してきた者たちもそうだろうし、大輝がコンサルタント業務を請け負わなかった企業も間接的な被害者かもしれない。大輝が稼いだ活動資金は誰か他の人や企業に流れるはずだった金でもあるのだから、影響は計り知れない。
「よし、決めた!」
長い時間考えて大輝が結論を出した。夜が明けるころになってようやく18年続いた「未来視」中心の生活から別の道へと舵を切る覚悟を決めたのだ。
そして主に資産的に大きくなりすぎた計画の軟着陸を目指す計画をスタートさせた。




