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捨てられた王子たちと冷たい夏  作者: ふたぎ おっと
第2章 鏡が教える真実の歌
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22.真実はねじ曲げられて(夏海)

夏海視点です

22.真実はねじ曲げられて



 遠くから花火の音が聞こえる。


 確か近くの野球場で打ち上げがあると聞いていたけれど、そういえば今日は河童公園でも花火大会があったんじゃなかっただろうか。

 大学オーケストラの団員たちが、先日そんなことを言っていた気がする。


「花火かぁ……」


 部屋でストレッチしながら、視線は何故か、カラーボックスに立て掛けてある写真立てへと吸い寄せられる。


 その中にいるのは、あたしと由希と、そして梅。


 まだ垢抜けない様子の三人は、それぞれ違う色の浴衣を着てお洒落をし、夜空をバックにカメラに笑顔を向けている。

 二年前の――大学一年の時に行った花火大会の写真だ。打ち上がる花火を背後に写真を撮ろうとしてなかなか上手くいかず、そんな状況に三人で笑っていたのをよく覚えている。


 思えば三人で浴衣着て花火大会に行ったのは、その年だけだった。

 去年は梅に彼氏が出来たから由希と二人だけだったし、今年は――……。


「はぁ。本当に腹が立つ」


 オケの合宿のことを思い出したら、無性に苛々してきた。


 確かにあたしも八つ当たりに近かったけれど、梅のあの態度は本当にふざけているとしか思えない。

 あの『フレフレ☆レモン』は一体何なんだ。

 あのコンビニ強盗ごっこは何?

 人をおちょくっているとしか思えない。


 大体梅はいちいちむかつくのだ。


 普段は本当に必要ないくらいに人のお節介焼くくせに、自分のことに関しては本当に他人事のように鈍感で無頓着で、正直本当に鈍感なのか疑いたくなるくらいに見ていて苛々する。

というか、梅のあの、「私、そういうのと別次元で生きてますから」的な雰囲気が、いちいち腹が立つ。

 恭介もフリード君もよくあんなの好きになれるよ。気の毒で仕方がない。


 ハンスさんのことにしてもそう。

 「大嫌いで仕方がないの!」なんて言っておきながら、ハンスさんに構われたら気まずそうにあたしの方をちらちら見てくるのが、いちいちむかつく。本人はあたしを気遣っているつもりなんだろうけれど、全くフォローになってないし、むしろ嫌味っぽく見えて不愉快だ。

 それでいて自分の都合の悪い状況には目を逸らそうとするあの態度が気に入らない。別に梅も気があるならあたしに構わずよろしくやってればいいじゃんって話だよ。


 ああもう、本当に……。


「梅の癖に良い子ぶってんじゃねーよ!!」


 むしゃくしゃした勢いのまま、手元にあったクッションを思いっきり壁に投げつけた。

 壁が若干揺れたせいで、近くに備えられている棚から物がいくつか床に転げ落ちる。その光景に、あたしは心底うんざりした。


 頭に血が上っていたとは言え、結局これを片付けるのは自分。

 仕方がない。

 あたしは自分に飽きれを感じながら、落ちた物を直しに行った。


 すると、その中の一つに自分の視線が吸い寄せられた。


「これ……」


 それは小瓶がトップに付いたペンダント。小瓶の中には水色のアロマオイルが入っている。

 ついこの前、梅からもらった誕生日プレゼントだ。

 最近あたしの頭痛が激しいのを心配してか、ヒーリング効果があるんだよ、とえらくどや顔であの子はこれを渡してきたけれど、確かにこれを付けてからは以前のようなひどい頭痛はしなくなったように思える。


 あたしは棚の上を見上げた。


 そこには春休みにドバイに行ったときに買ったランプが置かれている。

あたしが持っているのとは全く違うデザインだけれど、そういえばあたしは今年の梅の誕生日にアラブランプをプレゼントしたんだっけ?

 梅があれをどうしているのか知らないけれど、おまけで付いてきたサファイアの指輪を、かなりの頻度で梅の指に見かける気がする。あんまり意識していなかったけれど、もの凄く気に入ってくれているということなんだろうか。


 ちらりとベッドに放り投げていた携帯電話に視線を流す。

 チカチカと不在着信を知らせるライトが点滅している。



 ――あの人も必死なんだよ、塩谷さんに自分の素直な気持ち伝えたくて。



 先日フリード君に言われたことが頭の中で再生される。

 なんだか急に胸が熱くなってきた。


 梅があたしとちゃんと話し合いたいと思っているのは、フリード君に言われなくても分かっていた。合宿から帰って以降、何件も着信を入れてくるし、メールだって数え切れないくらいに届いている。正直うざ過ぎて、一通もあたしは開いてないけれど。


 でも、そのくらいに梅が必死になってくれているのは、よく分かった。どんな顔であの子が何十件の着信とメールを送ってきたのか、容易に想像が付く。



「敵わないよ、梅には」



 お節介で鈍感で、大学のレポートも基本他人任せで馬鹿で、本気でイラッと来ることも多いけれど。

 それなのにありえないくらいに真っ直ぐで、誰かのことに必死になれて。

 フリード君も恭介も、ハンスさんも、だからあの子に惹かれるんだなと、しみじみ思う。

 憎めるはずが無かった。


「はぁ……。気が進まないけど、ここはちゃんと玉砕しておかないとな」


 ハンスさんに対して望みがないのは4月から分かっていたことだ。それをずるずる引き摺って勝負に出られなかったのはあたしが悪いし、二人がどうなろうと二人の自由だ。梅の態度には苛ついちゃったけど、結局そこはあたしが口出しすることではない。

 むしろ、こんなことでいつまでもへそ曲げているのは、梅に対してフェアじゃない。


 そろそろあたしもきちんと梅と向き合わないと。

 そしてそのためには、ちゃんと自分の気持ちを精算しないといけない。


 あたしはベッドの携帯電話へと手を伸ばした。


 しかしそのとき――。



「あなたは騙されているわ」



 どこからか、女の人の声が聞こえた。

 聞き覚えのない、ねっとりとした声。

 こんな風に知らない人の声が頭に響くのは初めてではないが、今の声はこれまで聞いたどれよりも恐ろしく、身体を震えさせた。


「あなたは騙されている」


 騙されている?

 再度聞こえてきた声に背筋を震わしながらも、その声が言ったことに疑問を感じずに入られない。


 大体この声は一体何なのか。


 あたしはゆっくりと視線を巡らし――。


「うわあああ!!」


 目に飛び込んできたものに、あたしは思わず飛び退いた。


 嘘でしょ? 何これ……。

 部屋の奥に立て掛けてある姿見に、見たことのない女の人の姿が浮かび上がっていた。

 黒いとんがり帽に黒いローブ、肌は土色のしわくちゃで鼻がとんがっている、恐ろしい様相の女の人だ。


 こちらに向かってにっこりと浮かべている笑顔が不気味すぎて、今すぐ逃げ出したい。

 だけど少し下がっただけで、それ以上動くことは叶わなかった。

 まるで金縛りに遭ったかのように身体が動かない。


 女の人から目を逸らすことも叶わないのだ。


「な……何……? 一体誰……?」


 震える声を何とか絞り出す。

 女の人はとても愉快そうに口元の笑みを深めた。

 口裂け女のように吊り上がる口角が、とにかく恐ろしい。


「安心なさい、わたくしはあなたの味方」

「み……味方……?」


 とてもそのようには見えない。

 歯を鳴らして怯えるあたしの様子に、女の人は笑い声を上げた。


「ふっふ、まぁいいわ。これを見なさい」

「これ……?」


 すると鏡に映っていたその女の人の姿は薄れていき、代わりに別の人物が浮かび上がってきた。

 そこにいたのは、梅と由希。

 見覚えのある背景は、大学の教室だろうか?

 その端で浴衣姿の由希が、梅の髪をいじっている。


 由希が梅に話し掛ける。


『今日の花火、ハンスさんと行くんだってね? 夏海はこのこと知ってるの?』

『知るわけないよ。教えるわけないじゃん、夏海なんかに。絶対嫉妬して怒鳴り散らすに決まってる』

『夏海って結構根に持つもんね。自分はウジウジ何も出来なかったくせに』

『そうそう。ていうかよくよく考えたら今回の件、私が夏海に謝ることなんか何もなくない? 自分がハンスに選ばれなかっただけじゃん。逆恨み。でも仕方ないからちゃんと話そうと思ってメールも電話も入れてんのに、全くの無視』

『うわぁ……。何様のつもりなんだろう、聞いてて嫌になる話だねそれ』


 鏡の中から聞こえてくる二人の会話に、あたしは耳を疑った。

 和気藹々と笑いながら話す二人の姿が、信じられない。


 まさか、こんなことをあの二人が――……。


「今日の昼に実際あった話よ」


 梅と由希の姿が薄れ、鏡に浮かび上がってきた女の人が、悲しげな表情を作って言ってきた。

 そして女の人の姿は再び消えて、さっきとは別の映像が鏡の中で再生された。


 真っ暗な夜空に打ち上がる大きな花火。

 その前で、浴衣に変身した梅とハンスさんが、手を繋いで立っていた。

 

 二人はうっとりと花火を眺めながら、語らい合う。


『ねぇ、梅ちゃんのこと、好きで好きで堪らない。ここでキスしてもいいかな?』

『ダメだよ。ちゃんと夏海と話してからじゃないと……』

『はぁ。梅ちゃんも災難だね。そんな嫉妬深い友達に気を遣わなくちゃいけないなんて。俺たち二人が相思相愛ならそれでいいはずなのに、いちいち友達に遠慮することもないだろう? いっそのこと、友達やめちゃえば?』

『あんた、なかなかきついこと言うよね。そんなことが出来てたら、今頃苦労してないよ』


 二人はクスクスと笑い合いながら、次第に顔を近づけ、キスをした。

 瞬間、あたしはぎゅっと目を瞑った。


 嫌だ。見たくない。聞きたくない。

 こんな会話、こんな光景、本当にあるはずがない。


 こんなの全部嘘で、幻で――……!


「全て事実よ」

「嘘! 梅がこんなこと――」

「言うはずがないなんて根拠、どこにあるのかしら?」


 鏡面に戻ってきた女の人が、苦痛に満ちた表情であたしに言い聞かせる。

 あたしは咄嗟にそれを否定できなかった。

 頭の中が混乱して、まともに考えることが出来ないでいる。


「あなたも今、きちんと見たでしょう? あなたのお友達は、いいえ、お友達の仮面を被っていたあの子は、あなたのいないところで散々あなたを罵り嘲笑い、そしてあなたを出し抜いてあの男と結ばれた。まったく、なんてひどいことをするのでしょうね」

「で……でも、梅は……」

「まだ分からないかしら? あなたはね、あの子にピエロにされていたのよ。自分自身が楽しむための、ピエロにね」

「嘘……」


 梅がそんなこと出来るはずがない。

 そんなのあたしがよく知っている。


 だけど今鏡で見た光景が、頭から離れない。

 邪悪な顔をしてあたしの悪口を言っていた梅の顔が、視界にこびりついている。

 あたしをひどい言葉で罵っていた梅の声が、またそれに同調していた由希やハンスさんの言葉が、耳の中にずっと残っている。



 何一つ、正しいことが分からない――。



「許せないでしょう?」


 許せない? あたしがあの子を?

 もしさっきのが本当だとしたら、確かに許せない。

 きちんと話し合いたいなんて言っておきながらあんなことを思っていたなんて、沸々と怒りが湧いてくる。


「あの子を憎いと思わない?」


 憎い。

 あんなにいつもへらへら笑って話し掛けてきたのが全て嘘だと思うと、憎くて仕方がない。

 あんな子と一緒になって馬鹿にしていた由希もハンスさんも許せない。


「あの子に復讐をしてやりましょう?」


 それはいいかもしれない。

 言われっぱなしなのは、絶対に嫌だ。


「それじゃあとっておきのパートナーをあげるわ」


 女の人がそう言ったとき、部屋の窓を叩く音が聞こえた。

 カーテンを開けて確認すると、ショコラ色のくせっ毛にコバルトブルーの瞳の男の子――カール君が立っていた。


 窓を開けると、カール君はすぐさまあたしの両手を握り、まっすぐにあたしを見てきた。


「ナツミさん、俺もさっきの見たよ。本当にムカツクよな、俺もあんな風に言われていたんだ。本気で許せないよ」


 カール君は悔しそうに唇を噛み、眉間に皺を寄せている。

 そもそもどうしてこんなところにカール君がいるのか普通なら疑問に感じるはずなのに、今のあたしは、なんだかそれがどうでも良いことのように思えた。


 カール君は、ぎゅっとあたしの手を握っている手に力を込めて、力強く言う。


「だからさ、ナツミさん。梅乃にも、森山由希にも、ハンス兄にも、俺たちを罵ったことを後悔したくなるほどに痛い目に遭わせてやろうぜ」

「痛い目……」


 その言葉が、何故かすんなりとあたしの中に入り込んでくる。

 とてもいい提案のように思えた。



「ふふ、わたくしがたっぷりと協力してさしあげるわね」



 後ろで愉しそうに言う女の人の声を聞きながら、あたしはカール君に頷いた。





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