傷跡
あの後、私達は二人して炬燵にあたりながら、とりとめもない話に花を咲かせていた。
「でね?チルノ、馬○の癖におかしいなーって思ってたら、やっぱり大妖精のアイデアだったのよ。…ま、そりゃああいつがあんなに気の利いた事をするキャラじゃないのはわかってるつもりだったんだけどねー…」
「…………うん、僕はチルノちゃんの事はあんまり知らないからわからないけど、霊夢。」
「なに?」
「女の子なんだから、あんまり馬鹿馬鹿言わないの。」
「……むぅ。」
言葉遣いの悪さを指摘された事は、今までにも幾度かあった。だがその度「これが私だ!」とよくわからない開き直り方をして、全く気に留めていなかったのだが……
こういう所でツケが回って来るのなら、いっそあの時直しておけば良かったかも知れない。
「わかったわよ。……って言っても、口が悪いのは生まれつきみたいなものだから、どうしようも無いものがあると思うんだけれど。」
そもそも、口が悪いと言うなら魔理沙なんてどうなるのだろうか。私なんて比じゃないと思うのだが。
「魔理沙のあれは、口が悪いっていうのとは違うと思うよ。実際、言葉遣いはアレなだけで、本当は凄く素直でいい子じゃないか。」
満面の笑顔で魔理沙をべた褒めする唯衣。
……ちょっと聞き捨てならないかもしれない。流石に、今のは。
「あんた、出会う女の子女の子皆にそういう事言ってるんじゃ無いでしょうね……」
「え?いや……」
慌てて目を逸らす唯衣。
これは、そもそも私にそういう指摘をされる事を想定していなかった顔だ。
「……何で私、こんな男好きになっちゃったんだろ……」
少し、自己嫌悪。
……しかしまぁ、悪意やそういった下心が無いのはわかっているので、少しは許してやろうという気にも…
「父さんから、女の子はとりあえず褒めとけって教えられたから。」
前言撤回、テメエは駄目だ。
「……成る程、あんたの父上が色々と駄目な人だってのは理解したわ。」
はぁ、と額に手をやる。
「っ!」
硬い感触と共に、額に鋭い痛みが走った。
どうやら、先程転んで切れたところが瘡蓋になってしまっているらしい。
「いつつ、こんな所も切れてたのね。絆創膏は……要らないか、この程度。」
「全く、女の子が顔に傷なんか付けちゃダメだよ。」
「誰の所為だと思ってるのよ……」
呆れ顔で注意してくる唯衣に、こちらも呆れ顔で返してやる。
そもそもあの時、唯衣が声を掛けるのがもう少し早ければ少なくとも転ぶ事は無かったのだ。
つまり、唯衣が全面的に悪い。
「……霊夢はもう少し、謙虚さとか慎ましさって言葉の意味を知った方がいいかもね。」
「悪い事を言うのはこの口かしら?」
頬をつねって、無理矢理喋れなしてやる。目尻に涙が浮いているが、知ったことか。男が簡単に泣くな。
……しかし改めて触ってみてわかったが、唯衣はとても綺麗な肌をしていた。それはもう、女の私が見ても嫉妬してしまいそうな程度には。
色も白いし、目は切れ長、それに眉尻もこの前整えてやったお蔭で大分マシになっている。
美貌、と呼べる程では無いが、充分に「見られる」顔立ちもしているし。……あれ、私の女としての矜恃が音を立てて崩れて行く……
「…………………っ!」
危ない危ない、見惚れていた。
私ともあろう者が、何と迂闊な…
「どうしたの?霊夢。」
「な、何でもないわよっ!」
あなたに見惚れて思考が停まってました、なんて言える訳が無い!
「やっぱり傷、痛むの?」
「へ?」
待て待て、何だかおかしな方向に話が進んでいる。
「あれだけ派手に転んでたんだもんね。しかも僕の所為みたいなものだし……」
「えっ?えっ?」
何の脈絡も無く、沈んだ表情を浮かべる唯衣。だが次の瞬間、その顔がいきなり明るくなった。
ぱぁぁぁ…という効果音くらいは普通に付きそうな感じである。……嫌な予感がした。
「そうだ、霊夢!……ちょっと、動かないでね?」
急に、キラキラと輝く瞳が近付いてくる。……えぇ!?
気付けば彼の顔が、キスの一つも出来そうな程の距離にあった。
「ちょ…ちょっと?」
かぁっ、と身体が熱くなる。心臓が破裂しそうな程に脈打ち、それを自覚したくなくて、無意識に目を瞑る。
「……………え。」
時間にして、約五秒ほど。それ位の後に、額に冷たい何かが触れる感触がした。
そして、正座している膝の上においた手の甲、そこに何か軽いものが落ちる感覚。
見てみると、それは瘡蓋の様な何かだった。
「…………えーっと。」
状況を整理しよう。
私の額に触れた「冷たい何か」は多分、唯衣の指だったのだろう。
そして、その指が触れた場所は、先程血が出ていた場所。
………今、私の手の甲の上に落ちている、これは……どう見ても、小さな瘡蓋である。
結論。
「………………何を、いきなり人の瘡蓋剥がしてくれてんのよぉぉぉぉぉ!!!!」
グーで殴った。鳩尾を。
………いや、これは仕方が無い。いきなり瘡蓋を剥がされて激怒しない人間など、いる筈が無いだろう。
吹き飛んでピクピクとしている唯衣は放って置いて、私はまた血が出てやしないかと額に触れる。
「…………あれ?」
傷口が、無い。
もう薄皮が張ったのか、と少し強めに撫で回してみるが、やはり無い。
今度は弱く爪を立てて探してみても、痛みどころか、僅かな凹凸すら見つける事が出来なかった。
「唯衣………あんたこれ、どうやったの……?」
倒れている彼に、呼びかける。
だが先程の渾身のボディブローが効いてしまったのか、彼からの返事は返って来なかった。
さっき額に触れた、冷たい指の感触を思い出して、背筋がぶるりと震えた。




