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『引きこもり高校生、犯罪都市でギャングを始める ~友達ゼロだった俺の成り上がり~  作者: 阿鼻恭介
第5章

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第6章 第205話 新しい依頼

 午前中、悠斗の白いヴェローチェが南部の大通りを走っていた。


 助手席では蓮がスマートフォンを眺めている。二人はNOXの仕事で必要な備品を買いに向かう途中だったが、蓮は昨日訪れたイベント運営会社のことが気になっているようだった。


「なあ、悠斗。会社のトラック、いつ見に行けんの?」


「またその話? 峯岸さんに聞いてみるって言ったでしょ」


「だって中型が二台もあるんだぜ。ちょっと運転してみてえじゃん」


「仕事で使ってる車なんだから、勝手に乗らないでよ」


「分かってるって。ちゃんと許可取るわ」


 蓮は笑いながらスマートフォンをポケットにしまった。普段はレース仕様のレイザーに乗っているくせに、仕事用のトラックまで気になるらしい。


 昨日、イベント運営会社の株式譲渡が正式に終わった。悠斗が新しい所有者となり、玲奈は代表取締役、峯岸は取締役社長として引き続き会社の運営を担うことになっている。従業員は五人。峯岸を含めた六人が、これまでどおり仕事を続けていた。


「そういや、社員の人たちはどうだった?」


 蓮が尋ねた。


「やっぱり警戒してたよ。僕がNOXの幹部だから、ギャングの仕事をさせられるんじゃないかって」


「まあ、そりゃそうだろ。知らねえギャングに会社買われたら、俺だって警戒するぜ」


 蓮は社員たちの反応を当然のこととして受け止めていた。


「でも、峯岸さんは残るんだろ? だったら今までどおり仕事を続けてりゃ、そのうち分かってもらえるんじゃねえの」


「そうだといいんだけどね」


 悠斗は前方の信号を確認しながら頷いた。一度説明しただけで全員の不安が消えるとは思っていない。これからの行動を見てもらうしかなかった。


 その時、スマートフォンの着信音が鳴った。画面には玲奈の名前が表示されている。


「玲奈からだ。蓮、スピーカーにしてくれる?」


「おう」


 蓮がスマートフォンを手に取り、電話に出てスピーカーへ切り替えた。


「もしもし、玲奈?」


『悠斗、今大丈夫?』


「うん。蓮と買い物に向かってるところ」


『そう。さっき会社に、新しいイベントの問い合わせがあったの』


 思いがけない報告だった。


「新しいイベント?」


『ええ。レイヴンシティ飲食店協会から、運営をお願いできないかって』


「お、いいじゃん!」


 助手席から蓮が声を上げると、スピーカー越しに玲奈の笑い声が聞こえた。


『蓮も聞いてるのね』


「おう。飲食店協会ってことは、食い物のイベントか?」


『そうみたいよ。地域の飲食店が集まる催しを考えているそうなの』


「それ絶対シオンが喜ぶやつじゃん」


 悠斗も思わず笑った。シオンなら、イベントの詳しい内容より先に、どんな料理が食べられるのかを気にするだろう。


 もっとも、今はまだ問い合わせの段階だ。


「それで、もう引き受けることになったの?」


『まだよ。先方が企画書を持って説明に来たいそうだから、明日、峯岸さんと一緒に話を聞く予定なの。悠斗も時間があるなら来てくれる?』


「うん。明日は空いてるから行くよ」


『じゃあ、午前十一時に会社で。よろしくね』


 通話が終わると、蓮がスマートフォンを元の場所へ戻した。


「会社買った次の日に新しい仕事の相談か。幸先いいじゃねえか」


「まだ決まったわけじゃないけどね」


「でも、向こうから話が来たんだろ? いいことじゃん」


 確かに、それは嬉しいことだった。RAVEN MOTOR FESTが終わって間もない。あのイベントでの実績が、新しい仕事に繋がろうとしている。


「どれくらいの規模になるんだろうね」


「さあな。でも、あのフェスがきっかけなら、頑張った甲斐があったじゃん」


「うん。そうだね」


 蓮は満足そうに頷いたかと思うと、すぐに別のことを気にし始めた。


「で、イベントが決まったら俺たちも食いに行けんの?」


「まだ内容も知らないのに?」


「飲食店が集まるんだろ? 絶対うまいもんあるって」


 悠斗は笑いながら、前方の交差点でウインカーを出した。


     *


 同じ頃、イベント運営会社では、玲奈と峯岸が飲食店協会からの問い合わせについて話していた。


 事務所では社員の一人が以前取引のあった企業へ営業の電話を掛けていた。別の席では、RAVEN MOTOR FESTの運営記録を広げ、設営に掛かった時間や人員配置について振り返りを進めている。三か月後には大型ミュージックフェスも控えており、協力会社への連絡や手配状況の確認も並行して行われていた。


「RAVEN MOTOR FESTに出店していた飲食店さんから、うちを紹介されたそうです」


 峯岸は問い合わせの経緯を玲奈へ説明した。以前から協会内で飲食イベントを開きたいという話はあったらしい。それが今回、具体的に動き始めたという。


「開催希望日は今月中だそうです。詳しい内容は明日、企画書を持って説明してくださるとのことでした」


「それだと、準備期間は短そうですね」


「ええ。ただ、会場や出店店舗については、協会側でもある程度進めているようです」


 玲奈は予定表を確認した。三か月後の大型案件とは開催時期が重ならないが、だからといって準備に割ける人員が無制限にいるわけではない。


「明日は、こちらで担当する範囲を確認しましょう。必要なスタッフの人数も、それによって変わりますから」


「そうですね。見積もりを作るために必要なことは、一通り聞いておきます」


 峯岸は頷き、手元のメモに確認事項を書き加えた。


 これまでの峯岸は、イベントを受注する際の採算の見通しが甘く、実際の人件費や諸経費が想定を上回ることがあった。その結果、当初見込んでいたほど利益が残らず、資金繰りを悪化させる一因となっていた。今回も、まず業務内容を正確に把握する必要がある。


 玲奈が資料へ目を落としたところで、近くの席から社員が声を掛けた。


「社長、ミュージックフェスの協力会社から連絡がありました。手配内容について確認したいそうです」


「ああ、分かった。私から折り返すよ」


 社員が自分の席へ戻ると、峯岸は玲奈へ向き直った。


「大型案件の準備もありますし、新しい仕事の人員配置は慎重に考えないといけませんね」


「ええ。まずは明日の内容を聞いてからですね」


 峯岸は頷き、協力会社への電話を掛けるために自分の机へ戻っていった。


     *


 翌日の午前十一時。


 悠斗と玲奈がイベント運営会社へ到着すると、事務所では社員たちがそれぞれの仕事を進めていた。


 営業先への連絡をしている者もいれば、三か月後のミュージックフェスに必要な機材の手配状況を確認している者もいる。少し離れた席では、RAVEN MOTOR FESTの運営記録を見比べながら、二人の社員が何やら話し合っていた。


「撤収は予定より早かったんだけど、搬入の時にちょっと時間が掛かったんだよな」


「次は車両ごとに時間を分けた方がいいかもね」


 そんな会話を聞きながら、悠斗は事務所の奥へ目を向けた。


 自分たちが会社を引き継いでも、社員たちは変わらず仕事を続けている。昨日のように警戒した様子を見せる者もいたが、悠斗が来たからといって仕事を止める者はいなかった。


「おはようございます」


 応接室から顔を出した峯岸に案内され、二人は席に着いた。間もなく社員が来客を知らせに来る。


「社長、飲食店協会の方がお見えです」


「ありがとうございます。お通ししてください」


 応接室へ入ってきたのは、スーツ姿の男性二人だった。一人は五十代ほどの落ち着いた雰囲気の男性で、もう一人は少し若く、書類の入った鞄を持っている。


「本日はお時間をいただき、ありがとうございます。レイヴンシティ飲食店協会で会長を務めております、宮本です」


「同じく、会計担当の田辺です。本日はよろしくお願いいたします」


 二人が名刺を差し出すと、峯岸も立ち上がって挨拶した。


「峯岸です。こちらが新しいオーナーの神谷と、代表取締役の白石です」


 悠斗と玲奈もそれぞれ名乗り、名刺交換を済ませた。


「新しいオーナーということは、会社の経営体制が変わられたんですか?」


 宮本が少し驚いた様子で尋ねた。


「はい。ただ、イベントの運営は引き続き私が担当しますので、これまでと変わらず対応させていただきます」


「それなら安心しました。RAVEN MOTOR FESTを担当された会社にお願いしたかったものですから」


 宮本が笑顔を見せると、田辺も頷いた。


 田辺が鞄から企画書を取り出し、テーブルに並べた。表紙には『レイヴンシティ・グルメフェス』という文字が印刷されている。


 企画の内容は、地域の飲食店が集まって料理を販売する一日限りのイベントだった。


「今のところ、十二店舗ほどが参加する予定です」


 宮本の説明によると、以前から協会内で企画は持ち上がっていたものの、なかなか実現には至らなかったらしい。そんな中、RAVEN MOTOR FESTに参加した店舗から出店が好評だったという話を聞き、今回の企画が動き出したという。


 田辺が広げた出店候補の一覧には、悠斗にも見覚えのある店がいくつかあった。


「この店も出るんですね」


「ああ、そこは参加するって返事をいただいてます。お知り合いですか?」


「何度か食べに行ったことがあるんです」


 田辺は嬉しそうに笑った。


「今回、そういうお店をもっと知ってもらいたいんですよ。普段は別の地区まで食事に行かない方もいるでしょうから」


 その言葉を聞き、悠斗は一つ気になったことを尋ねた。


「今回、一番大事にしたいのは、お店を知ってもらうことなんですか? それとも当日の売上ですか?」


 宮本は少し考えてから答えた。


「もちろん売上も大事です。ただ、それ以上に、市内にどんなお店があるのか知ってもらいたいんです。気に入ってもらえたら、後日お店にも足を運んでもらえるでしょう?」


 田辺も頷いた。普段は常連客が中心の店にとって、新しい客に料理を知ってもらう機会は貴重なのだという。


 悠斗は改めて企画書に目を落とした。


 単に料理を販売するだけではなく、店と客を繋ぐきっかけを作りたいらしい。RAVEN MOTOR FESTでも、出店者や展示ショップが来場者との繋がりを作っていたことを思い出した。


 続いて、峯岸が運営面の確認に移った。


 開催予定は今月中の週末一日で、来場者数は三百人から五百人程度を想定している。会場は希望日で利用できることを確認済みだが、正式な申し込みはまだ終わっていなかった。


 出店店舗の参加確認も進んでおり、残り数店舗からの返事を待っているという。


 峯岸は会場図面を確認しながら、搬入経路や設営時間について質問した。電源や水回りなど、店舗ごとに必要な設備については、協会が改めて確認することになった。


「当日のスタッフについては、どうお考えですか?」


 その質問に、宮本は少し考え込んだ。


「受付くらいなら、協会の人間でもできるんじゃないかと思っていたんですが」


「会長、当日は出店する店の人間も多いですから、そんなに人を出せないと思いますよ」


 田辺が口を挟むと、宮本も困ったように頷いた。各店舗は自分たちの準備で手いっぱいになるだろう。


 それを聞いた峯岸は、会場図面の入口を指差した。


「では、受付や来場者の誘導はこちらでスタッフを手配しましょう。協会の皆さんには、出店者への連絡や店舗側の取りまとめをお願いできればと思います」


「その方が助かります」


 田辺がすぐに答えた。


 十二店舗が参加し、数百人の来場者を迎えるとなれば、準備することは少なくない。設営や搬入時間の調整、受付、来場者の案内、ごみの回収場所など、事前に決めるべきことはいくつもあった。


 峯岸が必要な作業を確認していく間、玲奈は会社側が担当する業務を整理していた。


 ひととおり話がまとまったところで、峯岸が費用について尋ねた。


「実は、そこも相談したかったんです」


 宮本は田辺と顔を見合わせた。


「こういったイベントを開くのは初めてなので、運営にどのくらい費用が掛かるのか分からなくて」


「スタッフの手配や会場の設営なども含めて、御社で見積もりを出していただけないでしょうか?」


 田辺が続けると、峯岸は快く引き受けた。


 見積もりは協会側で確認し、その金額と内容を踏まえて正式に依頼するかどうかを決めるという。


「あの、できるだけ費用は抑えたいんです。初めての企画なので、加盟店の皆さんにも負担が掛かりますし……」


 会計担当らしく、田辺はそこを気にしているようだった。


「その点も踏まえて見積もりを作成します。ただ、必要なスタッフを無理に減らすことはできませんので、費用によっては業務範囲を調整する形でご相談させてください」


 玲奈が答えると、宮本は納得した様子で頷いた。


「もちろんです。安全に開催できなければ意味がありませんから」


 費用に関する話が一段落したところで、玲奈は企画書の表紙へ目を向けた。


「あの、イベント名について、一つ提案してもよろしいでしょうか?」


「はい。何でしょう?」


「今回の企画なら、『フェス』よりも『マーケット』の方が雰囲気に合っているかもしれません」


 宮本が興味を示すと、玲奈は先ほど二人が話していた目的に触れた。


 地域のお店を知ってもらい、気になった料理を気軽に買って楽しんでもらう。そうした催しなら、買い物をしながら店を巡る印象が伝わる名前の方がよいのではないかという。


「例えば、『レイヴンシティ・グルメマーケット』というのはいかがでしょう?」


「グルメマーケット……」


 田辺が小さく口にした。


「確かに、いろんなお店を回って料理を買う感じがしますね」


「フェスも悪くないが、今回の趣旨にはそっちの方が合っているかもしれないな」


 宮本も頷いた。


 悠斗も改めて企画書へ目を向けた。初めて聞く人にも、どんな催しなのか伝わりやすい名前だと思った。


「僕もいいと思います」


 宮本は田辺と軽く相談した後、笑顔で答えた。


「では、その名前を協会に持ち帰って相談してみます。私としては賛成です」


 名称については協会内で改めて確認することになった。


 その後も細かな打ち合わせが続き、協会側で確認する事項と、運営会社が見積もりに含める業務が整理された。


「それでは、見積もりをお待ちしています」


 帰り際、宮本が言った。


「RAVEN MOTOR FESTに出店したお店からも、運営がしっかりしていたと聞いていますので、ぜひお願いできればと思っています」


「ありがとうございます。できるだけ早くお送りします」


 峯岸が答え、悠斗たちは二人を見送った。


     *


 宮本と田辺が帰った後、峯岸は応接室に残された資料をまとめた。


「それじゃあ、さっそく見積もりを作りましょうか」


 そう言って事務所へ戻ると、経理担当の女性社員に声を掛けた。


「佐藤さん、ちょっといいですか?」


 パソコンに向かっていた佐藤が顔を上げた。


「はい、何でしょう?」


「さっきのグルメフェスの件なんだけど、これから見積もりを作りたいんだ。一緒に確認してもらえる?」


「分かりました。資料を持っていきますね」


 佐藤が立ち上がると、峯岸は今回のイベントで必要になりそうなスタッフの人数や設営作業について説明した。


 RAVEN MOTOR FESTでは、当初の想定と実際の作業時間に差があった部分もある。今回の見積もりでは、そうした経験も踏まえて人件費を算出するつもりだった。


「前回の勤務時間の記録も確認してみますね」


「うん。お願いするよ」


 二人のやり取りを聞いていた玲奈も声を掛けた。


「見積もりがまとまったら、私にも確認させてください。経費と運営報酬を含めて、金額を見ておきたいので」


「もちろんです。白石さんにも確認していただきます」


 峯岸は頷き、佐藤と一緒に資料を持って応接室へ戻っていった。


 悠斗はその様子を眺めながら、玲奈へ声を掛けた。


「じゃあ、僕はNOXの本部に行ってくるね」


「ええ。こちらは任せて」


 悠斗は頷き、事務所を後にしようとした。


 その時、先日、NOXについて質問してきた男性社員と目が合った。


「……お疲れさまです」


「あ、お疲れさまです」


 悠斗が返すと、男性は軽く頭を下げて仕事へ戻った。


 まだ距離はある。それでも、社員たちは自分の仕事を続けているし、峯岸も玲奈も会社のために動いてくれている。


 自分が何でも指示するより、まずはそれぞれの仕事を任せることが大切なのだろう。


     *


 駐車場へ戻り、ヴェローチェの運転席に座った悠斗は、スマートフォンを取り出した。


 五人のグループへ今日の打ち合わせについて報告すると、真っ先に反応したのは蓮だった。


『お、昨日言ってたやつか! 決まりそう?』


『まだ見積もりを作ってるところだけど、いい感じだったよ』


 ナナも興味を示し、イベントの名前を尋ねてきた。悠斗が、まだ正式決定ではないものの『レイヴンシティ・グルメマーケット』になりそうだと伝えると、すぐに返信が届いた。


『いいじゃん! 楽しそう!』


 その直後、シオンからも短いメッセージが届く。


『行きたい』


 悠斗が笑っていると、今度は蓮が『シオン、絶対全部の店回るだろ』と書き込んだ。


『……回る』


 迷いのない返事に、ナナが『まだ開催決まってないよ!』と突っ込む。


 アキラからも、正式に決まったら教えてほしいというメッセージが届いた。


 悠斗は笑いながら返信を終え、スマートフォンを置いた。


 会社を引き継いでから、まだ数日しか経っていない。月末にはNOXへの上納金が待っている。会社を買ったからといって、すぐに十分な収入が得られるわけではなかった。


 今回のイベントも、正式に受注できるかどうかは見積もり次第だ。開催が決まったとしても、会社へ運営報酬が入るのはイベントを終えた後になる。


 それでも、RAVEN MOTOR FESTでの仕事を評価して、新しい依頼が持ち込まれたことは嬉しかった。


 悠斗がエンジンを掛けようとした時、スマートフォンがもう一度震えた。


 蓮からだった。


『で、トラックはいつ見に行けんの?』


「……まだ言ってる」


 悠斗は苦笑しながらスマートフォンを置いた。


 エンジンを掛け、駐車場を出る。白いヴェローチェは港湾地区を抜け、NOXの本部がある中央地区へ向かって走り出した。

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