第300話 悩め若人
アルマでジェイ達が励んでいる頃、内都でも宮廷の面々が励んでいた。戦後処理にである。
バルラ太后達が書類の山を囲み、騎士達が処理の終わった書類の束を抱えて駆け回る。なんとも慌ただしい光景だ。
魔神を討伐したジェイの戦功が目立っているが、全体で見れば戦死者や負傷者に対する手当ての方が多く感じられる。
「どれだけの家が代替わりする事になるか……」
特に戦死者が家の当主だった場合、代替わりの手続きも行わなければならない。国を守るために戦ったのだから早急にだ。
逆に後継者が戦死……となると、新たな後継者の選定などまた別の問題が起きる。こちらはより細やかなアフターケアが必要となるだろう。
そちらも大変だし、時間も掛かりそうなのだが、それ以上に彼等の頭を悩ませている問題があった。
それは功績が大きい者達にどう報いるかだ。
一位は言うまでもなく、魔神ダ・バルトを討伐したジェイだろう。
二位はもちろん援軍を率いて駆け付けてくれた龍門将軍だが、彼は隣国の国家元首なので別枠扱いである。
では二位は誰になるかと言うと……魔神との戦いに加わっていたラフィアスである。
この三人より功績を挙げたと言える者はいない。全体の指揮を執った武者大路でさえもだ。それだけ魔神と戦うというのは大きいのである。
しかし、ラフィアスの扱いは難しい。なにせ当初はタルバの叛乱に『純血派』側として参戦していたのだから。
そこを無視して功績を称えると、変な前例になりかねない。
かといって評価しないのは信賞必罰に反する。
功罪を差し引いたとしても、功の方が勝るのは事実であった。
どう扱うべきかと頭を悩ませる宮中の面々。しかし、そこに更なる問題がもたらされる事となる。
「……なに? 連絡が取れない?」
論功行賞が終わるまで待機させられているはずのラフィアスが、いつの間にか行方をくらませたのである。
「……ラフィアスが来た?」
一方その頃、当のラフィアスは……アルマを訪れていた。
「ボク達以外、内都で待機じゃなかったの?」
モニカが首を傾げる。
論功行賞を行う際に不在になるのを防ぐため、特別な事情が無い限り関係者は内都から離れないようにと宮廷から要請が出ている。
ジェイ達は龍門将軍達を歓待するために内都を離れていたが、ラフィアスにはそのような事情は無いはずだ。
むしろ『純血派』として怪しまれないよう、慎ましまねばならない立場のはずである。
「ラフィアス君は何と言ってきたの?」
「それが、ジェイと二人で話がしたいそうです」
エラの問い掛けに、明日香が答えた。お客様が来た!と真っ先に飛び出したのが彼女である。
「何の話だ?」
「それが、ダ・バルトについてだそうですよ」
「あの魔神?」
ジェイは首を傾げつつも、ラフィアスの申し出を受ける事にする。
『純血派』だからこそ得られた情報があるかも知れないと考えたのである。
ジェイは、ラフィアスを領主邸の執務室へと通す事にした。防諜という面では、ここが一番強固だからだ。
とはいえ、屋敷の中ではジェイの家臣には聞かれる可能性がある。その事について何か言ってくるかと思ったが、ラフィアスは無言のままジェイの後をついて来る。
執務室に入り、テーブルを挟んで向かい合わせで席に着いても無言のまま。
エラが魔草茶を運んできて、退出して数泊置いてから彼はようやく口を開いた。
「……ダ・バルトは手強かったか?」
「それ前も聞かなかったか?」
本体を見つけるまでは手強かったと答えたはずだ。
「いや、そうだな……」
言い淀むラフィアス。何が言いたいのかと、ジェイは怪訝そうな顔になる。
「……うん……ダ・バルトは、魔法使いとして手強かったか?」
「…………は?」
思わず間の抜けた声が漏れた。
「それは……魔神としてではなく、か?」
「そうだ」
「魔神としての不死身の肉体も、膨大な体内魔素も無いって事か?」
「ああ、そう仮定した場合だ」
弱体化著しい仮定である。操れる規模も制限されるだろうから、そもそも百魔夜行自体起きていない可能性が高い。
そもそも本体を黒子世界に隠せたかどうかが怪しくなってくる。
つまり、あの魔法で正面対決だ。そうなれば……。
「そりゃあ……楽勝だったんじゃないか?」
結論としてはこうなる。
「楽勝、か……」
答えを聞いたラフィアスは、物憂げな顔をして天井を見上げた。
「……何か気になる事でもあるのか?」
何が言いたいのか分からないので、ジェイの方から尋ねた。
「…………」
ラフィアスは魔草茶を一口飲み、一拍置いてから口を開く。
「ダ・バルトは……本当に魔法を極めていたのかと思ってな……」
「極めてなきゃ魔神になれんだろ」
神妙な面持ちのラフィアスに、ジェイはバッサリと返した。
事実としてはその通りである。魔法は魂の個性の発露であり、それを極めなければ魔神には到達できない。
ラフィアスは少々気分を害した様子で反論する。
「だとすれば……ダ・バルトは魔法を極めてなお弱かったと言うのか?」
「そうなんじゃないか?」
しかし、ジェイは軽く流す。
「魔法を極める事と、強くなる事は違うだろう?」
「…………そう、なのか?」
ダ・バルトが強かったのは、自分の魔法を最大限に活用していたからだ。
しかし、ダ・バルトの魔法は強いかと問われると、ジェイは首を横に振るだろう。
百魔夜行の魔物達を操り、操り手の黒子として本体を隠す。あます事なく己の魔法を活かす。これを「極めた」と言うのであれば、その通りだと納得するしかない。
魔法を極める事と、強くなる事は別問題。それがジェイの考えであった。
ラフィアスの氷の魔法はかなり戦闘向きなので、その辺りの感覚が分かりにくいのかも知れない。
逆にジェイがこう考えられるようになったのは、ある人物のおかげだ。
「そうだよ。龍門将軍が強いのは、魔法があるからじゃないぞ?」
そう、魔法が無いとしても強いと確信できる義父である。
身もふたもないが、とても分かりやすい例だろう。
「そうだな、分かりやすい言い方をするなら……」
ラフィアスは腰を浮かせるほどに身を乗り出して次の言葉を待つ。
ジェイはソファの背もたれに身を預けたまま次の言葉を紡いだ。
「ダ・バルトは、間違いなく自分の魔法を極めていた。だが『魔法使い』を極めた訳じゃなかった」
ここで言う「魔法使い」とは「戦う魔法使い」の事だ。魔法国時代から存在する「魔法騎士」と言い換えてもいいだろう。
「魔法使いを、極める……」
そう呟き、考え込むラフィアス。
その言葉は彼にとって納得のいくものであり、まるで一筋の光明のように感じられるのだった。




