第301話 我独り清めり
「というか、そんな事をわざわざ聞きにきたのか? 待機要請されてるのに」
「ん? ああ……それは気にするな」
「気にするよ」
ジェイにしてみれば、義祖父の冷泉宰相が要請を出した側である。
ジェイは立場上一言ぐらい言っておかなければいかないが、ラフィアスの方は意にも介していない様子で話を続ける。
「ああ……君の言葉で納得ができた。ダ・バルトは『魔法』を極めても『魔法使い』としては未熟だったのか……」
「『戦う魔法使い』として、な」
それでもあれだけの強さとなったのは、魔神という存在がいかに凄まじいかを示している。
「ああ、それなら納得だ」
「何が?」
「あんなくだらない短刀、誰が何のためにと思っていたが……」
「ああ、あの魔神化の短刀か」
「そうだ。裏に潜んでいたのがダ・バルトだとすれば納得できる」
始まりは、ポーラ島で密かに売られていた魔法使いになれるという短剣。
それが次に姿を見せた時には、魔神に至る事ができる短刀となっていた。
魔神を量産できる恐ろしい短刀。しかし、ラフィアスは当初から違った見方をしていた。
技術的には高度な物のため、作成には魔神が関わっているだろう。ラフィアスがそう考えるようになるまでさほど時間は掛からなかった。
今の『純血派』には、これ程の知識と技術は残っていない事を知っていたというのが大きい。
だからこそ疑念を抱いていた。どうして魔神が、わざわざこんな物を作るのかと。
「なんて事はない。奴自身、魔法使いを極める事に意味を見出していなかったんだろう」
ラフィアスは鼻で笑った。
戦闘向けの強力な魔法を持つが故の傲慢、という面も否定できない。
しかし、彼が目指す魔神というものが、遥か高みに存在するというのも事実。
ダ・バルトは、魔法を極めた者が魔神と考えた。
ラフィアスは、それだけでは満足せず強く在る事を求めた。
これは魔神の在り方に対する考え方の違いなので、どちらかが正しいというものでもなかった。
「まったく、どうしてわざわざ出来損ないの魔神を増やそうとしたのか」
念のために言っておくと、短刀で誕生する魔神は決して出来損ないではない。ラフィアスの要求する水準が高過ぎるだけである。
彼が自力で魔神に到達できない者達を見下しているというのは否定できないが。
「数が必要だったんじゃないか?」
「何のために?」
「かつての魔法国を再現するために」
「…………なるほど」
少し間を置いてからの納得だった。
それで再現できるのは出来損ないの魔法国。そんな風に考えているのが、見て取れる態度である。
「フン……つまり『純血派』の連中は、再現した魔法国の臣民候補という事か」
「魔法が使えない奴は、数に入れてないだろうしな」
実際、今回の件でアーロの魔王教団が動いていたという話は無い。もはや魔法使いが残っていないあちらは、端から相手にされていなかったのだろう。
「分からんな。どうしてわざわざそんな事を……」
「そりゃあ……」
天井を仰ぎ見たジェイは、そこで言葉を止めた。
「どうした?」
「ああ、いや……」
声を掛けられたジェイは、ラフィアスに視線を向ける。
「ダ・バルトは……魔王像を立たせる舞台を用意したかったんじゃないかと思ってな……」
ラフィアスは再び鼻で笑った。
そしてジェイは思う、予想通りの反応だと。
ダ・バルトはただ魔王になるのではなく、魔王が立つ舞台も求めたのだろう。
自分を崇める者達がいてこその王、とでも考えていたのかも知れない。
対してラフィアスはどうか?
少々語弊のある言い方となるが、おそらくラフィアスは魔王が立っていれば周りがどうだろうと気にしないと思われる。
魔神に到達した自分だけいればいい。代わりに魔神としてはより高みを目指す。それが彼の考え方だ。
彼にしてみれば、ダ・バルトは紛い物の魔法国で満足しようとしていた、志の低い者となってしまうのではなかろうか。
ラフィアスは妥協しない。彼がそういう人物である事は、ジェイも理解していた。
「…………」
「どうした? まだ何か気付いた事でも?」
「……いや、なんでもない」
ラフィアスは、婚約者が三人いるという。全員『純血派』のつながりで家が縁談をまとめた者達だ。
今回の戦いに備えて後継者作りに励んだという話を聞いたが、彼自身は彼女達の事をどう考えているのだろうか。
ジェイは疑問に思ったが、それを口に出して尋ねる事はできなかった。
予想通りの答えが返ってきた時、どういう顔をすればいいか分からなかったのだ。
「参考になった。感謝する」
聞きたい事はそれだけだったのだろう。ラフィアスは短くそう告げると席を立つ。
「あ、ああ。さっさと島に戻れよ」
ジェイも引き留めようとはせずに、冷泉宰相の関係者として釘を刺すだけにしておく。
屋敷を出たラフィアスは一度振り返り、ジェイと目が合う。
しかし、二人は言葉を交わす事なく、ラフィアスはそのまま立ち去って行く。
ジェイはその背に揺るぎない強さと、近付く者を切り裂くような冷気を感じるのだった。
今回のタイトルは、「世を挙げて皆濁れるに、我独り清めり~」という漢文『漁夫辞』の一節です。
また魔神ダ・バルトの名前については「未熟な王」というコンセプトが先にありました。
そこからいくつかの言語を調べ、タガログ語の「ダトゥ(首長、領主)」と「バロット(孵化直前のアヒルの卵を茹でた料理)」を合わせて「ダ・バルト」ですね。
なお、タガログ語を調べている最中に「ナナイ(お母さん)」というのを見つけて「あー……」となっていたり。




