14.クリスマスゴング(中三クリスマス八坂くん視点)
中学三年クリスマスの八坂くん視点です。
目の端に、キラリと光りがかすった。なにかと思って振り返れば、そこには姫奈ちゃんがいた。
生駒と微妙にリンクしたドレスを身にまとい、僕の胸はカチンとする。
しかし、すぐ隣に目を向ければ、弟とも同じリンクコーデでホッとして、生駒も不憫だと同情しつつ口元が緩む。
一方姫奈ちゃんといえば、不愉快そうな顔も隠せずに、枡親子と挨拶をかわしている。
そんな、表情が隠せないところが姫奈ちゃんの魅力だけれど、きっとそれはいつか彼女の足もとをすくうだろう。
僕はそんなことを考えつつ、嘘笑いを張り付けてパーティー会場で営業に励んでいた。
そのあいだも姫奈ちゃんが視界にチラチラと入り込む。
気がつけば彼女は弟とふたりきりになっていた。
彼女の前にはうずたかくもられたカニがあり、弟の彰仁はうんざりした顔で姉を見ている。
そんなふたりがおかしくて、僕は姫奈ちゃんのテーブルに向かった。
「姫奈ちゃん今日も楽しそうだね」
「そんなことないもん!」
茶化すように挨拶すると、不機嫌そうな答えが返ってくる。
きっと、生駒と枡さんの様子が気に入らないのだろう。
彼女の手元のカニが、バキリと音を立てて割れる。
弟の彰仁は慌てて彼女をいさめた。
そんなやりとりすら可愛い。
「ご機嫌斜めだ」
「すみません。さっきからこうで……」
彰仁が申し訳なさそうに答える。
「いいよ。僕と姫奈ちゃんは他人行儀な仲じゃないから」
僕が意味深に微笑むと、姫奈ちゃんは不思議そうに小首をかしげた。
それも可愛い。
「ね?」
僕は同意を促した。
姫奈ちゃんに意味は通じないと思うけれど、彰仁が感づけばいい。
彼女にとって僕が特別なのだと弟が意識したら、あの邪魔な生駒のけん制にくらいなるはずだ。
姫奈ちゃんはやっぱり意味がわからないようで、「カニ食べます?」なんて暢気に聞いてくる。
僕は軽く断って、カニを食べる姫奈ちゃんを見つめる。
彰仁は意味がわからないというように、キョロキョロと挙動不審だ。そんな感じがまさに姉弟で、僕はそれすら微笑ましい。
すると姫奈ちゃんはハッとして、恐る恐る周囲を見回した。
「あれ? 今日、大黒さんは?」
姫奈ちゃんに問われて、僕は思わずムッとする。
当たり前のように、大黒典佳の動向を聞かれるのがしゃくに障った。
僕は大黒に興味はないし、そう誤解されるのも心外なのだ。
「なんで僕にそれを聞くわけ?」
「だって、いつもそばにいたから」
「ああ、コバエみたいにね」
思わず感情のままに答えると、白山姉弟は顔を引きつらせて無理やりに笑顔を作った。
すこし怖がらせすぎたみたいだ。
でも、僕も心がざわついている。
姫奈ちゃんにこれを伝えるのは敵に塩を送るものだから。
そう思いつつ、ため息交じりに理由を話す。
姫奈ちゃんが、安心して楽しい夜を過ごすためならしかたがない。
「……和親がリストから外した」
「え?」
姫奈ちゃんは、ヒュッと息を呑んだ。
「なん……で?」
姫奈ちゃんの問いに、僕は首を傾げた。
和親がリストから外すのは当たり前だ。和親が姫奈ちゃんのことを特別だと思っているからだ。
それがどれくらいの感情なのか、彼自身気がついているのか、それは僕にもわからない。
けれど、少なくとも大黒家をパーティーに呼ばないと思わせるほどには、姫奈ちゃんのことを気にかけている。
「わからない?」
「ええ」
「本当に?」
「ええ」
でも、姫奈ちゃんは気付いてない。
氷川家の御曹司が、自分を守るために他家を排除したと聞いたら、どんな女の子でも喜ぶだろう。きっと、好意に気がついて、好きになってもおかしくない。
僕はチリリと胸が痛む。
僕にはできない守り方だから。
こんなふうに、人を守れる和親だから、僕は彼が好きなのだけど。
「気になるなら和親から聞いたら?」
僕は素っ気なく答えた。
姫奈ちゃんの関心が和親に向くのは面白くない。かといって、足を引っ張る気にはなれない。
「氷川くんに聞いたら私も出入り禁止にならない?」
しかし、姫奈ちゃんは意外すぎることを言う。
僕は思わず噴きだした。
「なにそれ! もー! 姫奈ちゃん最高!」
「ちょっと! 冗談じゃないのよ? 本気よ?」
「なるわけないじゃない。あー、おかしい。和親が可哀そう!」
「何で氷川くんが可哀そうなの?」
「僕から教えるわけないじゃない」
ちょっとだけ、意地悪。
僕から、彼の思いを代弁する気にはとてもなれない。
姫奈ちゃん自身で気がつかなければ、和親の力不足だ。さすがに、協力なんてできないから。
人の波がザワリと蠢いた。視線の先を見ると、島津光毅がいた。
次代SB社長とうわさされる、島津家の長男だ。
未来でマスコミを牛耳るだろう男に、人々の注目が集まった。
姫奈ちゃんも、当然のように島津光毅に視線を送る。
僕が目の前にいるにもかかわらず、あからさまに瞳を輝かせ、他の男を見る彼女に腹が立つ。
思わず、幼稚な嫉妬心で、島津光毅の隣にいる女性の存在を指摘した。
「あれ、姫奈ちゃんの王子様じゃない? 綺麗な人は彼女かな。知ってた?」
「ええ。婚約者の美幸さまと仰るの」
姫奈ちゃんは、少し大人びた笑顔で微笑んだ。
ちょっと今まで見たことのない顔で、僕はそれに彼女の失恋を感じ取り切なくなる。
そして、彼女の傷をえぐるような自分の言葉に後悔し、その罪悪感をあの男になすりつけた。
「……なにそれ。あれだけヒーローぶっといて、悪い大人」
しかし、零れた言葉をかき消すように、姫奈ちゃんがワタワタと慌てだした。
「ああ、どうしよう! すっかり忘れていたわ。呼ばれていないはずはないのに!! カニ、カニの殻がいっぱい! 光毅さまには見られたくないわ!」
「だから注意しただろ?」
彰仁が呆れ、姫奈ちゃんはプチパニックだ。
失恋してもまだ、島津光毅が心に残っている姫奈ちゃんに、僕はちょっと心が痛む。
僕は姫奈ちゃんの手首を掴み、むき身になっていたカニをペロリと食べた。
ちょっとでいいから、僕を見て。
その思いが通じたのか、姫奈ちゃんは珍しく僕を見て顔を赤らめた。
その反応が可愛くて、もっと、もっと、と思ってしまう。
姫奈ちゃんの口元に指先を伸ばして、唇の端に触れ、その指先を舐めてみせる。
姫奈ちゃんが、カチンと凍って、僕だけを見つめている。
「姫奈ちゃんも汚れてた」
間接キスの言い訳に、嘘をついて誤魔化した。
彼女はまだ動けない。
まだ、僕のことを考えている。
そのあいだに、カニの皿を片付けてもらえば、挨拶もそこそこに、島津光毅がやってきた。
姫奈ちゃんと違う女を選びながら、このテーブルに直行する厚顔にうんざりとする。
島津光毅は、僕と姫奈ちゃんのあいだに、音を立て手を置いた。
その仕草で、「彼女にそれ以上近づくな」と無言で圧力をかけてくる。
でも、僕だって黙っていない。
姫奈ちゃんをこれ以上傷付けられてはたまらない。
そう思って、僕は島津光毅に対峙した。
完璧な社交用笑顔で、しっかりと威嚇する。
違う女を選んだなら、「姫奈ちゃんには手を出すな」と。
すると、それに反応したのは、島津光毅の弟だった。
そして、僕は納得した。
兄は、弟のために、姫奈ちゃんのそばにいたのだ。
二対一か。
僕は内心鼻で笑う。
兄の力を借りなければ、姫奈ちゃんのそばに立てない男になんか、僕が負けるわけはない。
バチバチと火花が散る。
姫奈ちゃんと、彰仁がその気配に戦いて身じろぎした。
ふたりの胸にあるベル型ピンが、まるで試合開始の合図のようにチリンと揺れた。
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