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小人族御伽草子 橘姫と神の卵  作者: おかやす
第四章 天の歌、地の舞
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15 打出の小槌

 「おーい、あったぜ!」


 鬼の体から追い出され斜面を転がり落ちた神の卵は、まだ楓の膝ほどの高さしかない若木が、受け止めてくれていた。


 「楓」

 「うん」


 楓は打出の小槌を手に、若木の前に立った。


 「小槌よ小槌、私の願いをかなえておくれ」


 楓が振りかぶると、打出の小槌が低くうなる。


 「神の卵を、天に返しておくれ」


 楓が打出の小槌を振り下ろすと、神の卵はフワリと浮いた。そして若木の根元から天を目指して、ゆっくりと昇っていった。

 やがて神の卵は見えなくなってしまった。

 楓とポポと水蓮はお互いを見て、笑顔を浮かべると、ほとんど同時にその場に崩れ落ちた。


 「あー、疲れた。ポポ、大丈夫?」

 「ういーす」


 疲れ切った水蓮の声に、同じく疲れ切ったポポの声が答えた。


 「あーちくしょう。あの技、強力なんだけど、寿命が縮むのが欠点なんだよなあ」

 「あ、それ私も。で使ったあとは二、三日寝込むのよね」

 「そうそう。ま、しゃーねえけどな」

 「あの、ポポ、水蓮さん」

 「んー?」

 「なに?」

 「打出の小槌なんですけど」


 楓は、打出の小槌をポポと水蓮の前に置いた。


 「願いは、あと一つしか、かなえられないんです」


 楓は最後の一つをポポと水蓮に譲るつもりだった。ポポと水蓮がいなければ、鬼を倒すことはできなかった。楓は、そんな二人を差し置いて自分の願いを叶えようとは思わなかった。


 「何か願いがあれば……」


 楓は返事を待ったが、ポポも水蓮も何も言わなかった。気を使っているのだろうかと、楓はもう一度声をかけてみた。


 「あの……ポポ、水蓮さん?」


 返ってきたのは、ポポと水蓮の寝息だった。

 二人とも少々のことでは起きないだろうと思われるほど、ぐっすり眠っていた。


 「こ、ここで寝ちゃいますか?」


 張り詰めていた楓の気持ちが、一気に緩んだ。笑がこみ上げてきて、ひとしきり笑うと、楓は二人を見つめた。

 二人の寝顔を見ているうちに楓も眠気を覚えた。

 季節は春の終わり。鬼の力で降った雪も消え、草の布団とそよ風の掛布が、何とも言えず心地よかった。


 「本当に……ありがとう」


 楓は水蓮の隣に体を横たえると、小さなあくびとともに、深い眠りについた。


   ◇   ◇   ◇


 ……夢の中で楓は小さな女の子で、誰かの背中でうとうとしていた。


 (母さんだ)


 楓はそう思った。まだ乳飲み子だった頃に死に別れた母だ、姿形など覚えているはずがない。だがこれが母だという、確信に近い思いがあった。

 母は楓を背負ったまま、ときどき誰かを話をした。何を話しているのかよくわからなかったが、とても仲がよさそうだった。


 (父さんだ)


 楓は嬉しかった。夢とはいえ、思い出すらない父と母を感じることができるなんて考えたこともなかった。きっと神様が、がんばったご褒美をくれたのだと、楓は素直に思った。

 やがて母は立ち止まった。そして背負った楓を下ろし、布団の上に寝かせた。


 「楓」


 母は、楓の額にそっと手を当てた。


 「元気でね。あなたなら大丈夫。そのまま真っ直ぐ、強く、生きていってね」


 (母さん……もう行っちゃうの?)


 楓は母を引き留めようとしたが、どうしても声が出なかった。楓に向かって、父が親指を立てた。もう少しだけここにいて欲しい、楓は必死で叫ぼうとしたが、ついに声は出なかった。

 父と母は歩き出した。そして、一度も振り返ることなく、楓のもとから去っていった。


   ◇   ◇   ◇


 楓が目を覚ますと、見慣れた天井が目に飛び込んできた。


 「ここ……お姉様の部屋?」


 楓は首を傾げつつ起き上がった。一体どれぐらい眠っていたのだろうか。頭が痛く、ひどくのどが渇いていた。

 水蓮が置いたのだろうか、枕元に水差しがあった。水は冷たくておいしかった。飲み終えると、まるで生き返ったような気持ちになった。

 ポポと水蓮はどうしたのだろう。

 楓が二人を探しに行こうと考えた時、水差しの横の、小さな箱に気づいた。


 「なんだろ?」


 開けてみると、箱の中に打出の小槌と二通の手紙があった。


 「そんな……」


 手紙はポポと水蓮からだった。鬼は倒したからもう行く、と書いてあり、それぞれ手紙の終わりにはこんな一文があった。


 「私、あの人のこと思い出したからもう願いなんてないわ。ポポの願いでもかなえてあげてね」

 「オイラの願いは、オイラの力で小人族の再興を成し遂げることさ。ゲルンハルト様にも会えたしな。水蓮の願いでもかなえてくれ」


 楓は部屋を飛び出した。


 「まだちゃんとお礼も言ってないのに……どうして……」


 夕暮れまで町中を走り回ったが、とうとうポポと水蓮を見つけることはできなかった。

 姉の屋敷に戻り、楓はこれからどうしようかと考えた。町は滅び、家族も知り合いもいない。この広い町で、たった一人でどうすればよいというのか。


 「あ……」


 楓は打出の小槌が入っている箱のフタに、小さな紙切れが貼ってあるのを見つけた。そこに小さな文字で何かが書いてある。ポポからの追伸だった。


 「みんな願いがないのなら、この町を甦らせたらいいんじゃねえのか?」


 楓の目から涙が流れた。それは、他ならぬ楓の願いだった。


 「ポポ……水蓮さん……」


 ありがとうとは、声が震えて言えなかった。

 元の世界に帰る方法がわからない水蓮。

 ふるさとを鬼に滅ぼされたポポ。

 打出の小槌の力がいらないわけがない。この力があれば、元の世界に帰ることも小人族を再興することもたやすいはずだ。それなのに二人は、打出の小槌の最後の力を、楓に譲ってくれたのだ。


 「泣かないで、楓」

 「オイラたちはオイラたちの力で生きていけるからな。気にすんなって」


 ポポと水蓮のそんな声が聞こえたような気がした。楓は涙を拭うと、打出の小槌を手に立ち上がった。


 「ごめんなさい、ポポ、水蓮さん。私まだ一人じゃ生きていけないから……でも、いつかきっと、一人で生きていけるぐらい強くなるね。そして、真っ直ぐ生きていくね」


 楓は屋根に登った。誰もいない静かな町を、夕焼けが赤く染めていた。


 「小槌よ小槌、私の願いをかなえておくれ」


 打出の小槌が低くうなった。


 「鬼に滅ぼされた私の町の……私のふるさとの人たちを、どうか甦らせておくれ!」


 楓はゆっくりと打出の小槌を振り上げ、思いを込めてゆっくりと振り下ろした。

 打出の小槌の最後の力が光の渦となって流れ出し、鬼に滅ぼされた町を包んでいく。


 やがて光が消えたとき、そこには、活気に満ちた、ふるさとの町があった。


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