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小人族御伽草子 橘姫と神の卵  作者: おかやす
第四章 天の歌、地の舞
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9 小人族の勇者

 水蓮は喜びに満ちた旋律を奏でた。

 琵琶はまるで天上の楽器のような、えもいわれぬ美しい音色で、水蓮の喜びを歌った。


 「そうよ……私は水蓮。この世界へは、鬼を倒すためにやってきた」


 琵琶の音が響く度に、邪鬼は力を失い、次々と倒れていった。


 「あの人のために……私が愛した、あの人の願いをかなえるために」


 水蓮の記憶が甦る。

 水蓮の世界に鬼などいない。水蓮は元の世界で戦ったことなどない。太夫など夢のまた夢、舞妓など名前だけの、歌も舞いも中途半端な、一介の遊女にすぎなかった。

 だが、ある時、一人の男が水蓮を尋ねてきた。男は水蓮に、力を貸して欲しいと言った。


 「俺は、君の歌と舞いを探していた」


 男の言葉に、水蓮は初めて生きる喜びを知った。この人となら生きていける。この人のためなら命をかけられる。その思いを胸に水蓮は遊里を離れ、男とともに旅に出た。

 水蓮の力を封じていた術が破れた。


 「お眠り、邪鬼よ」


 水蓮は歌った。鬼に殺され、鬼の力で邪鬼となった人たちを慰めた。一人また一人と邪鬼は力を失い、人の姿に戻っていった。

 やがて、全ての邪鬼が力を失い、永い眠りについた。皆、鬼の力から解放され、安らかな寝顔だった。水蓮はさらに一曲弾き、その冥福を祈った。


 「禅高」


 鎮魂を終えた水蓮は、愛しい男の名を呼んだ。記憶の封印が解かれた水蓮の目には、禅高の姿がはっきりと見えた。


 「頼むぞ、水蓮。鬼を倒してくれ」


 禅高は水蓮にそう語りかけた。水蓮は艶やかに笑い、禅高に答えた。


 「大丈夫よ。もう、あなたのこと思い出したもの」


 そのとき、頂上ですさまじい力が生まれた。

 不気味に澄んだ鈴の音が、衝撃波となって一帯を吹き飛ばした。

 水蓮は、襲いかかる鈴の音を、琵琶をつま弾き跳ね返した。


 「神の卵を使ったのね」


 水蓮は琵琶の調子を整えた。着崩れた着物を直し、袴の紐を締め直し、櫛で髪をといて身なりを整えた。


 「さて、一世一代の、大舞台の始まりよ」


   ◇   ◇   ◇


 「一寸法師様!」

 「えっ!」


 楓の叫びに、ポポは驚いて目を開いた。

 目の前に老人がいた。実体ではなく、霊体だった。鬼の鈴の音からポポと楓を守るため、最後の力を振り絞って自らを盾にした、一寸法師だった。


 「ゲルンハルト様……マジで?」

 「この死に損ないが」


 鬼はいまいましそうに一寸法師を見た。しかし一寸法師に残された力は、これで最後だった。鬼がその力を振るうまでもなく、一寸法師の霊体は風に吹かれ崩れ始めた。


 「ゲルンハルト様! 俺……俺!」

 『ポポロビッチ……小人族の勇者よ』


 崩れていく一寸法師が、ポポに語りかけた。


 『頼む。その子を、守ってくれ……』


 その言葉を最後に一寸法師は消えた。ポポは思わぬ出会いに呆然としたが、それはすぐに感動へと変わった。


 「勇者……オイラのこと、ゲルンハルト様が勇者って……うおおおーっ!」


 突き上げるような気迫が、ポポの心に生じた弱気を一掃した。


 「お任せを! このポポロビッチ=バン=ピロスキー、必ずや楓を守り抜きます!」

 「強がりはたいがいにしておくのだな」


 鬼は再び鈴を掲げた。それを見たポポは、迷うことなく鬼に向かって突進した。


 「どうせ逃げられないなら……立ち向かうまでだ!」

 「うん!」


 楓もすでに覚悟を決めていた。どんな激痛ももう関係なかった。ポポが戦う限り、体が粉々になっても楓も戦うつもりだった。


 「無駄なあがきを」


 ポポ渾身の一撃を、鬼は片手ではねのけた。軽く触れただけなのに、楓の足の骨が鈍い音を立てた。


 「楓!」

 「大丈夫……大丈夫だから!」


 楓は歯を食いしばって激痛に耐えた。ポポは楓の覚悟を感じ、腹をくくった。


 「こなくそーっ!」

 「遅い」


 リィィーン。


 鬼が再び鈴を鳴らした。ポポと楓は衝撃波で吹き飛ばされた。かろうじて受け身はとったが、楓はもう立てない。立とうとしただけで激痛が走り、こらえきれず悲鳴を上げた。


 「楓!」

 「だい……じょう……うっ……」

 「人の心配をする余裕があるのか?」


 鬼の力がポポを直撃した。小人族の力でも打ち消すことができない、すさまじい力だった。ポポは楓の頭から吹き飛ばされ、何度も地面を跳ね、転がった。


 「く……くそーっ!」


 ひときわ大きな鬼の力がポポ目がけて放たれた。ポポは地面に叩きつけられた衝撃で意識がもうろうとした。


 「オイラは……オイラは、楓を守る!」


 ポポは歯を食いしばって立ち上がった。


 「こんなところで……こんなところで、負けてたまるかあ!」


 ポポは叫び、気力だけで鬼の力を受け止めた。しかし、あまりの力に踏ん張りきれない。ポポの膝は崩れ、鬼の力は一気にポポを押し潰そうとした。


 「良い余興であったぞ、ポポロビッチ。だが、これで終わりだ」

 「そうかしら?」


 そこへ一陣の風が切り込んだ。


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