9 小人族の勇者
水蓮は喜びに満ちた旋律を奏でた。
琵琶はまるで天上の楽器のような、えもいわれぬ美しい音色で、水蓮の喜びを歌った。
「そうよ……私は水蓮。この世界へは、鬼を倒すためにやってきた」
琵琶の音が響く度に、邪鬼は力を失い、次々と倒れていった。
「あの人のために……私が愛した、あの人の願いをかなえるために」
水蓮の記憶が甦る。
水蓮の世界に鬼などいない。水蓮は元の世界で戦ったことなどない。太夫など夢のまた夢、舞妓など名前だけの、歌も舞いも中途半端な、一介の遊女にすぎなかった。
だが、ある時、一人の男が水蓮を尋ねてきた。男は水蓮に、力を貸して欲しいと言った。
「俺は、君の歌と舞いを探していた」
男の言葉に、水蓮は初めて生きる喜びを知った。この人となら生きていける。この人のためなら命をかけられる。その思いを胸に水蓮は遊里を離れ、男とともに旅に出た。
水蓮の力を封じていた術が破れた。
「お眠り、邪鬼よ」
水蓮は歌った。鬼に殺され、鬼の力で邪鬼となった人たちを慰めた。一人また一人と邪鬼は力を失い、人の姿に戻っていった。
やがて、全ての邪鬼が力を失い、永い眠りについた。皆、鬼の力から解放され、安らかな寝顔だった。水蓮はさらに一曲弾き、その冥福を祈った。
「禅高」
鎮魂を終えた水蓮は、愛しい男の名を呼んだ。記憶の封印が解かれた水蓮の目には、禅高の姿がはっきりと見えた。
「頼むぞ、水蓮。鬼を倒してくれ」
禅高は水蓮にそう語りかけた。水蓮は艶やかに笑い、禅高に答えた。
「大丈夫よ。もう、あなたのこと思い出したもの」
そのとき、頂上ですさまじい力が生まれた。
不気味に澄んだ鈴の音が、衝撃波となって一帯を吹き飛ばした。
水蓮は、襲いかかる鈴の音を、琵琶をつま弾き跳ね返した。
「神の卵を使ったのね」
水蓮は琵琶の調子を整えた。着崩れた着物を直し、袴の紐を締め直し、櫛で髪をといて身なりを整えた。
「さて、一世一代の、大舞台の始まりよ」
◇ ◇ ◇
「一寸法師様!」
「えっ!」
楓の叫びに、ポポは驚いて目を開いた。
目の前に老人がいた。実体ではなく、霊体だった。鬼の鈴の音からポポと楓を守るため、最後の力を振り絞って自らを盾にした、一寸法師だった。
「ゲルンハルト様……マジで?」
「この死に損ないが」
鬼はいまいましそうに一寸法師を見た。しかし一寸法師に残された力は、これで最後だった。鬼がその力を振るうまでもなく、一寸法師の霊体は風に吹かれ崩れ始めた。
「ゲルンハルト様! 俺……俺!」
『ポポロビッチ……小人族の勇者よ』
崩れていく一寸法師が、ポポに語りかけた。
『頼む。その子を、守ってくれ……』
その言葉を最後に一寸法師は消えた。ポポは思わぬ出会いに呆然としたが、それはすぐに感動へと変わった。
「勇者……オイラのこと、ゲルンハルト様が勇者って……うおおおーっ!」
突き上げるような気迫が、ポポの心に生じた弱気を一掃した。
「お任せを! このポポロビッチ=バン=ピロスキー、必ずや楓を守り抜きます!」
「強がりはたいがいにしておくのだな」
鬼は再び鈴を掲げた。それを見たポポは、迷うことなく鬼に向かって突進した。
「どうせ逃げられないなら……立ち向かうまでだ!」
「うん!」
楓もすでに覚悟を決めていた。どんな激痛ももう関係なかった。ポポが戦う限り、体が粉々になっても楓も戦うつもりだった。
「無駄なあがきを」
ポポ渾身の一撃を、鬼は片手ではねのけた。軽く触れただけなのに、楓の足の骨が鈍い音を立てた。
「楓!」
「大丈夫……大丈夫だから!」
楓は歯を食いしばって激痛に耐えた。ポポは楓の覚悟を感じ、腹をくくった。
「こなくそーっ!」
「遅い」
リィィーン。
鬼が再び鈴を鳴らした。ポポと楓は衝撃波で吹き飛ばされた。かろうじて受け身はとったが、楓はもう立てない。立とうとしただけで激痛が走り、こらえきれず悲鳴を上げた。
「楓!」
「だい……じょう……うっ……」
「人の心配をする余裕があるのか?」
鬼の力がポポを直撃した。小人族の力でも打ち消すことができない、すさまじい力だった。ポポは楓の頭から吹き飛ばされ、何度も地面を跳ね、転がった。
「く……くそーっ!」
ひときわ大きな鬼の力がポポ目がけて放たれた。ポポは地面に叩きつけられた衝撃で意識がもうろうとした。
「オイラは……オイラは、楓を守る!」
ポポは歯を食いしばって立ち上がった。
「こんなところで……こんなところで、負けてたまるかあ!」
ポポは叫び、気力だけで鬼の力を受け止めた。しかし、あまりの力に踏ん張りきれない。ポポの膝は崩れ、鬼の力は一気にポポを押し潰そうとした。
「良い余興であったぞ、ポポロビッチ。だが、これで終わりだ」
「そうかしら?」
そこへ一陣の風が切り込んだ。




