8 激突
ポポは、頭から鬼に突っ込んだ。
「ポポロビッチ、ダイビングヘーッド!」
「ぬうっ!?」
楓に気を取られていた鬼は、とっさによけることができず、ポポの頭突きは鬼の右目に直撃した。
「やっと……やぁっと会えたなあ、鬼!」
ポポは、払いのけようとした鬼の手を素早くかわし、とどめとばかりに鬼の右目に強烈な一撃をくらわせた。
「このポポロビッチ=バン=ピロスキーが、五年前のオトシマエ、つけにきたぜえ!」
ポポは雄叫びとともに、ありったけの力を鬼に叩き込んだ。
叩き込まれた小人族の力が、鬼の力と反応し、鬼の右目が爆発した。
「くぉっ!」
さすがの鬼も、こらえきれず楓を手放した。
「楓、無事か!」
「ポポ!」
楓は、ポポに、必死の思いで手を伸ばした。
「お願い、鬼を倒して。私の体、使っていいから。鬼が倒せるなら、私、死んでもいいから!」
「バカなこと言うんじゃねえ!」
ポポは楓の頭に飛び乗った。
「死んでもいいなんて言ってちゃ鬼は倒せねえ。絶対生き残るんだ。鬼を倒してな!」
ポポの力が、赤い光となって楓を包んだ。光は楓の中に残る鬼の力を消し去った。そして赤から白へと輝きを増すと、楓の霊力と融合して強力な力を生み出した。
「さあ、行くぜ楓! 二人であいつをやっつけるぞ!」
「うん!」
「フュージョーン!」
楓の体が風を切り、地を這うような低い姿勢で鬼に飛びかかった。鬼はとっさに力を振るったが、潰された右目の痛みに気を取られ、思うように力が振るえなかった。
「小人族め……千年を経てなお、私の前に立ちふさがるか!」
ポポは真っ向から鬼の力を受け止めた。鬼の力は、小人族の力に跳ね返された。鬼が舌打ちして後退すると、ポポは素早く鬼の右手へ回り込んだ。右目が潰れた鬼にとって、そちらは死角だ。
「くそっ!」
鬼の動きが一瞬遅れ、ポポはすかさず鬼の懐に飛び込んだ。狙いは一点、鬼の手に握られた、打出の小槌。
「もらった!」
楓の体が円を描くように舞った。鞭のようにしなった楓の足が、打出の小槌を持つ鬼の手をしたたかに打った。
「ぬうっ!」
「よっしゃ!」
打出の小槌が宙を舞った。
ポポは起き上がりながら、鬼の顔面に拳を叩きつけた。潰れた右目に再び拳を受けた鬼は、痛みのあまり姿勢を崩した。
ポポは流れるような動作で体を翻すと、宙を舞う打出の小槌を追って走り出した。
しかし、打出の小槌をつかみかけたとき、背後にすさまじい殺気が生まれた。ポポは反射的に横へ飛ぶと、地面を転がるようにして逃げた。
幾筋もの真空の刃が、大気を切り裂き地面をえぐった。鬼の手刀によって生まれたものだった。もう一瞬逃げるのが遅かったら、ポポも楓もまっぷたつになっていただろう。
「私を見くびるなよ」
鬼の顔から笑みが消えた。ポポは立ち上がると、緩んだねじりはちまきを締め直した。
「やっぱ、一筋縄じゃいかねえか」
打出の小槌までの距離は、鬼よりもポポと楓の方が近かった。しかし打出の小槌を拾おうとすれば、一瞬だが鬼に背を向けなければならない。その一瞬を見逃すような鬼ではなかった。
しばらくの間、にらみ合いが続いた。お互いに相手の隙をうかがい、攻撃の機会をうかがったが、なかなか隙は見つからなかった。
「確かに四年前のお前とは違うようだな。よほどの場数を踏んだか」
急速に高まる鬼の力を感じ、ポポも全ての力を集中した。さきほど赤から白へと輝きを増した光が、さらに光を増して、青く輝き出した。
「小人族の青きオーラ……千年ぶりだな、それを見るのは」
小人族の青きオーラ。
それは、鍛え抜かれた小人族の戦士だけが発することができるものだった。その力は並の鬼をしのぎ、鬼の総大将ですら苦戦を強いられるものだった。
「一寸法師ですら出せなかったそのオーラを、お前が出すか」
「これぐらいできなくて、小人族第二の英雄は名乗れねえよ!」
「小人、名乗れ」
「何度も言わせるんじゃねえよ! ポポロビッチ=バン=ピロスキーだ! いい加減覚えやがれ!」
「よかろう。覚えておこう」
鬼が仕掛けた。
まばたきの間に間合いを詰めると、鬼は猛烈な連打を繰り出した。しかしポポも負けていない。鬼が繰り出す全ての攻撃を紙一重でかわし、反撃の機会をうかがった。
鬼の手が、伸びきった。
ポポはすかさず鬼の手をつかみ、思い切り引っ張った。鬼が反射的に腕を引き戻そうとすると、その力を利用して一気に鬼の懐に飛び込んだ。
ポポ渾身の蹴りを、鬼はかろうじて受け止めた。とたんに小人族の力と鬼の力が反発しあい、爆発が生じた。その爆発にまぎれるように、楓の体が鬼の腕を支点にして大きく回った。強烈なかかとの一撃が、鬼の左目に襲いかかる。鬼はわずかに体をひねり、楓のかかとをかわした。
そこで、ポポに隙が生じた。
鬼は大きく腕を振った。その勢いに、鬼の腕をつかむ手が滑り、楓の体が宙を舞った。
今度は鬼が、渾身の一撃を繰り出した。よけきれないと見たポポは、両腕を交差させて鬼の拳を受け止めた。そして鬼の拳が当たった瞬間、思い切り後ろに飛んで拳の衝撃を和らげた。
「おおおっ!」
鬼が鋭い手刀を放った。巨大な真空の刃がポポと楓に襲いかかった。さすがにこれは受け止めるわけにはいかない。ポポは体をひねり、かろうじて真空の刃をかわした。
鬼が、一気に詰め寄った。
姿勢を崩していたポポは避けようがなかった。鬼は足を鋭く振り抜き、楓の体を蹴り上げた。
「あうっ!」
「楓、歯ぁ食いしばれ!」
蹴り上げられた楓の体を追って鬼も跳んだ。ポポは空中で一回転して鬼の蹴りをかわすと、回転の勢いをそのまま乗せて蹴り返した。しかし鬼は、ポポの蹴りを拳の一撃で受け止めた。
「この程度か、ポポロビッチ!」
「こなくそっ!」
ポポは鋭い蹴りを連続で放った。それに対し鬼は拳の連打で対抗した。楓の足と鬼の拳が空中で何十回と激突し、そのたびに小人族の力と鬼の力が反応して爆発した。
着地と同時に、ポポは思い切り後ろに跳んだ。しかし鬼はポポ以上の速さで跳躍し、間合いを広げさせなかった。
ならばとポポは急停止し、一瞬の隙をついて鬼の股下をくぐった。くぐりながら急所に蹴りを放ったが、これはかわされた。ポポは蹴りの反動を利用して起きあがると、鬼の背中を踏み台代わりにして思い切り跳んだ。
ようやくのことで距離をとったポポは、急いで立ち上がり次の攻撃に備えた。
ポポと楓とは対照的に、膝をついた鬼は、ポポに背中を向けたままゆっくりと立ち上がった。
「たいした体術だ。ほめてやるぞ」
立ち上がった鬼は、ついてもいない埃を払う仕草をした。
一方のポポと水蓮は泥まみれだった。しかし、二人に泥を払う余裕はなかった。
「楓、大丈夫か?」
ポポは小声で囁いた。
「だい……じょうぶ……」
楓は歯を食いしばり、絞り出すような声で答えた。
ポポは舌打ちした。
この「フュージョン」の技には致命的な欠点がある。ポポには、操られている者の痛みが伝わらないことだ。痛みは体が発する危険信号。それがわからないということは、いくらでも無茶ができるということであり、同時に、下手をすれば操られる者が死んでしまうということでもあった。
いくら元気が取り柄でも、楓は普通の女の子だ。体力的に鬼と渡り合えるわけがない。しかもポポの体術は明らかに楓の限界以上の動きだ。
(ちくしょう)
ポポは、楓の額に浮かぶ脂汗を見て焦った。鬼は、楓の体調を気遣いながら戦えるような相手ではない。全力で戦って、なお上回る相手。しかしこのまま全力を出し続ければ、楓の体がもたない。
「焦っているな、ポポロビッチ」
鬼は喉の奥で笑った。
「その技の弱点は知っているぞ。小娘の体は、もう限界ではないのか?」
「限界なんか……じゃない!」
楓は必死で体の痛みをこらえ、鬼をにらみ返した。少し動くだけで体中に激痛が走るが、それをポポに悟られまいと、無理矢理笑顔を浮かべた。
「まだまだ戦える……あなたは絶対、倒してみせる!」
「気の強い娘だ」
鬼は笑うと、懐から光る玉を取り出した。
楓はあっと声を上げた。
「神の卵!」
「神の卵? あれがか!」
不意に雪がやんだ。鬼は、分厚い雲から漏れてくる太陽の光に、神の卵をかざした。
「すさまじい力よの。さすがの私も少々ひるんだぞ」
「てめえ、それをどうするつもりだ!」
「こうするのさ」
鬼は、かざした神の卵を口元へ運び、そして一息で飲み込んだ。
『いかん、逃げろ!』
そのとき、どこからともなく一寸法師の声が響いた。
誰の声かポポにはわからなかったが、非常事態だということは言われなくてもわかった。
「楓、逃げるぞ!」
ポポはそう叫ぶと、なりふり構わず逃げ出した。しかし鬼はポポと楓を逃がさなかった。四方八方から真空の刃が襲いかかり、ポポと楓をその場に釘付けにした。
「逃げずともよいではないか。小人族の戦士と橘の姫の勇気に敬意を表し、最高の力で戦ってやろうというのだからな」
「やべえ!」
ポポも楓も血の気が引いた。いつのまにか、鬼が鈴を手にしてたのだ。
「聞くがいい、我が鈴の音を」
リィィーン。
小さな鈴の音が、衝撃波となってポポと楓に襲いかかった。
ポポは全力でバリアを張ったが、数万の鬼の力を凝縮した、神の卵を取り込んだ鬼の前では無力に等しかった。
バリアは一瞬で破られ、鬼の力がポポと楓を包んだ。
「うわぁーっ!」
「きゃぁーっ!」
「素晴らしい。素晴らしいぞ!」
鬼は全身に満ちる力を感じ哄笑した。
「この力、天上の神をもしのぐ。いずれ天界も私が支配してやる。私が世界を統べる神となるのだ。ポポロビッチ、お前は最初の生贄だ! 光栄に思え!」
「ち……ちくしょーっ、水蓮……来てくれ、すいれーん!」




