7 小さな英雄
(だめ!)
鬼が打出の小槌に手を伸ばすのを見て、楓はありったけの力を振り絞った。打出の小槌を奪われたら、もう鬼を倒すことができない。それだけは、何としても阻止しなければならなかった。
「ほう、まだ抗う力があるか」
鬼が笑った。楓はこみ上げてくる恐怖と必死で戦った。
(あなたには、絶対渡さない)
言葉は出せなかったが、目は楓の意志を雄弁に語っていた。
「面白いな。血がつながっていないとはいえ、姉妹として育ってきたからかね」
鬼は打出の小槌に伸ばした手を、楓の額に当てた。
「椿といったな。あの女もそんな目で私に挑んできたぞ。そら、大好きな姉の死に様を見せてやろう」
額から冷たい力が流れ込んできた。
楓の脳裏に、姉の姿が浮かんだ。
領主とともに鬼に挑んだ姉。姉もまた、楓を守るため命を賭して戦った。しかし姉は、鬼の心に巣くう闇に耐えきれず、逆に飲み込まれてしまった。
次の瞬間、楓の全身の毛が逆立った。
意識だけは残る程度に痛めつけられた後、姉は、姉を助けに来た日野とともに鬼に辱めを受けた。鬼の圧倒的な力に抵抗もできず、恥辱の中で殺された姉。それは、女にとって最も残酷な殺され方だった。
「よくも……よくも、お姉……様を!」
怒りが、恐怖を駆逐した。
楓の中に爆発するような力が生まれた。それが霊力であることは本能的にわかった。訓練も受けず、術も知らない楓にとって、その霊力で鬼を倒す方法は一つしかなかった。
「う……わぁーっ!」
パンッ!
楓の霊力が爆発する直前、鬼が平手打ちと同時に力を叩き込んだ。その衝撃で楓は一瞬意識が遠のいた。
「霊力の暴走による自爆か。確かにそれなら、一矢報いることができたかもな」
叩き込まれた鬼の力は、楓の霊力を封じた。楓はあがきにあがいたが、どんなにあがいても鬼の力は破れなかった。
「お前には姉以上の屈辱を味わわせてやる。一矢報いることもできず、死ぬこともできず、お前はその身に鬼の子を宿すといい」
鬼はそう言って、楓から打出の小槌を取り上げた。
「命ある限り鬼の子を産め。汚してやるぞ、橘の血を。徹底的にな!」
楓は涙を流した。悲しみではなかった。ふるさとを滅ぼし、家族を殺し、今また自分を汚そうとする鬼に一矢も報いることができない。そのことが悔しくてたまらかった。
死んでもいい、と楓は思った。
鬼を倒せるのなら死んでもいい。鬼の子を産むぐらいなら鬼と戦う。命と引き換えでもかまわない。
「命と引き換えに、私を討つか」
楓の、魂の叫びともいうべき思いを視たのだろう、鬼はそう言って笑った。
「なかなか挫けぬではないか。姉ともども、汚しがいのある女だな」
「こ……ろして、やる……殺してやる、殺してやる!」
「いい顔するではないか、小娘。お前こそ、鬼ではないのか」
「鬼め、鬼めぇ!」
鬼が、楓の襟に指をかけ、乱暴に開いた。
ここで、このまま、この鬼に汚されてしまうのかと思うと、悔しくてたまらなかった。
あきらめない、挫けない、何が何でも、この鬼を倒してやる。
だからお願い、誰か私に力を貸して。鬼を倒し、仇を取る力を貸して!
「まちやがれーっ!」
そんな楓の願いに応えるように、鬼の嘲笑を打ち砕く、力強い叫びが響き渡った。
楓は、はっとして顔を上げた。
降り続く雪を切り裂いて、一筋の光が飛んできた。それは、わずかに届く太陽の光を浴びて輝く水晶玉だった。
そして、その光の上には、桜色のはっぴをまとう、小さな英雄が乗っていた。




