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9 二万

 すぐにも攻撃を仕掛けてくると思われた邪鬼だが、なぜか動きを見せず、ただ町を包囲するだけだった。

 坐して待っていては追い詰められるのみと、飛高は兵を率いて討って出た。巫女の支援も得て、兵は包囲する邪鬼を次々と掃討し、三日後には町を包囲した邪鬼をすべて退けた。


 「脆すぎる」


 勝ち鬨を上げ、意気軒昂たる兵の中、飛高だけは苦々しい顔をしていた。人と鬼の力の差は歴然、いくら巫女の支援があったとしても、これほどあっけなく勝てるとは思えなかった。


 「鬼め、何を考えている?」


 飛高の懸念は、杞憂ではなく現実となった。

 北の山の結界が消滅して、七日後。

 その日は朝からむせるような暑さだった。季節はまだ春の終わりのはずなのにと、不便な避難生活を送っている人々は苛立ちを募らせせ、あちらこちらで小競り合いが起きた

 ところが、お昼を過ぎた頃から気温がぐんぐん下がり始めた。晴れていた空にも厚い雲が広がり、夕食の支度を始める頃には、寒さをしのぐため火を起こさねばならぬほどだった。

 やがて、日が暮れた。

 町の誰もが、地区代表に聞かされた話を思い出した。

 鬼。

 おとぎ話の世界にしかいないはずの存在が、この町に迫っている。一笑に付したはずの笑い話が現実となりつつあるのを目の当たりにして、人々は得体の知れない不安と恐怖に包まれた。

 そして、町が夜の闇におおわれたとき、西門で騒ぎが起こった。


 「誰だ!」


 闇に向かって、鋭い誰何の声が響いた。西門を警備する兵と巫女は一斉に武器を取り、いつでも攻撃に移れる体勢をとった。


 「お助け……お助けください……」


 闇の中から現れたのは、美しい女性だった。しかしその足取りはおぼつかなく、服はボロボロだった。


 「私は、橘姫にお仕えする、葵と申します。鬼にさらわれ、ようやく逃げてまいりました」


 葵は門から少し離れたところで倒れ、助けを求めるように手を伸ばした。兵も巫女もどうすべきかと顔を見合わせた。ついさきほど、町を出入りしようとする者は、例え赤子でも切れと、領主の厳命が下ったばかりだ。

 しかし巫女の中に葵を見知った者がいたため、兵は葵を門の横に設けられた天幕に運び入れた。葵はすっかり弱っていたが、意識ははっきりしており、人心地つくと橘姫の所へ連れていって欲しいと懇願した。


 「鬼はすぐ近くまで来ています。姫様にご報告しないと……お願いです、今すぐ私を姫様の所へ」

 「何人たりとも町へ入れてはならぬと命じられております。まずは使いをやり、ご指示を仰ぎますので」

 「時間がないのです。こうしている間にも鬼は近づいております。どうか、どうか」


 涙まじりの葵の懇願に、西門警備の責任者は、やむを得ぬと葵を町に入れることにした。葵は担架に乗せられると、二人の巫女に付き添われて出発した。

 その葵が、門をくぐろうとした瞬間だった。


 「ぬおっ!」


 轟音とともに葵は爆発した。その衝撃で門の一部が壊れ、数名の兵が下敷きとなった。突然の出来事で一時は騒然としたものの、すぐに落ち着きを取り戻し救助活動が始まった。


 「鬼の仕業か」

 「おそらく」


 葵と、葵を運んでいた兵、そして付き添いの巫女は、跡形もなく吹き飛んでいた。その場にいた兵も巫女も、歯ぎしりして怒りをあらわにした。


 「おのれ、このような卑劣な手段で……」

 「葵は鬼に術を駆けられていたのでしょう。かわいそうに」

 「あの爆発で門を破壊し、攻め入るつもりだったのだろうな。しかしこの門は、あの程度の爆発ではビクともせぬわ」

 「そのようだな」


 不意に聞こえた声に、兵と巫女が一斉に剣を構えた。いつ近づいたのか、さきほど葵が倒れた場所に、着流しの男が立っていた。


 「しかし、目に見えるものだけがすべてではないぞ?」


 リィィーン。


 鬼の鈴が、闇の中で不気味に響いた。すると無数の光が町の周囲を飛び交った。

 それは、町を守る結界に入ったヒビだった。

 鬼がさらに鈴を振ると光は数を増した。さらに一振り。さらに一振り。そして五度目の鈴が鳴ると、乾いた音ともにひときわ大きな光が走り、結界が消滅した。


 「そ、そんな……」


 巫女は、いとも容易く結界が破壊されたのを見て、血の気が引いた。


 「さきほどの爆発で、結界は致命傷を受けていたのだよ」

 「橘が総力を挙げて作った結界よ! こんなことって!」

 「そう、それよ。頑丈にしてくれて助かった。頑丈なものほどもろくなるからな。楽な作業だったよ」

 「まさか、先日の襲撃は結界を強化させるために!」

 「今頃気づいても遅いのだよ」


 リィィーン。


 鬼の鈴の音が、西門を守る兵と巫女を貫いた。それだけで、兵と巫女は力を失い、次々とその場に倒れた。


 「他愛ない」


 鬼は悠然と門をくぐった。しかし町に入ったところで数百の兵に出迎えられ、鬼は歩みを止めた。


 「お前が、鬼か」


 兵の先頭に立つ飛高が、厳しい口調で問いただした。


 「無礼な男よ。まず馬から降りて、自分から名乗ったらどうだ」

 「これより先、行かせるわけにはいかぬ」


 飛高の言葉に鬼は笑った。


 「なぜ笑う」

 「なに、同じことを言った男がいたのでな。北の山にいた、橘の男だよ。血縁かね?」

 「……兄だ」

 「なるほど。では兄弟仲良く、同じ運命をたどるがいい」

 「たった一人でこの町を落とせると思うのか! 先に包囲していた邪鬼はすべて退治したぞ。人をあなどるものたいがいにせい!」

 「あなどってはおらぬよ」


 鬼は鈴を構えた。


 「手勢なら私も新手を用意している。二万ほどな。橘一族滅亡の時だ、最後は派手に散らせてやろうではないか」

 「二万だと? どこにいるというのだ」

 「ここにさ」


 鬼は笑った。


 「この町には、二万ほどの人が住んでいたと思うが。違ったかね?」


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