7 七日の猶予
「ええい、このクソ忙しいときに!」
ポポは右へ左へと飛び回りながら、襲ってくる邪鬼に次々と力を叩き込んだ。常々、邪鬼なんかには負けないと豪語しているポポだが、今回ばかりは勝手が違った。
何しろ、数が桁違いなのだ。
「こいつら、千人はいるんじゃねえのか、オイ!」
「ポポ」
水蓮は琵琶を弾き、邪鬼を退けた。しかし数の多さに辟易してるのは水蓮も同じだった。
「楓が言ってたけど、この山にはだいたい千人の巫女がいるそうよ」
「なんだって? じゃこいつら、この山の巫女?」
「おそらくね。でも、いくら鬼の力が強くても、遠く離れたまま、修行を積んだ千人の巫女を邪鬼にできるのかしら? それに、確かここはかなり強力な結界で守られているのよね?」
ポポは、水蓮の言葉にハッとした表情を浮かべた。
「まさか鬼が!」
そのとき、にわかに空に雷雲がわき起こり、巨大な雷が天を切り裂いた。二度、三度と雷が天を駆け、ついには北の山の山頂に落ちた。
ポポと水蓮はとっさに身を伏せ、雷の衝撃から身を守った。しかし雷と同時に感じた巨大な力に、ポポと水蓮は表情をこわばらせた。
「ポポ、この力……!」
「あいつだ!」
ポポは全身の血をたぎらせた。ポポにとって、忘れたくても忘れられない力の波動だった。
「間違いねえ! 絶対間違いねえ! この力の感じ……忘れるもんか!」
「行くわよ!」
水蓮はポポをかっさらうように拾い上げると、頂上を目指して一目散に走り出した。
何者かが手に吸い付いていた神の卵を奪ったのを感じ、楓は目を覚ました。楓は落雷の衝撃で意識が定まらず、視界がぼやけた。
「だ……め……それ……は……」
「ほう、生きていたか」
鬼は、裾をつかんだ楓を見て冷たく笑った。楓は神の卵を取り返すため、必死で体を起こそうとしたが、全身に走る痛みで、体はまるで自由にならなかった。
「礼を言おう、小娘。お前が結界を解いてくれたおかげで、ずいぶんと楽ができた」
鬼は笑いながら、倒れている楓の顔をのぞき込んだ。
鬼と目が合った瞬間、楓は全身が凍り付いた。恐怖が魂の底からこみ上げてきた。あまりの恐怖に悲鳴すら上げられず、目をそらすこともできなかった。
鬼は裾をつかむ楓の手を持ち、指を一本ずつ丁寧にはずした。
「初めまして、お姫様。そう、私が鬼だよ。鈴丸という名もあるがね」
鬼は人差し指を楓の額に当てた。そこから冷たい塊のようなものが楓の中に入り、通り抜けていった。
楓は鬼に心を視られた。姉よりもはるかに強い力が、恐怖で凍り付いた楓の心をこじ開けた。鬼はそんな楓の心を見て、喉の奥で笑った。
「怖いか、小娘。ほう……姉が好きか。命に代えても、守りたいか」
鬼は楓の額に当てた指を、頬、あご、首、胸元と動かし、左胸の心臓の上で止めた。
「感じるぞ、お前の恐怖を。なんと心地よいことか」
怖かった。ひたすら怖かった。こんなものを相手に戦うなんて、楓には絶対無理だった。
「そう簡単に諦めるな。そうだ、勝負をしよう。私はこれからお前の町へ行き、その全てを滅ぼす」
楓の心臓が大きく脈打ったのを感じたのか、鬼は笑った。
「ただし、七日だけ待ってやる。七日後の日没までにお前が町に戻れたら、神の卵はお前に返し、私はこの地から去ろう。間に合わねば、町は滅ぼす。もちろん、お前が大好きな姉もな」
「楓ーっ、どこだーっ!」
ポポの声が聞こえた。鬼は笑みを絶やさぬまま立ち上がり、駆け上ってくるポポと水蓮を見た。
「あの二人もしつこいものだ」
鬼は楓の左胸から指を離すと、そっと楓を横たえた。
「さて私は行くとするよ。いいな、小娘。待つのは七日だけだ」
鬼はそう言い残し、かき消すように消えてしまった。ポポと水蓮が到着したのは、その直後だった。
「楓!」
「大丈夫、意識はあるわ。ポポ、鬼は?」
「だめだ、気配が消えた。ちくしょう!」
水蓮に抱き起こされて、楓はようやく恐怖が和らいだ。するとそれまで凍り付いたように動かなかった体が、ガタガタと震え始めた。
「水……蓮さん……」
「大丈夫よ。もう鬼はいないわ。無事でよかった」
「鬼が……町を滅ぼすって……七日以内に戻らなかったら、町を滅ぼすって……」
「町を?」
「行かなきゃ……早く行かなきゃ……お姉様が、お姉様が!」
「楓、落ち着いて」
水蓮は楓をしっかりと抱きしめた。楓は水蓮にしがみつき、何度も頭を振って訴えた。
「早く……早く行こうよぉ……」
「ええ、行きましょう。大丈夫、きっと間に合うから。でも、まずは山を下りて少し休みましょう。今のあなたには、休息が必要よ」




