少年と旅人
向けられた視線にたじろぐソル。
まっすぐな瞳はなんとも居心地が悪い。悪いことはしていないはずなのに何故か後ろめたさを感じてしまうのはなぜなのかとソルは若干自分に自信が持てなくなっていた。
無言で見つめ返すソルにしびれを切らしたのはあまり気の長い方ではない少年の方だった。
「おい!てめぇ黙ってねぇでなんか言えよ!」
声は若干抑え目なのは自分の置かれている状況がソルと大差ないほど良いものではない故なのだろうか。
それでも無視されるのは癪に障ったのかずんずんとソルに詰め寄る。
ソルの胸倉を掴むあたり喧嘩っ早い性格なのだろう。先ほどの喧嘩ももしかしたら彼が原因なのかもしれない。
ソルは胸倉を掴む腕を左手で掴む。
若干力がこもってしまったが初対面でいきなり喧嘩腰なのはいただけない。自分が無言を決めたことが原因であることを棚に上げてソルは少年を諌めようと口を開く。
「いきなり喧嘩を吹っ掛けるのは感心しないぞ」
「あぁ?てめぇが黙ってるのが悪いんだろうが!」
「まぁ、確かにそれは悪かった。あまりにもまっすぐな眼だったもんで見惚れてた」
悪びれる様子もなく淡々と言い放つソル。
ソルの「見惚れた」という言葉に一拍おいて少年は真っ赤に顔を染める。
「な、何が見惚れるだ!って誤魔化すな!」
ソルの言葉につい反応してしまった少年は咄嗟にソルを掴んでいた手を離してしまう。
ソルは拘束のとれた瞬間少年から距離を置いた。おおよそ二歩分後ろに。
「…私はただ偶然この村に立ち寄った旅人だ。そう邪見にしないでくれ」
「本当に?」
「あぁ、っといても怪しいだろうけど信じてくれっとしか言えない」
「確かに怪しい…旅人にしては軽装だし、こんな辺鄙な村に立ち寄る時点で怪しすぎる」
少年はソルに再び詰め寄る。
ソルは両手を前に出して押しとどめる。ここで苦笑いなんかすれば愛嬌があって多少はこの状況も緩和するかもしれないがソルの表情は無表情。
冷たい印象しか相手に与えない。
少年は訝しげるが判断材料の少なさと身近にいなかった年の近いソルに段々好奇心が逆転した。
「…なぁお前旅してるって言ったのよな」
「あぁ」
「どこから来たんだ?」
少年の何気ない質問にソルは内心焦る。
正直にキーノ=デシェードから来ましたとは言えない。
なぜならあそこは生き物が住める場所ではないはずなのだから。それもソルが来る以前の話ではある。
しかしおそらく世界中のだれもがその事実を知らない。
生き物全てが死に絶える不毛の大地<キーノ=デシェード>には誰も訪れないのだから
人の行き来が皆無なため情報も広がりにくい。
知っている者はソル以外には直接訪れたスウェンしかいない。
ソルは事実を話せないため誤魔化すほかなかった。
「南の方からだよ」
「南?もしかしてイノン国からか!?」
「?まぁそんなとこ」
少年の勢いに押されて否定することも出来ず曖昧に答えるに至った。だがなぜ少年が南と聞いて「イノン国」と連想したのかソルは理解できなかった。
少年は若干興奮気味にソルを見つめ、何度も「良いな、良いな」と呟く。
ソルは興味に惹かれ何故イノン国にそれほど興味を見せるのか聞いてみた。
「なんでイノン国だと良いんだ?」
「なんでって英雄の国だぜ?男なら興奮しない道理はないだろう!」
「英雄の国?」
「そうさ!英雄アンバリが生まれた国だ。お前知らないのか?そこから来たんだろ」
「…」
ソルは答えられない。無理もないだって本当はイノン国はおろか南の国など言ったことはないのだから。しかもこの世界のこともあやふやなのだから咄嗟に返答できないのだ。
少年は無言のソルを見て何か納得するように言葉をかける。
「まぁ自国じゃ知らないのも仕方ないか。有名なのは主に外の国での話らしいしな」
「どういうこと?」
聞き返すと待ってましたとばかりに少年は興奮気味に語りだした。よっぽどその英雄の話が好きらしい。
「今から三百年ほど前にいた実際の英雄さ。当時世界を震え上がらせた魔人族の王を倒したんだ。その魔人族の王は残虐非道で数多の国を蹂躙し数多くの村や街、小国をも滅ぼした災厄の虐王だったんだ。その王を当時小国の片田舎の農夫にすぎなかったアンバリが神の迷宮で賜った宝剣を手に光りの如く戦いを挑んだ。その戦いは熾烈を極め昼夜問わずの十日間におよぶ激戦だったんだ。その激戦の後にアンバリは虐王を倒して暗黒の時代を終わらせたのさ」
「そうなのか…でもそれほどの偉業を成し遂げた人物なら自国で知られないのはおかしくないか?」
「そこなんだが、アンバリは虐王を討つために家族を捨てたらしい。お前も知ってるだろうがイノン国は“親愛”を最も大切にする国柄だからたとえ悪を討つためとはいえ家族を捨てたアンバリはイノン国では英雄ではなく親愛を捨てた悪人としてしか知られていないらしい」
「…」
「俺からしたらなんで家族を捨てただけで悪人になるのか理解できないけど」
「そう、だな…」
なんとも重い国らしいイノン国から来たことになっているソルは正直言って何と返したらいいのか困る話題になっている。
「ってそれでなんでお前旅なんかしてんだ?イノン国じゃ旅人なんて世捨て人の類で呼ばれてる最低職じゃなかったか」
バーレシアから二つ国を挟んだ異国を良く知っている少年は興味が尽きないとばかりに話題を振る。
「…色々あって…ね。話変わるんだけど気になっていた事があって」
「あ?」
「君さっき怒鳴りながら家を飛び出していたように思うんだけど、大丈夫なの?」
ソルが質問すると少年は今気がついたようにしかめっ面でぶさくれながらブツブツ文句を言い始めた。
「あれは俺が悪いんじゃねぇ。こんな辺鄙な糞みたいなこの村が嫌いだって素直に言ったらあの糞爺が怒鳴り出しただけだ。俺はこんな村さっさと出てやるって啖呵切ってやったんだ」
「それであの怒鳴り声か」
「けっ!こんな村こっちから願い下げだからな。こんな村滅べばいい…」
「なんとも物騒な物言いだな。何がそんなに嫌なんだ?この村は君の生まれ故郷なんだろ?」
故郷に帰れなくなった身としては虚哀しい気持ちで少年に問うと彼は吐き捨てたように呟く。
「はっ、孤児の俺じゃ何処行っても爪弾きだ。こんな田舎村だからこそ厄介者扱い。連中にしても早く俺が消えることを望んでんのさ」
割り切っているのか少年の表情を見る限りでは哀しげなものは見当たらない。
十代半ばでその言葉を吐く少年の感情が平穏に暮らしていたソルには分からなかった。少年にしてみれば“故郷”など元からなかったのかもしれない。
その後会話も早々に少年はソルの右腕を掴み村外へと連れ出した。
家々が遠ざかり雑草が生い茂る広場を抜け岩場が広がっている外へと誘導する。
「そう言えばまだ名前聞いてなかったな。俺はバルバ。お前は?」
「私はソルだ」
立ち止り振り返り気味に問い返される。少年、バルバはソルの名前を反語しながら岩場の奥へと進む。
ソルはバルバの後ろをついてゆっくり進むと門のような岩と岩が折り重なった洞窟が目の前に現れた。
「此処は…?」
呆然と目の前を行くバルバに問う。
バルバはソルの問いに答えず岩の隙間から零れる月光を頼りに近場の松明に火をつけた。
松明が洞窟を照らすと白光色に揺らめく何かの動物の骨が眼前に広がった。
その骨は巨大でソルの背丈のおおよそ十倍はする。
羽を広げている恐竜を彷彿させるようなシルエット。
バルバはその骨を背にソルに向き合った。
「ここは遺跡さ」
「遺跡?」
ソルは巨大な骨を見上げる。バルバは骨に触れるように手を添えて答えた。
「此処はキーノの祠って呼ばれてる」




