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平凡希望しかし現実苦し  作者: 澤木弘志
第一章 優しき愚者 ~朱ノ篇~
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失踪

ソルはキッチンにて料理をしながら考え事をしていた。

何か作業していなければ考えがまとまらなかった。


スウェンのあの苦しみ様な今日昨日の話ではない。おそらくここに来た時から凶兆はあったのだろう。それを気付かなかったせいで悪化させたのだ。


ソルは作業の手を止め落ち込む。

普段からあまりスウェンと接していないのがここにきてこんな弊害となるなど思わなかったのだ。

かき混ぜていた鍋の火を止め蓋をする。

スウェンが起きたら持っていかなくてはと一応食器は出しておき、自身の食事だけを先に済ませた。




スウェンの悪夢もすっかりなりを潜め、穏やかな日々が過ぎてゆく。

その間スウェンはどこか不安げに物耽ることが度々あった。


自分だけこんな平穏な生活を送れても良いのだろうか…?


スウェンは故郷の同胞を想えば今の自分の幸待遇に胸が裂かれるような思いだったのだ。

ソルはスウェンの些細な感情の変化にも気を配った御蔭かスウェンの不安な心持を知っている。

だがそれを改善する術をソルは知らない。


スウェンが悩む根本的な原因は今同胞がどこでどんな境遇にあっているのかということ。

まず人としての尊厳などかなぐり捨てた悪辣な環境下で有ろうと推測できる。ソルが情報として知っている事を照らし合わせてみても生き残った同胞が生きつく場所はどう考えても『奴隷』しかないのだ。


バーレシア王国の奴隷制度は他国よりも過酷だと記載されていた。

それは奴隷に落とされる者がもっぱら人間ではなく獣人などの亜人と呼ばれる種に限っての事だったからだ。

バーレシア王国の特色からいって亜人は“人”ではなく家畜としての観点でしかないらしい。

つまり生命の決定権は持っていないのが彼らの言い分であり完全な人間至上主義の考え方なのだ。



スウェンの同胞を救うにしてもソルにその力はない。

確かに能力的には可能かもしれない。だが“国”相手に対峙できるかと云えば話は別だ。

個人対国など結果を言うまでもなく国の圧勝なのは幼児でもわかる構図だ。


(なら、どうする?)


ソルは考えた。

何度も何度も。けれどそのたびに“国”が立ちはだかる。

ソルは両手を見ながら無力な手だと思った。人外の能力を得ても結局は何も変わらない。


(私は私のままだ…私は英雄なんかじゃないんだから…)






「ソル様。少しお時間よろしいですか?」


スウェンが声をかけてきたのは朝から降り始めた雨が強くなり始めた昼下がりのある日の事だった。


「なんだ?」


「…こんなに良くしていただいた御恩に背く形になってしまうのですが、どうかお力を頂けないでしょうか」


神妙な顔で話し始めたスウェンを見て姿勢を正すソル。


「力を貸すことには吝かではないが、どういうことだ?」


「ここに来て本当に心安らかに過ごせました。でもやっぱり頭の端で仲間の事が気にかかってならなかった。仲間がどんな辛い目に遭っているのか考えるだけで苦しくて…無力な僕にはどうすることも出来ない……ソル様不躾で申し訳ありません。ただほんの少しだけ、少しだけで良いんです。仲間を…助けてください」


スウェンは強く心臓が脈打っているのが分かった。

緊張で喉がカラカラして言葉がうまく出せたか不安だった。ソルの反応が怖い。ソルの顔を見ることを恐れ下げた頭を上げることも出来なかった。


「…私はそれほど有能ではない。正直救いだせるとは…思えない」


ソルからの答えは無情なモノだった。

ソルにして救いたい。しかしそれには“国”が立ちふさがっている。逆立ちした所で叶わないのは明白。ソルには救うと断言出来なかったのだ。


スウェンはただ無言で目線を下げる。

本人も薄々は分かっていたようで悲観の色はさほど強くない。ただ現実を突き付けられた事はスウェンの胸にも突き刺さる思いだった。

もしかしたらと思ったのも嘘ではない。

ソルは噂の人物ではないかと思い縋ったが…



「…確かにそう、ですね。申し訳ありません。…コレは忘れてください…」


スウェンは言葉もままならず、置き去りな言葉でソルの前から立ち去る。


ソルはその後ろ姿を無言で見送ることしかできなかった。






スウェンが姿を消したのはその夜だった









体調不良により二、三日投稿を休みます。

おそらく20日辺りから再開する予定…   1/17

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