帰路
スウェンは差し出された手を凝視した。
手を取ってもかまわないのだろうか?
自分だけ助かるのか?
さまざまな思いと故郷の同族達の顔が思い浮かんでは消えてゆく。
この人について行ってもいいのだろうか…
葛藤を繰り返して震える手をソルの掌に重ねる。
触れた瞬間がっしりと握りしめられる。
驚いてソルの顔を見返す。
籠の網目から覗く瞳は優しく柔らかに感じられた。
――その瞳を見ただけで信じられると思った。
ソルは不安の中硬直していた。
手を差し出したはいいがこんなので手を取って付いてきてくれるのかと。
だから手を重ねられた時思わず握りしめていた。
歓喜に震え、正直小躍りしそうだった。
こんな感情の揺れ幅はこの世界に来てから初めてだ。もしかしたら前の世界からでも久しぶりだったかもしれない。
「ほ、本当について行ってもかまわないのですか?」
スウェンは不安ながら問う。
ソルは無言で握った手を縦に起こし握手する形にする。
「当たり前だ」
ソルは胸を張って答えた。
スウェンは嬉し泣きでぽろぽろと涙がこぼれ、嗚咽が喉の奥から響く。
ソルは静かに彼が泣きやむまで手を握り返した。
なんだかんだ徹夜の一夜になっていた。
東の空にはうっすらと橙色に染まっている。
夜が明けきる頃にはスウェンの涙も止まり、軽く身支度を済ませ帰路へと急ぐ。
追手が来ていないとは限らないからだ。
スウェンのあの怪我では生きてはいまいと追手が退いてくれてることを祈りつつ森の奥へと足を進めた。
でこぼこ道に曲がりくねった獣道、まともな道が無いままに進んでゆく二人。
ソルはスウェンを怖がらせないよう未だ籠で顔を隠した状態ゆえ視界が狭く、ただでさえ悪路な道筋に悪戦苦闘を強いられていた。
ただし、後ろから行くスウェンには何の躊躇もなく進む後ろ姿でしか見えていなかった。
会話はソルの余裕のなさもあり始終無言の状態だ。
スウェンにとっては未知な場所で、奥へと進むたびに変わりゆく景色に驚きが隠せなかった。
怪我で朦朧とした意識の中踏み行った森の入口もあの時は気付かなかったが今思えばずいぶんと豊かな森だった。
それが森の奥へは別世界と思うくらい豊潤な水源と緑溢れる森林。ちらほらと顔を覗かせる多種多様な動物たち。
これほど見事な森は生まれて初めてだった。
今まで見てきた森は枯れ木同然のやせ細った木々が並ぶ貧弱な森ばかり。
この森はまるで幼いころ村の長から聞いたお伽噺に出てくる森そのものだ。
言いようのない胸の高揚が進むたびに強くなる。
この森に住むこの人は一体何者なのだろう…?――
太陽が真上からやや西に沈み始めた頃、漸く家のある森の奥まで来た。
この辺りは果樹の森になりもう少し進むと住樹の枝葉が見えてくる。
この辺りでひとまず休憩を取ることにした。
「…疲れたか?」
一番疲れているソルが一応怪我人のスウェンに向かって問いかける。
スウェンは自分よりやや背の高いソルを見上げ首を横に振る。
「いいえ、大丈夫です。昨晩の内に休息も取れましたし、これでも獣人ですから体力には自信があります」
朗らかに返すスウェンを見て非常に羨ましくなるソル。
無言で切り株に座り込んだ。
ちょっと涙目になっているのは勘違いだと自分に言い聞かせて。
五分くらいの休憩を終え再び歩き出す。
時折流れる水で喉を潤いながら果樹の森を抜けた。
ソルにとって一日ぶりになる家に到着したのは歩き出してから約10時間後の事だった。




