名前
自身の失態に涙目になった。
潤んだ瞳からいつ涙がこぼれるのかと妙な焦りも浮かび上がるなか何もしゃべらない沈黙が痛すぎた。
自身から話しかけることがどうしてもできない。
ザ・人見知りだ。
軽くふざけてみたが状況はさっぱり好転していない。当たり前だ…
目線を合わせずにいるため獣人の少年が今どんな顔をしているのか分からない。
さっきの態度で怒っているのかもしれないと思ったら余計目線を合わせずらかった。
獣人の少年の方も一言の会話のない沈黙に体力の削られた状態で疲弊がつのっていた。
精神的な緊張感ゆえか体力にも引きずられた形で時折意識が飛びそうになる。
このまま気絶をしたくても目の前の少年の重い雰囲気にそれもままならない。
つまりどちらもこの状況を如何にかしたくて堪らなかった。
最初の一歩を踏み出したのは少年の方だった。
勇気を精一杯振り絞って出た言葉
「お前名は?」
だった。
緊張で舌も回らない。
どうしても簡節な命令口調になっている。偉そうだっと自分を詰っても口から零れた言葉は最早やり直しがきかない。
次こそはと活き込んでみるがその思いむなしく極度の緊張の中では塵に等しい決意だった。
獣人の少年は突然の問いかけに一瞬何を言われたのか理解できなかった。
後から名を聞かれたのだと認識して早く応えなければと、どもりながらも言葉を出す。
「ス、スウェン…」
名前が聞えて応えてくれたと嬉しくなってにやけそうになる。外見上全く動かない無表情だったとしても僅かに口角が上がる。
その瞬間情けない顔など見せれないと顔をしかめて無理やり押し込める。
杞憂であったはずなのに気を効かせすぎた結果、喜の表情よりも明確に現れる悲しい表情筋のせいで獣人の少年、スウェンの目には重圧の増したしかめ面を見せることになってしまった。
最早哀れを通り越した虚しい少年はそれに気付かない。
スウェンは混乱の極みにいる。
なぜ問われた通り名前を告げた瞬間威圧感が増すのかと。
どこにでもある名前に何か曰くがあるとでもいうのか。恐怖で涙腺が緩み涙が頬を伝う。
泣いている様子で異常を感じ取った少年は動揺した。
えっなんで泣いてるの?
少年は鈍かった。
ぐだぐだな最初の一歩から次の言葉をかけるのにまたもや時間を有することになった。
どれだけ意思の疎通に手間取るのか。
スウェンの涙が漸く止まるまでそこから十五分かかったのだ。
「…あ、あの貴方様はどのような…」
あ、貴方様!?
なぜ敬語?さっきまで「貴方」だけだったのに…
少年の謎の圧力を伴う雰囲気で丁寧に云い直してしまったスウェンに対し少年は距離が遠のいたことに落胆する。
何がいけなかったのか。理解できないことに頭を抱えた。
原因はもっぱら少年に方に非があるように思えるのだがやっぱり少年は鈍く気付くそぶりはない。
兎に角自己紹介をと活き込む。
よせばいいのに無駄に力むものだから圧力が増してスウェンの顔は蒼白に近くなってゆく。
「私の名は…」
言葉の途中で気付く少年。
スウェンの蒼白の顔と怯えの方ではなく別の事実の方だった。
自身の名前とは一体何なのか。
疑問が頭を擡げる。
前の世界の名前を告げるべきなのか、それとも違う名前なのか。
自己紹介に最初で蹴躓く。
名前、名前…
ぼそぼそと幽鬼のように呟く様は不気味だ。
本人は真剣なのだが内容はなんとも単純。
そこから名前を告げるまでの数分の沈黙間スウェンの震えは止まらなかった。
「私の名は…ソル。ソル・バートルだ」
ようやく登場人物の、特に主人公の名前が出ました!
ここまで長かった…