獣人の少年
陽が暮れ始めた。
鮮やかに彩る赤い光が急速に彩を落として東の空の端から深い藍色へと染まってゆく。
陽が落ちる前に家路に着く予定だったが思わぬ事情によってやむ負えず野宿になってしまった。
その元凶たる少年は未だ昏々と眠り続けている。
眠る少年の傍らに座り込んで項垂れてはため息ばかりを吐き続けた。
納得いかないわけではない。
しかしこの状況が仕組まれた者のように感じていた。
まるで運命だと言わんばかりに…――
薪を集め火を焚く。
野宿など久しぶりだった。経験した野宿は実質二日程度とはいえ苦労した記憶はない。
コレも能力あってのものだ。
能力が無ければ野垂れ死にしている自信が少年にはあった。
自分の考えに苦笑いをこぼしながら昼間収穫した果実の一つを手にとって口に運ぶ。
桃の形をした甘酸っぱい味のする果物だ。
水分は桃ほどはなくシャリシャリとしたリンゴのような触感だった。
味が好みだったこともあり家に帰り次第辞書でこの果実の事を調べようと頭の隅に記しておく。
すると寝息が聞こえてきて寝ている少年の事が気にかかる。
未だ眠り続けているのは身体が休息を欲しているからだ。
だが一時も目覚めない少年の事が少し心配になってくる。
外見的にはほとんど治癒出来ているのは確認できたが本当に治癒出来ているのかは本人から確認しない限り絶対ではない。
そのため僅かな緊張感を持ち眠る少年を見守っていた。
早く目覚めないかと云う思いが募る。
その思いが通じたのかどうか分からないが少年が目覚めたのはそれから数十分後の事だった。
僅かに身動きして声が零れた。顔を覗き込むと瞼が緩やかに持ちあがる。
浅葱色の瞳が炎に照らされ映し出される。
光の灯った瞳は状況を得ようと何度か瞬きをして覗きこむ少年の姿を捕えた。
その瞬間文字通り飛び起きて背後の木にぶつかる。
ドッシンとした音を響かせ葉がバサバサと落下してゆく。
動揺と混乱の緊張感が二人の間を覆う。
まず最初に言葉を発したのは負傷していた少年の方だった。
「…誰?」
怯えの表情を隠すこともなく震える声にははっきりとした恐怖が混じっている。
初対面でこれほど怯えさす等多少、今の自分の容姿に自信があった少年は一気に自信喪失をくらう。
そんなことを考えている状況ではないが、どこか抜けている少年がとっさに浮かんだのがそれだった。
浮かんだ考えに勝手に沈んでいる中、沈黙が続く。
急に激しく動いたせいなのか薄皮が貼っただけの傷口は再び開き血がにじむ。
激痛に顔をゆがめながらなおも後ずさり距離を取ろうとしている少年の様子を見て漸く慌てだす。
「待て!動くな」
なぜ命令口調なのか。
言葉に出して気付き後悔が始まる。
そのまま自己嫌悪に奔りたいところだが少年の容体が心配だ。
獣人の少年はびくりと動きが止まり、音に出ぬ声が如実に恐怖を知らせる。
そうしている間にも傷口からの血はあふれ出て、情け程度に巻いていた包帯はすでに血で真っ赤だ。
滴り落ちそうな程の出血だ。
すでに持っていた薬は使いはたしている。
これ以上悪化されては手の施しようがない。
生来の口下手ゆえか言葉より行動に移した。
怯える少年の腕を取り無理やり横に寝かせる。
包帯を取って残っていた軟膏で開いた傷口に押し込む。
強烈な痛みで一瞬恐怖を忘れ叫ぶ。
暴れて傷口が広がらないように拘束しながらの治療に疲弊しながらも治療の手は止めない。
血が止まったところを確認して拘束していた身体を解放する。
「暴れるな。傷が開くぞ」
また急に動かないように先手で言葉を告げる。
命令口調なのは久しぶりの会話ゆえ緊張しているのだと自信を慰め、やっぱり情けなくなり眉間にしわを寄せる。
先ほどの治療の様子で理解したのか先ほどのような暴れる様子は獣人の少年にない。
少し落ち着いたのか困惑気味に先ほどの問いを再びかけてきた。
「…貴方はなんだ?」
見つめ返される瞳に耐えられなくなった少年はそっぽを向き憮然と答えた。
「…通りすがりの者だ…」
その問い返しはどうかと思ったがコレ以上に言えることはない。
自身のコミュニケーション能力の低さに泣きたくなった。
先ほどから眉間にしわを寄せ不機嫌さが無表情に現れている少年の様子を見て獣人の少年は先ほどの自分の問いかけが悪かったのかと不安になる。
背格好は自身と同年代で恐怖の対象である人間と変わらないが良く見てみると纏う雰囲気は俗世とは引き離された気配と全てを従えるに値する威厳を備えているように覗えた。
自身とかけ離れた存在に再び種の違う怯えが全身を駆け巡る。
そんな思惑が獣人の少年に渦巻いている等とは気付かない少年は情けなさですでに涙目になっていた。




