お化け
ある日の夜。
薄暗い森の中、一行はいつものように軽く談笑をしていた。チルノがひとつ、話を切り出す。
「そう言えば、ここの森はお化けが出るって有名ですの。」
「心霊現象………と言うやつだな。しかし、そんなものは背びれ尾びれのついた、ただのまやかしに過ぎん。馬鹿馬鹿しい。」
「こう言うのは、嘘だとわかっていても、それを楽しむものですわ。ミレイユ。」
「あ、あわわわわ……………。」
チルノとミレイユが、異変に気付く。
ガタガタと震える体。今までに見たことがないほどに、まこが顔を青ざめさせ、唇を震わせている。
「も、もしかして、まこは心霊の類が苦手ですの。」
「に、にに、苦手というか、何というかその……………。」
「チルノ!お前のせいで、まこが怖がっているではないか!!」
「噂で聞いてただけですの!!まこ、きっと大丈夫ですの!!何もありませんわ。」
「そ、そうなんだ。そうだといいけれど………。」
ふと、まこは、視線を馬車の窓の外に向ける。月明かりの照らす暗闇の中で、薄暗くほんの僅かに見える木々の隙間に、白い影が見えた。
「えっ……………?」
「どうしましたの?」
「どうした?まこ。」
まこは、指を差して、告げる。
「あ、あれ……………。」
「あれ?」
ミレイユとチルノは窓から顔を出して、まこが指を指す方向へと目を向ける。しかし、そこには何も見えない。
「何も見えませんの。」
「何も…………見えんな。」
「う、嘘でしょ!?」
まこは、ますます怖くなり、提案をした。
「ちょ、ちょっと席を代わってもらっていいかな?」
「いいですわよ。」
「まこ、無理はするな。」
そういうわけで、チルノに席を代わってもらった。真反対の窓際の席。ここでなら、お化けの見えた反対側の席からは遠ざかって、安心だろうとそう考えた。
「ふぅ……………。」
(これでもう大丈夫ね……………。)
『ヴゥ………………。』
窓に肘を掛けたその時、目と鼻の先に、白く透明でゾンビのように、目玉の外れた『何か』が、まこに息を吹き掛けた。
「………………………。」
「そういえば、まこ。今朝話していた、アーズガル湖の話だが…………。」
ミレイユがまこの方を見ると、白いもやが、まこの前を覆っていた。その異変を察知し、瞬時に剣を抜き、ミレイユはまこの目の前にいる『何か』へとその切先を突き刺した。
「まこ!!大丈夫か!!?」
「う、うん。多分。」
顔を真っ青にし、息絶え絶えと言った様子で、目を虚にさせながら、まこは、ミレイユの方へと顔を向けた。
「おのれ、絶対に許さん!!!」
ミレイユは窓から跳び降り、周辺を窺う。
「……………どこだ!!出てこい!!!」
ヒューッと冷たい風が吹く。すると、白いモヤが目の前に現れ、気づけばそこには複数体のゾンビが悍ましい声をあげながら、こちらへと迫っていた。
「………………仕留めるッ!!」
ミレイユは駆け出し、剣を振るう。その鋭い太刀筋は、瞬く間に白い霧のゾンビを霧散させる。ひとつ、ふたつと斬り払い、そのまま白い霧は消失した。
「一体、何だったのだ…………。」
「きゃあぁーーーッ!!!!」
馬車の方から、まことチルノの悲鳴が聞こえる。
「しまった!!」
ミレイユは急いで駆けつけ、馬車の窓の前に現れた、白い霧を斬り払う。そして再び、それは霧散した。
「くっ!!何者だ!!正体を現せ!!!」
声を上げるが、静かな森の夜道にただ、静寂だけが残る。
「や、やっぱり噂は本当だったんですの。」
「お、お化けが本当にいるなんて…………。」
ミレイユは窓のシャッターを閉め、御者に早く森を抜けるように促した。
「ここを、はやく抜けるぞ!!!」
馬車のスピードが増す。ガタガタと揺られながら、3人はしっかりと馬車の内側に備えられた、手すりに掴まった。
しかし、馬車は急停止する。
ガタンッ!!
ミレイユは嫌な予感がして、窓を開けて、馬車の前方をうかがう。
「くっ!?」
前を見ると、そこには幾体ものゾンビが、白い霧の中に立ち塞がっていた。しかし、その奥の木々の薄らとした影に、何者かの気配をミレイユは感じ取る。
ザッ!
素早く、窓から飛び出して、瞬時にその影へと迫り、剣を差し向けた。
「うわっ!!!」
間抜けな声が聞こえる。
「はっ?」
ミレイユは目を丸くした。そこにいたのは、まんまるとしたからだの、森に住む動物。
「あー、怖いわ。」
たぬきであった。
そのたぬきは、こう言った。
「んなけったいなもん向けんといてーや。悪かったがな。ほら、この通りや。」
たぬきは、頭を下げて、尻尾をピンと立てる。
「………………………。」
ミレイユは無言で、剣を振りかぶった。
「わわわわわっ!!見てみぃ、このまん丸としたボディを。可愛いて、剣なんて振れへんやろ!!ほら!!」
「……………………。」
ミレイユはしばらく悩んでから、剣をおろした。
「ふぅー、やっとわかってくれたんかいな。」
「ミレイユ!大丈夫!?」
「何がいたんですの!?」
まことチルノは、ミレイユの元へと駆け寄る。そして、ミレイユの目の前にいる、もふもふ、ふわふわのその存在に目を釘付けにした。
「かわいい〜!!」
「かわいいですの!!」
「えへへ、せやろ。」
すると、突然声を発したそれに、チルノとまこは驚く。
「ど、動物が言葉を喋ったんですの!!?」
「たぬき…………だよね。」
「いかにもそうや。」
たぬきは胸を張るように、2本足で立ち上がった。
「わいが、異世界からやってきた、異世界たぬきや。」
「異世界…………たぬき…………?」
まこは、ハッとする。
「あなたも、あっちの世界から来たの!?」
「いかにもや。…………って、あんたさんもかいな!?」
コクリと、まこは頷く。すると、たぬきはじわっと目尻から、涙を流して、言った。
「長かった…………長かったで…………。ようやく迎えが来たんやな。」
しかし、たぬきは背中を向ける。
「でもな、わいもう、こっちの世界に馴染んでしもてん。飯もうまいしな、なんかようわからん力まで使えるようになってしもた。」
たぬきは言う。
「わいはこれからも異世界たぬきとして生きていく。驚かしてもうて、すまんかったな。」
「あの………………。」
「ん?なんや?」
「不思議な力をあなたは使えるのよね?…………じゃあ、あれもあなたが出したの?」
まこが指を差した先には、ヴゥ………と唸りをあげる、魔物たちがいた。
「………………退散や!!!」
ザッと、たぬきは駆け出し、まこ達の後ろへ隠れた。チルノは、たぬきを抱き抱える。まこは変身し、ミレイユは剣を構えた。そして…………
「ふぅ、悪かったな。助けてもろて。ずいぶん迷惑をかけた。これで許してや。」
懐から、たぬきはどんぐりを取りだした。3人はひとつずつ微妙な表情をして、それを受け取る。
ミレイユは言った。
「…………‥.これからは悪さをするんじゃないぞ。」
たぬきは答える。
「もちろんや。これからはちゃんとたぬきとして生きていく。人間様にも迷惑を掛けへん。」
たぬきはしっぽをフリフリしながら、その場を去っていく。
「ほなら、またどっかで!!」
私たちは手を振って、森の中に消えていくたぬきを見送る。
「とんでもないたぬきでしたの。」
「そうだな。」
「また、会えるといいな。」
怖かったけれど、何だか向こう世界からやってきたおなじ仲間に出会えたような感じがして、少し嬉しかった。気づけば、夜が明け、朝日が昇っていた。




