最初の子ども
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
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なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
商店街のたこ焼き屋「八粒堂」。
この店には子どもが来ない——
常連たちは、そう思っている。
だが実は。
一人だけ来た子どもがいた。
それは店が開いた、最初の日のことだった。
まだ噂もなく、常連もいない頃。
機械は、客の有無に関係なく回り続けている。
ぽと。
五分に一粒。
店主は新聞を読んでいた。
その時、店の前に小さな影が止まった。
中学生だった。
制服の上に塾のバッグ。
目の下には少し疲れがある。
店主が顔を上げる。
「いらっしゃい」
少年は看板を見た。
たこ焼き 八個
出来上がりまで約四十分
少年は言った。
「一つください」
店主はうなずいた。
「はいよ」
少年は機械を見た。
鉄板が回る。
生地がふくらむ。
そして——
ぽと。
たこ焼きが落ちた。
少年の目が少し光る。
「すごい」
近づいて、じっと見ている。
店主は少し気にして
「あついから気を付けてね」
五分後。
ぽと。
また落ちる。
少年は笑った。
「面白い」
店について、最初の十五分。
機械を観察し、
落ちる瞬間を楽しみ、
「今焼けた」とつぶやく。
だが二十分を過ぎた頃。
少年はふと腕時計を見た。
そして機械を見た。
ぽと。
たこ焼き。
少年は少し考えた。
鉄板の回転。
落ちる間隔。
時間。
そして静かに言った。
「……五分」
店主が新聞越しに聞いた。
「何が?」
少年は答える。
「五分に一個」
そして計算する。
「八個で四十分」
少し考えてから。
「あと何分で焼けますか?」
少年はバッグを開けた。
店主は
「30分ぐらいかな」
中から出てきたのは——
参考書だった。
店主は少し驚いた。
少年はベンチに座る。
ページを開く。
そして言った。
「ちょうどいい」
店主が聞いた。
「何が?」
少年はペンを動かしながら言う。
ぽと。
「問題一つ、だいたい五分」
たこ焼きが落ちる。
少年は顔を上げない。
「一問終了」
次のページを開く。
また問題を解く。
ぽと。
「二問目終了」
店に来てから三十分。
少年は完全に集中していた。
音のリズムがちょうどいい。
塾帰りの疲れた顔は消えていた。
むしろ、どこか落ち着いている。
ぽと。
八粒目。
店主が箱に詰める。
「お待たせ」
少年は本を閉じた。
「ありがとうございます」
たこ焼きを受け取り、一つ食べる。
「……おいしい」
それから店主に言った。
「ここ、いいですね」
店主が笑う。
「そう?」
少年はうなずいた。
「時間が、きれいに区切れる」
店主はその意味を少し考えた。
少年はバッグを背負う。
「また来ます」
そして商店街の夜へ消えていった。
==
それから何年も経った。
常連たちは言う。
「この店、子ども来ないよな」
店主はいつも同じことを言う。
「そうですね」
だが店主は覚えている。
最初の日。
参考書を開いた少年。
ぽと。
たこ焼きが落ちる。
店主はふと思う。
「あの子……」
新聞をめくる。
「今ごろ、何してるんだろうな」
——
そして今日も
ぽと。
今日も、五分の時間が焼き上がる。




