第73話:旧知の嘲笑、聖鍼の静かなる証明
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帝都の正門を一刺しで開門し、堂々と帰還を果たした枢。
騒然となる街並みを進む彼の前に現れたのは、かつて枢を「無能」と蔑み、都から追放した張本人たちでした。
聖鍼師vs帝都エリート医師団。
過去の因縁を断ち切る、圧倒的な格の違いをお見せします。
本日2回目の更新、10時のティータイムにどうぞお楽しみください!
開放された正門を抜け、帝都のメインストリートである「賢者の大通り」へと足を踏み入れた枢一行を待っていたのは、割れんばかりの歓声……ではなく、突き刺さるような静寂と、冷ややかな視線の群れだった。
石畳の両脇には、異形の軍勢である魔族を警戒しつつも、中央を歩く「見覚えのある男」の姿に驚愕する市民たちが溢れている。そしてその中央、宮殿へと続く大階段の前には、豪華な刺繍が施された白衣を纏う一団が、壁のように立ちふさがっていた。
帝都国立病院、最高評議会の医師たち。枢を「鍼しか使えない無能」と断じ、ライセンスを剥奪して追放した、かつての上司と同僚たちであった。
「……ほう、誰かと思えば、野垂れ死んだとばかり思っていた落ちこぼれではないか。枢、貴様、その汚らわしい魔族どもを連れて、一体何の真似だ? まさか、医学の粋を集めたこの帝都に、復讐でもしに来たとでも言うのかね?」
先頭に立つ肥満体の男……かつての枢の直属の上司であり、ヘイズ博士の側近を自称するバルトスが、下卑た笑みを浮かべて前に出た。彼の隣では、かつて枢の同期でありながら、真っ先に彼を裏切った医師たちが、肩を揺らして嘲笑を浴びせている。
「復讐、ですか。……いいえ、バルトス先生。私はただ、この都に蔓延する『病』を診に来ただけです。……そして、あなた方の顔色を見る限り、その病は想像以上に進行しているようですね」
枢の声は、罵倒を浴びせられてもなお、湖面のように静かだった。彼は歩みを止めず、バルトスの眼前にまで進み出る。背後でカザンが槍の柄を鳴らし、威嚇の声を上げたが、枢は手制してそれを止めた。
「病だと? 貴様、この私に向かって何を言う! 私はヘイズ博士直伝の魔導医療によって、帝都の健康を一手に引き受けているのだぞ。貴様のような、細い針でツボを突くだけの古臭い迷信師とは格が違うのだ!」
「……そうですか。……では、バルトス先生。……そのヘイズ博士から授かった『魔導強化薬』。……それを常用し始めてから、夜中に急な動悸で目が覚め、左足の指先が痺れることはありませんか? ……そして、鏡を見るたびに、自分の白目の端が、不気味な紫色に染まっていることに気づいていないはずがない」
バルトスの顔から、瞬時に笑みが消えた。
「な、何を……出鱈目を……!」
「……出鱈目ではありません。……翡翠眼で診れば明白です。……あなたの心臓から全身へ伸びる経絡は、魔導薬の過剰摂取によってボロボロに焼け、無理やり外部から流し込まれる魔力によって形を保っているに過ぎない。……今のあなたは、いつ破裂してもおかしくない、魔力の詰まった『水風船』と同じですよ」
枢は往診バッグから、一本の鋭い銀鍼を取り出した。
「……旧交に免じて、無料で一次処置をして差し上げましょう。……あなたの胸にある**『紫宮』**。……そこに溜まった汚濁した魔力を抜かなければ、あなたはあと数分と持たずに、その場に崩れ落ちることになる」
ツボとしての『紫宮』は、胸の中央、胸骨の上に位置し、呼吸を整え、心のつかえを下ろす場所だ。だが、ヘイズの魔導薬に侵された者にとって、そこは「偽りの魔力」が最も鬱滞し、血管を圧迫する死の結節点となっていた。
「……ふざけるな! 貴様の汚らしい鍼など、一本たりとも触れさせん! 衛兵、この狂人を捕らえろ!」
バルトスが叫び、背後の衛兵たちが動き出そうとした、その時だった。
バルトスの顔が、突如としてどす黒い紫色に変色し、彼は胸を掻きむしりながらその場に激しく転倒した。白目を剥き、泡を吹いて悶絶するその姿に、周囲の医師たちは腰を抜かして後退った。
「ば、バルトス先生!? おい、誰か魔導回復を!」
「……無駄です。……彼の経絡は、魔法による外部からの干渉を拒絶するほどに変質している。……魔法を使えば使うほど、彼の心臓は内側から焼き切れるでしょう」
枢は倒れ伏すバルトスの傍らに膝をつき、迷うことなく銀鍼をその胸へと突き立てた。
「……これ以上の暴走を、私が許さない。……聖鍼流、鎮静術――『紫宮の還流』!」
鍼が深々と刺さると同時に、バルトスの口から黒い霧のような魔力が吐き出された。激しく波打っていた彼の心拍は、嘘のように落ち着きを取り戻し、顔の鬱血も引いていく。死の淵から、枢の一刺しが彼を引き戻したのだ。
静寂が、大通りを支配した。
かつて枢を追放したエリート医師たちは、自分たちが手も足も出せなかった異常事態を、たった一本の鍼で解決してしまった枢の姿に、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
「……バルトス先生。……これが、あなたが『迷信』と笑った私の医術です。……そして、今この瞬間も、帝都の至る所であなたと同じ症状が出始めている。……ヘイズ博士が配った薬は、救いではなく、緩やかな死への招待状だったのですよ」
枢は立ち上がり、白衣を汚した元同僚たちを一瞥すると、再び宮殿へと向けて歩き出した。
「……リナ、カザン。行きましょう。……本当の『大手術』は、まだ始まってすらいませんから」
背後で、ようやく正気に戻った医師の一人が、震える声で叫んだ。
「……ま、待て、枢! ……いや、枢先生! ……今、帝都の病院では、原因不明の魔力暴走で数千人が倒れているんだ! ……それを、それを治せるのは……!」
枢は振り返らずに、ただ一言だけ、透き通った声で答えた。
「……往診依頼なら、後でまとめて受け付けます。……まずは、その原因を叩き潰してからです」
帝都の民の目に、かつての追放者はもう映っていない。そこにあるのは、絶望の都に舞い降りた、唯一の希望としての聖鍼師の背中だった。
第2部・帝都決戦編、怒涛の展開へ。
枢の往診は、ついに都全体の救済へとその規模を広げていく。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
かつての因縁の相手・バルトスを、皮肉にも自らの医術で救ってみせた枢さん。これこそが、技術と信念の圧倒的な違いです。
復讐ではなく、医者としての義務を果たす姿に、市民たちの心も動き始めています。
今回登場した**『紫宮』**。
胸にあるこのツボは、文字通り「紫の宮」を意味し、古来より循環器の要所とされてきました。ヘイズの薬で紫に変色したバルトスを救うための、最高の一手となりましたね。
次回、第74話は本日**【12:00】**に更新予定です!
病院に溢れかえる数千人の患者。枢が放つ、前代未聞の「一斉治療」とは!?
お昼休みの更新、どうぞお見逃しなく!
「バルトスがざまぁされて最高にスカッとした!」
「枢さんの『医者としての格』が凄すぎる……!」
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