第581話「極寒の猛吹雪と、陽陵泉の舒筋刺」
深部到達の超長鍼と『膏肓』穴への温針術により、寒邪の教皇・ゼノがガイルさんに打ち込んだ邪悪な呪印を打ち破った枢先生率いる往診チーム。一行は、古都アバランシュを後にして北の最果てに佇む『氷結教皇庁』を目指し、永久凍土の猛吹雪地帯へと踏み出します。しかし、標高が上がるにつれて気温はマイナス数十度へと暴落し、一行を襲ったのは、寒さによって筋肉やじん帯が硬直して引きつり、激しい痙攣を起こす悪夢の病理「寒主収引」でした。絶体絶命の極寒の中で、筋の主宰穴『陽陵泉』と『太衝』が奇跡の柔軟と温もりをもたらします!
ヒュォォォォォォォォッ!!
古都アバランシュを抜け、北の最果てにそびえる『絶陰山脈』の登攀路へと足を踏み入れた往診チームを待ち受けていたのは、視界を完全に遮る白い悪魔――極寒の猛吹雪であった。
標高が上がるにつれて、吹き付ける風はナイフのように鋭さを増し、空間の熱を根こそぎ奪い去っていく。
足元の永久凍土は鏡のように滑り、一歩足を踏み出すだけでも全身の筋力を激しく消耗させた。
「くっ……! は、速く歩こうと思っても……脚が……脚がカチコチに凍りついちゃって、思うように動かないよぉ……っ!」
ネネがすり鉢を胸に抱きかかえたまま、ガタガタと歯を鳴らして立ち尽くした。
「ぐ……ぬぉっ……!? こ、これはただの冷えじゃねぇぞ……! ふくらはぎと太もも、足の裏の筋が……ギチギチに縮み上がって……強烈な『こむら返り(足の痙攣)』を起こしてやがる……ッ!」
ガストンが突然その場に膝をつき、太い足首を押さえて激痛に顔を歪めた。
「 clinical に見て、やべぇ……ッ! 腕の筋肉や指の関節の筋まで……まるで乾いたスルメみたいに縮んで強直してやがる! 影の短剣を握るどころか、手を開くことすらできねえ……ッ!」
哭もまた、指先が固く丸まったまま苦悶の声を上げる。
「……これが、東洋医学でいう『寒主収引』の真実です」
極寒の嵐の中、白銀の医療着を激しくたなびかせながら、枢が仲間たちの元へと歩み寄った。
彼の吐く息は白いが、指先の動きは滑らかで、身体の軸は一切ぶれていない。
「東洋医学において『寒邪』は、あらゆるものを『収縮(凝縮)』させ、『引きつらせる(収引)』性質を持ちます。この極限の冷気が肌や筋肉の深部にまで侵入すると、体内の筋膜や腱、筋肉に巡る気血が一瞬で冷えて滞り、伸縮性を完全に失って強烈な引きつり(拘急・痙攣)を引き起こすのです!」
『――クックック……気付くのが遅かったな、鍼師! この『絶陰山脈』の吹雪は、生者の肉体から柔軟性を奪い、生きたまま硬直した氷の石像へ変える死の回廊なのだよ!』
頭上の吹雪の渦の中から、氷の蛇のような半透明の巨躯を持つ怪人が姿を現した。
教皇ゼノ直属の刺客――『収引の氷蛇・ガルバ』!
ガルバが尾を振り抜くと、猛吹雪の勢いが倍加し、螺旋状の「収縮冷気波」となって往診チームを包み込んだ!
バリバリバリッ!!
「ぐぁぁぁぁぁッ!? 関節の筋が……千切れるぅぅぅッ! 体が丸まったまま固まって動きねぇぇッ!」
ガストンとガイルが背中を丸めたまま固まり、哭とネネも全身の筋の激痛に倒れ伏す。
「人間の肉体は、寒さに縮こまるためだけに存在するものではありません! 筋を司る『肝』の気を伸びやかにし、温かな血を巡らせれば、どんな強直も解きほぐすことができます!」
枢は吹き荒れる風邪をものともせず、往診鞄から黄金の輝きを放つ『八会穴』専用の長鍼を引き抜いた!
彼が狙うのは、全身のすべての筋(筋肉・腱・じん帯)を統括し、その引きつりと痙攣を瞬時に解き放つ「筋の集会所」――『筋会・陽陵泉』!
そして、肝の気を伸びやかに巡らせて自律神経と筋の緊張を弛緩させる――『太衝』!
「ハク、リナ! 筋肉と筋を内側から温め、強直を和らげる最高峰の柔筋解急生薬――『芍薬』『甘草』を『芍薬甘草湯』の温熱蒸気として全員の足元へ集中噴射しなさい!」
「了解です、枢先生! 柔筋緩急・温煦蒸気、全開噴射ッ!!」
ハクとリナの放った甘く芳醇な薬湯の香りが、固まっていた空気と一行の肉体を包み込んでいく。
「ガストンさん、哭! 全身の筋の引きつりを一気に解除します!」
シュッ――!!
枢の指先から放たれた聖鍼が、ガストンの膝の外側下にある小さな骨の出っぱり(腓骨頭)のすぐ前下方の凹み――『陽陵泉』へと吸い込まれるように刺入された!
続いて、足の甲の親指と人差し指の骨が交わる凹み『太衝』へと、滑らかな旋転刺が施される!
ドクン……ッ!!!!
「――つ……ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!?!? 膝とふくらはぎの奥から……生温かい油が注がれたみたいに、筋肉がふんわり解けていくぅぅぅッ!?」
ガストンが叫んだ瞬間、カチコチに引きつっていた彼の足首と膝が、まるでバネのようにしなやかな柔軟性を取り戻した!
「筋の激痛が消えたッ!? 足が自由に……全身の筋肉が柔らかく、熱く動くぞぉぉッ!」
ガストンが跳び起き、ガバッと豪快に両腕を広げて筋肉を躍動させた。
「『陽陵泉』は、全身の筋のトラブルを統括する『筋会』の名穴! そして『太衝』と合わせることで、寒邪によって冷えて縮こまっていた筋肉と腱に一気に温かな血液を送り届け、強直とこむら返りを即座に緩和したのです!」
枢は素早く哭、ガイル、ネネの『陽陵泉』と『太衝』へも刺鍼を施していく。
チーム全員の筋肉から強直が消え去り、ガルバの『収縮冷気波』は完全に破られた!
「な……何だと……!? わが絶対収縮の冷気を……筋の刺激だけで無効化するだと……!?」
ガルバが狼狽し、巨躯を震わせる。
「 clinical に見て、手が伸びやかに動くならこっちの勝ちだッ! 影疾風・柔筋一閃ッ!」
指先までしなやかさを取り戻した哭が滑空し、ガルバの首元を一瞬で切り払った!
「ギャァァァァァッ! 教皇様ぁぁぁッ……!」
ガルバは叫び声を上げながら、吹雪の彼方へと砕け散っていったのだった。
◇
ガルバの撃破と共に猛吹雪が弱まり、山脈の頂の上にそびえる『氷結教皇庁』の漆黒の尖塔が、往診チームの視界に鮮明に浮き上がってきた。
「助かりました、枢先生……。あのまま筋肉が硬直していれば、滑落して全滅するところでした」
ガイルが足を確かめるように踏み締め、感謝の言葉を述べた。
「ええ。寒さに負けて身体が強ばった時こそ、身体を柔らかく保つ『肝と筋のケア』が大切なのです」
枢は皆に温かな笑みを向け、山頂の教皇庁を見上げた。
教皇ゼノの待つ決戦の地は、すぐそこまで迫っていた。
東方寒冷大陸『ガルフレイド』の春を取り戻すための旅は、いよいよ最終局面を迎えるのだった――!
第581話をお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、北の『絶陰山脈』を登攀する往診チームを襲った、激しい冷えによって筋肉や筋が縮み上がり痙攣を起こす病理「寒主収引」に対し、枢先生が全身の筋を統括する最高峰の名穴『陽陵泉』と『太衝』への刺鍼、そして『芍薬甘草湯』の温熱蒸気によって劇的に解きほぐす、熱い救命撃破劇をお届けいたしました!
さて、今回は作中でガストンさんや哭が襲撃され、枢先生が速やかに解決した「寒主収引(冷えによる筋肉の強直・こむら返り・関節の引きつり・体の硬さ)」の病理に基づき、「冬場の激しい冷え込みや運動不足、あるいは冷房の効きすぎによって、足の裏やふくらはぎが急激につる(こむら返り)、関節や筋肉が固まってスムーズに動かない、肩や背中の筋が引きつるように痛む時」に、全身の筋肉と腱に温かな血液を通じさせ、強直と激痛をスーッと柔らかく解きほぐしてくれる最高峰の柔筋・舒筋名穴をお届けします。
今回ご紹介するのは、膝の外側下にある、全身の筋のトラブルを統括する『陽陵泉』です。
場所は、**膝の外側のやや下(すねの外側の骨を上に向かってさすっていくと当たる、指に触れる小さな骨の出っぱり:腓骨頭)の、すぐ前下方の凹んだ部分(押すとズーンと脚の先まで心地よい響きが抜けるところ)**にあります。
東洋医学において『陽陵泉』は、筋肉・腱・じん帯などすべての「筋」の病気を治す「八会穴の筋会」として最も重宝されている名穴です。冷えや疲労によって筋肉が収縮し、こむら返りや引きつりを起こしている時、この『陽陵泉』の周囲は硬く強直しています。ここを適切に刺激することで、作中の枢先生が聖鍼『陽陵泉』を打ったように、滞っていた気血が一気に巡り出し、固まっていた筋肉が嘘のように柔らかく解けていきます。
ケアする場合は、親指の腹を『陽陵泉』に当て、膝の骨の隙間に向かってじわーっと優しく5秒間押し込むのを左右交互に5回ほど繰り返してみてください。また、足の甲にある『太衝(親指と人差し指の骨の交わる凹み)』と一緒にマッサージすると、寒さに負けないしなやかで軽やかな足腰を取り戻すことができますよ。
次なる第582話は、本日**7月28日(火曜日)の夜【21:00】**に更新を予定しております。
ついに足を踏み入れる『氷結教皇庁』。教皇ゼノが繰り出す未知の寒邪の病理とは!? どうぞお楽しみに!




