第573話「収引の鎖と、関節の氷結」
氷甲将ガイルの「命門の火」を点火し、彼を絶陰の狂乱から救い出した枢先生率いる往診チーム。ガイルから語られた『凍血病』の真の元凶――大陸のすべての熱(陽気)を吸い上げる「永久凍土の祭壇」を目指し、一行は標高数千メートルを超える極寒の氷鎖連峰へと足を踏み入れます。しかし、白銀の吹雪が吹き荒れる極限の雪山で、往診チームを待ち受けていたのは、猛烈な「寒主収引」の邪気によって全身の関節と筋肉をカチコチに緊縮させる、寒冷大陸第二の刺客――『凍結の傀儡師・フレイザ』でした。
空と地の境界すら掻き消すほどの白銀の地獄――それが氷鎖連峰の真の姿であった。
標高が上がるにつれ、気温は人間の生存可能領域を遥かに下回り、一息吸い込むだけで気管支が凍りついて痛むほどの激しい寒風が往診チームを打ち叩く。ガイルの案内のもと、一行は足元を凍結させながら一歩一歩前進していた。
「……くッ……お、おい……相棒……! 足が……膝が重くて……曲がらねえ……!」
行軍の途中、影の中から足を踏み出した哭が、ガタガタと足足を震わせながらその場に崩れ落ちそうになった。
短剣を握る彼の指先は白く強張り、関節がまるで錆びついた鉄くずのように固まりきっている。
「お、俺もだ……! 腕の筋肉がぎゅーっと縮こまって……戦斧を持ち上げるだけで激痛が走りやがる……! 寒さのせいだけじゃねえ……この空気、おかしいぞッ!?」
ガストンもまた、太い腕の筋肉をカチコチに硬直させ、苦悶の表情を浮かべた。
「――全員、その場で身を寄せて立ち止まりなさい!」
枢が凛とした声を張り上げ、往診鞄から即座に温熱効果を持つ生の生薬抽出液を取り出した。
「東洋医学において『寒は収引を主どる』と言います! 寒邪が人体に侵入すると、気血の流れが止まるだけでなく、筋や脈、皮膚や関節が一気にキュッと引き縮まり、運動機能を麻痺させる(凝滞・収引)のです。この山に満ちているのは、単なる低温ではありません。人体の筋膜と関節を狙い撃ちにして強縮させる、高濃度の『寒邪収引波』です!」
「ククク……よく知っているじゃないか、異国の聖鍼師。だが、知識があっても動けなければただの氷漬けの肉(標本)だ」
吹雪の奥から、無数の細い「氷の糸」を指先から垂らした、痩身の女が宙に浮きながら現れた。
彼女の全身からは、青白い冷気の波が絶え間なく溢れ出し、指先を動かすたびに空気がキリキリと音を立てて引き締められていく。
「私の名はフレイザ。マザー・ギガ亡き後、このガルフレイドの熱を吸い尽くす『永久凍土の祭壇』を守護する者。私の『寒収引糸』に捉えられた者は、全身の筋肉と筋膜が限界まで収縮し、自らの筋肉の引きつりで骨を砕かれて絶命する……!」
フレイザが十本の指を交差させると、目に見えないほど細い氷の糸が、吹雪に乗って往診チーム全体へと襲いかかった。
「くぁぁぁッ!? 筋が……背中の筋が引きちぎられるぅぅッ!?」
ガストンが背中を丸め、強烈な筋痙攣(こむら返りの全身版)を起こして叫ぶ。
「膝の……関節が……固まって……動かない……!」
ジークとガイルもまた、関節の急激な収縮に耐えかねて氷の上に倒れ込んだ。
「ウフフ……どう? 寒邪によって筋肉と経絡が完全に引き縮まり、血流が途絶えていく感覚は? 痛みと強縮の中で、安らかに凍りつきなさい!」
フレイザが妖しく微笑み、さらに糸を引き絞ろうとしたその時――。
「……筋肉や筋膜の引きつり(収引)は、寒邪によって『肝』が司る筋への血流が途絶え、潤いを失うことで起こります。ならば……その筋肉の結び目を弛緩させ、温かな気血を巡らせれば、あなたの糸など何の意味も成しません!」
枢の瞳が白銀に輝き、往診鞄から一筋の温かな黄金の光を放つ聖鍼が抜かれた。
それは、人体のすべての「筋(筋肉・腱・筋膜)」の結び目を統括し、強張った関節と筋肉を一瞬で劇的に解きほぐす、足の重要穴――『陽陵泉』の聖鍼!
「ハク、リナ! 噴霧器に『芍薬甘草湯』の温熱生薬をセットし、全員の脚部と背中に散布しなさい! 急激な筋肉の引きつりを和らげます!」
「了解です! 急性筋弛緩生薬、全開噴射ッ!!」
ハクとリナが放った甘い香りの生薬の霧が、ガストンや哭の強張った肉体を優しく包み込む。
「そして……筋肉と筋膜を統括するこの『陽陵泉』の刺鍼で、寒邪の収引を完全に打ち破ります!」
枢は閃光となって雪原を滑り、倒れ込んでいたガストンと哭の膝の外側――骨の出っ張りのすぐ下にある最重要穴『陽陵泉』へと、黄金の聖鍼を連続で刺入した!
パシィィィィィンッ!!!!
「――つ……痛ぇぇぇッ!? いや……温かぇぇぇぇッ!?」
「うおっ……!? 背中の激痛と筋の引きつりが……一瞬で消えていくぞッ!?」
聖鍼『阳陵泉』から注ぎ込まれた熱く柔らかな気が、寒邪によってカチコチに縮み上がっていたガストンと哭の筋肉・腱・筋膜へと一気に浸透した。
「筋は肝に主どられ、血を得てよく動く」――枢の刺鍼によって血流が爆発的に再開された彼らの筋肉は、まるで極上のマッサージを受けたかのように柔らかくしなやかさを取り戻し、フレイザの氷の糸を力任せにブチブチと引きちぎったのだ!
「バカな……!? 私の寒邪収引の糸を……筋肉の弛緩だけで物理的に引きちぎっただと!?」
フレイザが驚愕に目を見開く。
「 clinical に見て……身体が軽すぎるぜ、相棒! 膝の関節がスイスイ動く!」
哭が短剣をクルリと回転させ、影の加速で雪原を滑走する。
「おうよ! 筋肉がほぐれて、力が全身にみなぎってくるぜぇぇッ!」
ガストンが戦斧をぶん回し、フレイザから伸びる氷の糸の束を一網打尽に打ち砕いた。
「寒邪による収引は、恐るるに足りません! 人間の肉体には、温もればどこまでも柔軟に、強くしなやかになれる力が備わっているのです!」
枢の掲げた『陽陵泉』の黄金の光が、極寒の吹雪を吹き飛ばし、氷鎖連峰の山肌に温かな希望の道を切り拓くのだった。
第573話をお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、極寒の雪山で往診チームを襲った「寒主収引」の病理に対し、枢先生が筋肉や関節の統括穴である『陽陵泉』と『芍薬甘草湯』の組み合わせによって、凍りついて引きつっていた仲間たちの筋肉と関節を一瞬で解きほぐす熱き治療劇を描写いたしました。寒邪の緊縮を打ち破った往診チーム。いよいよフレイザとの決着、そして「永久凍土の祭壇」への道が開かれます!
さて、今回は作中でガストンや哭が襲われた「寒邪による収引(筋肉の強い引きつり・強縮)」の理に基づき、「冬場の寒さや冷房の冷え、あるいは長時間の同じ姿勢や運動不足によって、足のふくらはぎが激しくつる(こむら返り)、膝や股関節がカチコチに固まって痛む、肩や背中の筋肉がガチガチに凝り固まって腰が伸びない時」に、全身の筋肉・筋膜・腱の緊張を一瞬でスーッとゆるめ、関節の動きを劇的にスムーズにしてくれる足の最高峰の筋肉緩和名穴をお届けします。
今回ご紹介するのは、膝の外側下にある、全身の筋(筋肉・筋膜・腱)を統括する筋会の名穴『陽陵泉』です。
場所は、**すねの外側にあり、膝を曲げた時に膝のお皿の下・外側にある丸い骨の出っ張り(腓骨頭:ひこっとう)を探し、その骨のすぐ「前斜め下」にある凹み(押すとズーンと足先まで響く強い痛気持ちよさがあるところ)**にあります。
東洋医学において、ここは「八会穴の筋会」であり、体中のすべての筋肉のひきつりや関節の強張りを和らげる最高拠点です。寒さや冷えで筋肉が収縮している時は、この『陽陵泉』の周囲が硬く突っ張っています。ここを適切に刺激することで、作中の枢先生が聖鍼『陽陵泉』を刺鍼したように、冷えて縮こまっていた筋肉と筋膜へ温かな血液がスーッと行き渡り、激しいこむら返りや筋肉の凝り、関節の痛みが一瞬でほぐれてしなやかさを取り戻します。
ケアする場合は、反対の手の親指の腹をツボに当て、骨のキワに向かって、じわーっと深く優しく5秒間押し込むのを左右交互に5回~7回ほど繰り返してみてください。足がつった時や、寒さで関節が痛む時にここを優しくマッサージするだけで、フレイザの収引の糸を打ち破った枢先生たちのように、足腰が軽やかでしなやかな動ける身体を取り戻すことができますよ。
次なる第574話は、本日**7月24日(金曜日)の夜【21:00】**に更新を予定しております。傀儡師フレイザを破り、ついに到達する「永久凍土の祭壇」。そこに眠る寒邪の真の元凶とは!? どうぞお楽しみに!




