第571話「極寒の便りと、凍りつく血脈」
ホストシステム『マザー・ギガ』を解体し、過労と搾取の覇権に苦しんでいた新大陸の人々に健やかな「休日と休息」を取り戻した枢先生率いる往診チーム。アルスラーンたちが新たな労働環境の再建へと歩み出す中、彼らのもとへ遠く離れた極寒の東方大陸より、一羽の氷の伝書鳥が舞い降ります。そこに記されていたのは、全身が凍りつき、気血の巡りが完全に停止していく未知の流行病――『凍血病』の脅威でした。新章『第七章』の幕が上がります!
ギガワークスの中枢プラントが解体されてから数日。
かつて不夜城のように休むことなく稼働し続けていた地下都市『ギガ・アンダーグラウンド』には、柔らかな陽光が降り注ぎ、あちこちで労働者たちの穏やかな笑い声が響いていた。
「枢先生、こちらのお茶をどうぞ。アルスラーンさんが新設した『労働者保養所』で採れた、身体を温める紫蘇と生姜の薬草茶です」
ハクが湯気の立つ茶器を差し出し、枢はそれを両手で受け取って一口啜った。
「……美味しいですね。気血の巡りが優しく整う、素晴らしいブレンドです」
「おうよ! 地下のみんなも、生まれて初めて『ぐっすり8時間眠る』ってことを体験して、顔色が劇的に良くなってやがるぜ! 筋肉のコリもすっかり抜けて、斧が軽くて仕方がねえ!」
ガストンが豪快に笑いながら、手入れの行き届いた戦斧をポンと叩く。
「 clinical に見て、平和そのものだな。だが……平和すぎるってのは、往診チームにとっては次の仕事の予兆(前触れ)でもあるんじゃないか?」
屋根の上の影からひらりと飛び降りた哭が、短剣の柄に手を置きながら、北の空をじっと見つめた。
その直後のことだった。
ヒュルルルルル……!
抜けるような青空を切り裂き、一筋の「白い凍える風」が往診チームの頭上へと吹き抜けた。
見上げれば、透明な氷の結晶でつくられたような一羽の小さな鳥――東方魔導郵便の『霜結晶鳥』が、羽を小さく震わせながら飛来し、枢の差し出した右手の上へと舞い降りたのだった。
「これは……『寒邪』の気を帯びた伝書鳥……!?」
霜結晶鳥がパリンと音を立てて砕けると、その中から羊皮紙の巻物が現れた。
そこに記されていたのは、東方に位置する極寒の大陸『氷鎖連峰ガルフレイド』の自治領主からの、切迫した救助要請(SOS)であった。
『――救世の聖鍼師、枢殿へ。我がガルフレイド領は今、過去数百年に一度という未曾有の大寒波と、それに伴い発生した未知の奇病【凍血病】の猛威により、存亡の危機に瀕しております。感染した者は全身の手足の末端から紫黒色に変色し、激痛と共に血脈が内側から凍りつき、やがては心臓まで凍結して命を落とすのです。どれほど火を焚いても、体内の冷え(内寒)は収まりません。どうか……我が民を救うため、その温かな医術を貸してはいただけないでしょうか――』
「全身の血脈が……内側から凍りつくだと……!?」
ガストンが書状を覗き込み、思わず身震いをした。
「東洋医学において『寒』は収引(しゅういん:引き縮めること)の性質を持ちます。激しい外寒が体内に侵入して『脾』と『腎』の陽気を奪うと、温める力を失った血(血液)は流れるのをやめ、凝固・凝集してしまう(陽虚凝滞)……! これは放置すれば、領民全員の組織が壊死してしまいます!」
枢の白銀の瞳に、強い真剣な光が宿った。
「 clinical に見て、新大陸の過労(熱病)の次は、極寒の地の冷え(寒病)か。相棒、断る理由はないよな?」
哭が不敵な笑みを浮かべ、短剣を腰に収め直す。
「勿論です。病がそこにある限り、往診鞄を抱えて駆けつけるのが私たちの道です!」
「往診の準備、完了しています! 防寒用の漢方生薬(附子や乾姜)も大量に積み込みました!」
ハクとリナが、新しく補給された巨大な往診鞄を力強く持ち上げた。
こうして、新大陸の過労支配を打ち破った往診チームは、さらなる未踏の地――永遠の氷雪と絶望の冷気に包まれた東方寒冷大陸『ガルフレイド』へ向けて、新たな旅立ちを決意したのである。
◇
数日後。
魔導飛空艇『白銀号』に乗って大雲海を越えた一行の目の前に、地平線全体を真っ白な氷河と鋭利な氷山が覆い尽くす、圧倒的な冬の世界が姿を現した。
「うへぇ……ッ!? なんだこの寒さはぁぁッ!? 吐く息が一瞬で凍って床に落ちるぞッ!?」
飛空艇の甲板に出たガストンが、ガタガタと全身を震わせながら自分の腕を摩った。
「これが……東方寒冷大陸ガルフレイド……。空気そのものが、刃物のように刺さる『寒邪』に満ちています」
枢は白銀の医療着の上に毛皮のコートを羽織り、眼下に広がる港町『氷凍港ノース・ヴェイル』を見下ろした。
しかし、港の煙突からは薪をくべる煙が一筋も上がっておらず、町全体が静まり返っていた。
飛空艇を着陸させ、一行が町の広場へと足を踏み入れると、そこには息をのむような凄惨な光景が広がっていた。
「……たす……けて……寒……寒い……」
住民たちが、凍りついた石畳の上にうずくまり、絶え間なく身をよじらせていた。
彼らの指先や足先は完全に紫黒色(紫斑)に変色し、触れれば氷のように冷たい。暖炉で薪をどれほど激しく燃やそうとも、彼らの体内の熱(陽気)は完全に枯渇しており、皮膚の表面にびっしりと「氷の結晶」が浮かび上がっていたのだ。
「これ……本当に人間かよ……!? 体温が、まったく感じられねえ……!」
哭が倒れていた青年の手首に触れ、その冷たさに息をのんだ。脈拍は極限まで細く、遅い(微細遅脈)。
「これこそが『凍血病』の正体……。強烈な寒邪が人体の最深部である『少陰経(しょういんけい:心と腎)』に直接侵入し、生命の根源たる『命門の火』を鎮火させてしまった『直中少陰』の重篤な病態です!」
枢は即座に往診鞄を開き、内側から陽気を爆発的に補う聖鍼と生薬の調整に入った。
だがその時、広場の奥にある巨大な氷の氷柱の中から、重厚な甲冑に身を包んだ「全身が氷でできた巨漢の男」が、地鳴りのような足音を立てて姿を現した。
「……外の医者か……。無駄だ……。このガルフレイドは、氷の魔神の呪いによって……すべての気が凍りつく運命なのだ……!」
東方寒冷大陸を統べる冷酷なる守護者、そして『凍血病』の謎を握る男とのエンカウント。
往診チームの新たな戦い――『絶命の寒邪』との極限の救命劇が、いまここに幕を開けたのだった。
第571話をお読みいただき、ありがとうございました。
今回より、新章**『第七章:東方寒冷大陸と絶命の寒邪』**が堂々開幕いたしました! 前章の過労と熱病の世界から一転、舞台はすべてが凍りつく極寒の東方大陸『ガルフレイド』へ。全身の血脈が凍りつく奇病『凍血病』に対し、枢先生たちが「陽気(体温と生命力)」を取り戻すためにどのような温める治療(温経散寒)で挑むのか、新章の熱い展開をどうぞご期待ください!
さて、今回は作中の『凍血病』の初期症状のように「激しい冬の冷え込みや冷房の当たりすぎ、あるいは生まれつきの冷え性によって、手足の末端(指先・足先)が氷のように冷たくなり、紫っぽく変色して痛みを感じたり、全身がゾクゾクと寒気(悪寒)に襲われて体内の温まり(陽気)が完全に途絶えてしまった時」に、体内の深部(骨盤や腎)にある「生命のコンロ(命門の火)」を劇的に燃え上がらせ、全身の血脈に熱い血液を即座に巡らせて手足の末端までポカポカに温めてくれる、下半身の絶対的温める名穴をお届けします。
今回ご紹介するのは、おへその真裏(腰)にある、生命のエネルギー源を司る超重要穴『命門』です。
場所は、**背中(腰)側にあり、おへそのちょうど真裏にあたる背骨(第2腰椎棘突起下)の凹み(腰の骨の出っ張りの間にある指で押すとズーンと響くところ)**にあります。
東洋医学において、ここは「生命(命)の門(入り口)」の名が示す通り、体内のすべての熱エネルギーの源泉である『原陽・命門の火』が宿る、東洋医学の最暖の拠点です。冷え(寒邪)が侵入して身体が凍えきっている時は、この『命門』の周りの筋肉がカチコチに凍りつき、熱を生み出す力が完全にストップしています。ここを適切に温め・刺激することで、作中の枢先生が陽気を呼び覚まそうとしたように、体内のコンロが一気に点火され、腰から下半身、そして手足の末端へと熱い血液の巡りが劇的に吹き荒れます。
ケアする場合は、両手を後ろに回し、拳の関節や手掌の温かい部分を『命門(おへその真裏の腰)』に当てて、上下にゴシゴシと摩擦熱が出るまで30秒ほど力強く擦り合わせるか、市販の貼り付け型カイロをこの『命門』の上に1枚貼ってみてください。腰から全身へと驚くほどの温もりが広がり、凍血病の冷えに立ち向かう枢先生たちのように、寒さを吹き飛ばしてポカポカと温かな活力に満ちた心身を取り戻すことができますよ。
次なる第572話は、本日**7月23日(木曜日)の夜【21:00】**に更新を予定しております。氷の守護者との対峙、そして『凍血病』を打倒するための枢先生の温める刺鍼術とは!? どうぞお楽しみに!




