第569話「狂気の灼熱と、清心なる鎮魂」
『マザー・ギガ』の生体CPU(燃料)として捕らえられ、裏切りと絶望の熱によって「心包火旺」の狂乱に陥ったCEOアルスラーン。往診チームへと牙を剥く彼を前に、枢先生は心臓を護る膜の火を鎮め、狂気の呪縛を解き放つための最重要穴『大陵』の聖鍼を手に、魂の救済をかけた「清心瀉火」の神技に挑みます。
「オオオオオオオオッッ!!」
地下の心臓プラントに、人とも獣ともつかぬ絶叫が響き渡った。
アルスラーンの全身に突き刺さった黒い魔導針が、生体水晶コアから供給される邪気を吸い上げて禍々しく発光する。彼の瞳からは理性の光が完全に消え去り、膨大な過労の怨念と「裏切られた絶望」が、真っ赤な炎となってその肉体から吹き出していた。
「目標の排除……および……気血の強制回収を開始する……!」
アルスラーンが地を蹴った。
その速度は音速を超え、ガストンの構える鉄盾へと一瞬で肉薄する。彼の手先からは、心包の熱が凝縮された黒赤色の爪状の気が伸び、ガストンの堅固な防壁を紙のように切り裂いた。
「ぐあっ……!? 速ぇ、そして重ぇッ! これが地上の最高経営責任者の本当の力かよッ!?」
ガストンが衝撃に耐えかねて数メートル後方へ吹き飛ばされる。
アルスラーンの体内で暴走する「心包火旺」は、人体のリミッターを強制的に解除し、経絡を焼き切りながら筋力を異常増幅させていた。このままでは彼の生命力そのものが数分と持たずに尽きてしまう。
「 clinical に見て、あのまま暴れさせたらおっさんの肉体は自爆するぜ! 影で動きを止める!」
「待ちなさい、哭! 彼の身体に無理な衝撃を与えれば、心臓(心包)の火がそのまま脳へと跳ね上がり、精神が不可逆的に破壊されます!」
枢は白銀の衣を翻し、真っ直ぐにアルスラーンの突撃の軌道上へと躍り出た。
「死ね……! システムの阻害要因め……!」
アルスラーンの黒赤色の爪が、枢の胸元を狙って振り下ろされる。
「ハク、リナ! 彼の頭上から『竹葉石膏湯』の気化生薬を散布し、肺と心の浅い熱を冷ましなさい!」
「はいッ! 冷却スプレー、噴射します!」
ハクとリナが往診鞄から取り出した冷却生薬の霧が、空気中の熱を急速に奪っていく。
アルスラーンの動作がほんの一瞬、清涼な香りに触れて鈍った。そのわずかな「死角」を、枢の鋭い眼光が見逃さなかった。
(心包は心の外囲……。過酷な責任感と絶望の熱が、ここに極限まで溜まり込んでいる。この熱を『大陵』から抜き去らねば、彼の魂は永遠にマザー・ギガの奴隷のままです!)
シュッ――!!
枢の手に握られた、氷のように透き通る青い聖鍼『大陵』が、夜空を疾走する流星となって閃いた。
アルスラーンが振るう凄まじい爪の合間を滑り抜き、枢の指先がアルスラーンの左手首の内側――2本の太い腱の間に沈む『大陵』のツボへと、寸分の狂いもなく吸い込まれるように刺入された!
ジュウウウウウウウウッ!!!!
「が……あ……っ!? ぐあああああぁぁぁぁッッ!?」
手首のツボに聖鍼が打ち込まれた瞬間、アルスラーンの口から、まるで煮えたぎるマグマのような黒い蒸気が噴き出した。
聖鍼『大陵』を通じて、心臓の周りにこびり付いていた狂気の熱(心包火)が、一気に体外へと引き抜かれていく。それは、彼がCEOとして背負い続けてきた「休めない恐怖」「敗北への焦躁」「誰にも弱音を吐けない孤独」という、過労の真の病毒であった。
「無駄だ、聖鍼師!」
天井の生体水晶コアから、マザー・ギガの冷徹な声が轟く。
「個体001の心包熱を抜こうと、このコアから無限の邪気を送り込めば済むこと。彼の肉体が灰になるまで、過熱駆動を継続する!」
水晶コアから、さらに太い黒い稲妻がアルスラーンの全身に刺さる魔導針へと注ぎ込まれようとした。
「そうはさせねえぜ……! clinical に見て、あんたのその悪趣味なコンセント、全部ぶち抜いてやるよ!」
哭の放った幾重もの影の刃が、空間を切り裂いて疾走した。
「『影断・経絡遮断』ッ!」
アルスラーンの背中に突き刺さっていた黒い魔導針の基部を、哭の影の刃が正確に一閃。マザー・ギガとアルスラーンを結んでいた「搾取のライン」が、次々と火花を散らして切断されていく。
「な……我がエネルギー吸入ラインが……切断されただと!?」
「ガストンさん、ジークさん! アルスラーンさんを抱き止めなさい!」
「おおおっ!! 任せとけぇい!!」
ガストンとジークが同時に飛び出し、邪気の供給を絶たれて倒れ込むアルスラーンの巨体を、力強い腕でしっかりと受け止めた。
アルスラーンの真っ赤に染まっていた瞳から、不気味な赤光が消え去り、元の静かな、しかし深い疲労を叩えだ眼差しが戻ってくる。
「……す……すまない……往診チーム……。私は……また、君たちに命を救われたのか……」
手首に刺さった聖鍼『大陵』の青い清熱の光を感じながら、アルスラーンは膝をつき、絞り出すような声で呟いた。胸の灼熱するような苦しみと動悸は完全に去り、彼の呼吸は穏やかで清らかなものを取り戻していた。
「礼には及びません、アルスラーンさん。あなたはもう、会社の『燃料』でも『部品』でもありません。ひとりの、患者です」
枢は優しく微笑み、アルスラーンの手首から『大陵』の聖鍼を静かに抜き取った。
「バカな……個体001が……我が制御を離れたというのか……!? 不条理だ、不効率だ! 人間など、ただ働いてエネルギーを差し出せばいいのだ!!」
自らの適合者を奪われたマザー・ギガの生体水晶コアが、激しい怒りと共に赤黒く変色し、プラント全体を振動させるほどの異常振動を始め出した。
「静まりなさい、マザー・ギガ。過労という偽りの効率でしか世界を維持できないあなたに、これ以上人間を弄ばせはしません」
アルスラーンを正気に戻した往診チームは、ついに新大陸の過労支配の根源――暴走するホストシステム『マザー・ギガ』本体との、最終決戦の火蓋を切るのだった。
第569話をお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、マザー・ギガに操られ狂暴化していたCEOアルスラーンに対し、枢先生が手首の最重要穴『大陵』による清熱の刺鍼を施し、さらに哭の影と仲間たちの連携によってマザー・ギガの搾取ラインを断ち切ることで、アルスラーンの魂を絶望の熱から救い出す劇的な「清心瀉火」の復活劇を描写いたしました。人柱から解き放たれたアルスラーンと共に、いよいよ暴走するホストシステム本体への最終攻撃が始まります。
さて、今回は作中のアルスラーンのように「激しいプレッシャーや絶え間ないストレス、理不尽なトラブルによって胸が締め付けられるように苦しくなり、イライラや激しい動悸、手足の火照り、あるいは夜も不眠でうなされるほどの精神的なオーバーヒート(心包の熱)」に襲われた時に、心臓を護る膜に溜まった狂熱をクーラーのように強力に冷却し、乱れた感情と自律神経を静かで澄み切った状態へ一瞬で戻してくれる名穴をお届けします。
今回ご紹介するのは、作中で枢先生がアルスラーンを救うために用いた、手首の最重要穴『大陵』です。
場所は、手首の内側(手のひら側)の横シワのちょうど中央で、手首を軽く曲げた時に浮き出る2本の太い腱(橈側手根屈筋腱と長掌筋腱)の間のくぼみにあります。
東洋医学において、ここは「手厥陰心包経」の原穴であり、精神の安定と心臓の保護を司る最重要拠点です。ストレスや疲労で心包に熱が溜まっている時は、この『大陵』が張って硬くなり、押すとズーンと胸の奥まで響く強い痛みを覚えます。ここを適切に刺激することで、作中の枢先生が『大陵』を刺鍼したように、心包の熱がスーッと抜け、胸の圧迫感や激しい動悸、抑えきれないイライラが一瞬で鎮まり、穏やかで落ち着いた心身を取り戻すことができます。
ケアする場合は、反対の手の親指の腹をツボに当て、手首の芯に向かって、じわーっと深く優しく5秒間押し込むのを左右交互に7回ほど繰り返してみてください。大事なプレゼン前の緊張や、精神的に追い詰められた時にここを優しくマッサージするだけで、マザー・ギガの呪縛を打ち破った枢先生たちのように、静かで揺るぎない確かな心を取り戻すことができますよ。
次なる第570話は、本日**7月22日(水曜日)の夜【21:00】**に更新を予定しております。暴走を深めるホストシステム『マザー・ギガ』との最終決戦! 枢先生が放つ、過労の鎖を断ち切る最後の聖鍼とは!? どうぞお楽しみに!




