第560話「冷徹なる効率主義(CEO)と、乾いた玉座」
黒鉄の城塞の職員たちを「滋陰潤肺」の術で救い出した枢先生率いる往診チーム。彼らはついに、すべてを干からびさせる燥邪が渦巻くタワーの最上階へと足を踏み入れます。そこに君臨するギガワークス最高経営責任者(CEO)アルスラーン。人間の感情や生命活動をすべて「非効率」として切り捨てる冷徹な独裁者との、宿命の問答と最終決戦の幕開けを描写いたします。
黒鉄の城塞の最上階へと繋がる直通の昇降機が、重々しい金属音を立てて停止した。
扉が開いた瞬間、往診チームを襲ったのは、これまで経験したことのない、肌がピリピリと裂けるような超高濃度の「乾燥」だった。空気中に含まれるはずの水分が、高度な魔導術式によって一滴残らず排除され、呼吸をするだけで喉の奥が張り付き、肺が悲鳴を上げる。
「――ようこそ、東洋の聖鍼師。そして、かつて我が組織に牙を剥いた落ちこぼれたちよ」
部屋の奥、鉄の歯車を組み合わせた巨大な「玉座」に座る男が、冷徹な視線を枢たちへと向けた。
男の名はアルスラーン。新大陸の全土を覆う巨大複合企業ギガワークスの頂点に君臨する最高経営責任者(CEO)である。仕立ての良い黒い衣服に身を包んだその姿は一見、知的で理知的な紳士に見えるが、彼の両目には生命の揺らぎが一切なく、まるで精密機械の光学レンズのような無機質な光を湛えていた。
そして、彼の玉座の傍らには、巨大な「黒いガラスの砂時計」が設置されていた。
砂時計の中を落ちているのは砂ではなく、不気味な黒い光を放つ液体――新大陸の住人たちから搾取し、完全に干からびるまで濃縮した「生命の結晶」であった。滴り落ちる黒い一滴が、ギガワークス本営のすべての魔導兵器や、都市の支配術式を駆動する絶大なエネルギー源となっているのだ。
「 clinical に見て、あんたの顔色は最悪だな、CEOさんよ。他人から吸い上げた命の砂時計の横で、自分自身も完全に干からびてやがる」
哭が短剣の柄を握り締め、鋭い視線でアルスラーンを射抜く。
哭の言う通り、アルスラーンの皮膚は滑らかに見えるが、その経絡を流れる気血は完全に「死の静寂」に支配されていた。彼は他人の生命を吸い上げるだけでなく、自身の肉体さえも、感情や休息といった「非効率な生命活動」を完全に排除するための魔導手術を施し、感情を無くした無機質な駆動体へと改造していたのだ。
「非効率。それこそが、この旧世界を滅ぼしかけた最大の病原だ」
アルスラーンは静かに立ち上がり、両手を広げた。
「人間は、感情に振り回されて休む。傷つけば立ち止まり、悲しめば生産性を下げる。そんな不完全な肉体に価値などない。私のギガワークスは、人間に『最高の効率』を与えているのだ。不眠を、覚醒を、究極の最適化を! それによってこの新大陸は、旧世界の百倍の速度で復興を遂げた。私のやり方のどこに病があるというのだ?」
「――大きな間違いです、アルスラーン」
枢の静かな、しかし大地の底から響くような深い声が、乾燥した室内を震わせた。
彼の白銀の瞳は、アルスラーンの足元からタワー全体、そして新大陸の地盤へと繋がる、完全に崩壊しつつある「自然のバランス」を正確に見通していた。
「あなたが『効率』と呼んでいるものは、生命の持つ『陰陽の巡り』を強引に破壊し、未来の生命力を現在に前借りして燃やしているだけに過ぎません。人間が休み、悲しみ、他者を労わる時間……それこそが、体内の『陰(水分と栄養)』を蓄え、次の『陽(活動の力)』へと繋げるための、最も自然で必要不可欠な『再生のサイクル』なのです。それを非効率と切り捨てて乾燥させれば、最後に待っているのは、ただの砂の城、そして完全な死だけです」
「対話は不要だ。異分子は速やかに淘汰されるのが、市場の原理だ」
アルスラーンが指先をかすかに動かした。
その瞬間、彼の背後に設置された無数の黒鉄のパイプから、すべてを乾燥させ、灰へと変える「極大の燥邪の波動」が、巨大な漆黒のビームとなって往診チームへと放たれた。
「危ねえッ!!」
ガストンが叫び、大地の気を含んだ鋼鉄の盾を前に突き出す。しかし、その絶対的な乾燥の波動に触れた瞬間、頑強なはずのガストンの盾の表面が、まるで枯れ葉のようにボロボロと茶色く乾燥し、ひび割れて削れていく。
「クソッ、盾そのものの水分が吸い上げられて、腐ってやがる……! これじゃ防ぎきれねえぞ!」
「ハク、リナ! 馬車の防護障壁を最大展開し、一歩も前に出てはいけません! 哭、彼の動きを止めるための『極点(気の滞り)』を見つけます。私を信じて、私の影となって動きなさい!」
「合点承知だ、相棒! clinical に見て、あの砂時計の根元がこのタワーの経絡の『関門』だ!」
枢は往診鞄から、自身の全神経と気血を共鳴させるための、深青色に輝く最高峰の聖鍼『太淵』を抜き放った。
それは、人体における呼吸器(肺)の原穴であり、全身のすべての脈を統括する「八会穴の脈会」に通じる、天と地の潤いを結ぶ究極の鍼。
干からびた冷徹なる経営者の暴力的効率主義と、人々の命の巡りを取り戻さんとする聖鍼師の「滋陰潤滑」の頂上決戦。新大陸の未来を決める最後の激突が、黒鉄のタワーの最上階で、ついにその幕を上げるのだった。
第559話をお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、ギガワークスを支配する冷徹なCEOアルスラーンの「無感情の効率主義」という病理と、それに対抗して人間の本源的な生命のサイクル(陰陽の調和)を説く枢先生の宿命の問答、そしてすべてを乾燥させる究極の燥邪との最終決戦の幕開けを描写いたしました。効率のためにすべてを削ぎ落としたアルスラーンに対し、人間としての豊かな潤いと絆を武器に挑む往診チームの勇姿を、どうぞ最後まで見届けてください。
さて、今回は作中のアルスラーンが放つ「すべてを干からびさせ、息をすることすら困難にする究極の乾燥(燥邪)」や、日々の深刻なマルチタスク、過度な頭脳労働によるストレスによって、肺や気管支が完全に乾ききって呼吸が浅くなり、全身の血行(脈)が滞って強い疲労感や息切れに襲われた時に、体内の水分と気血の巡りを瞬時に回復させ、呼吸をどこまでも深く瑞々しく整えてくれる手首の最重要穴をお届けします。
今回ご紹介するのは、手首の親指側にある、全身の脈と呼吸器を統括する名穴『太淵』です。
場所は、**手のひら側、手首の横紋(手首のシワ)の親指側の端にある、親指の付け根の丸い骨のすぐ下(橈骨動脈という、脈がドクドクと触れるくぼみの中)**にあります。
東洋医学において、ここは「手の太陰肺経」の原穴であり、全身の全ての脈が集まる『脈会』という特別な要所です。過労やストレスで自律神経が乱れ、体内の水分(津液)が枯渇して呼吸が浅くなっている時は、この『太淵』の拍動が非常に弱く、硬くなっています。ここを適切に刺激することで、作中の枢先生が聖鍼『太淵』を放ったように、肺の働きを劇的に高めて酸素と水分の供給を全身へと促し、傷ついた気血の巡りを一気に蘇らせることができます。
ケアする場合は、反対側の親指の腹をツボ(脈が触れるところ)に当て、手首の芯に向かって、じわーっと優しく、しかし確実な圧で5秒間押し込むのを左右交互に7回ほど繰り返してみてください。息を細く長く吐きながら押すことで、肺の奥から不要な熱が抜け、乾燥したタワーの邪気に立ち向かう枢先生たちのように、深く瑞々しい呼吸と途切れない活力を手に入れることができますよ。
次なる第561話は、明日**7月18日(土曜日)の【12:00】**に更新を予定しております。アルスラーンの燥邪のビームに対し、枢先生と哭が放つ、経絡を覆す合体奥義とは!? どうぞお楽しみに!




