表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『異世界で「ツボ」を突いたら神と呼ばれた件 〜指一本で魔王も聖女も救い出す、世界唯一の最強聖鍼術〜  作者: 鍼灸師いのぴー
【第五章 : 神代再編・枢復活編】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

525/592

第525話「赤黒き霧の侵入!肺を蝕む乾燥と隠された罠」

激しい「めまい(内風)」の怪異を退け、一時の静寂を取り戻した魔導船。しかし、風が完全に消え去った不気味な「無風」の海域に、今度は音もなく赤黒いねっとりとした霧が這い寄ってきました。

あらゆる病邪を先導して身体の奥深くへと侵入させる、百病の長たる『風邪ふうじゃ』の本領。

霧の奥に潜む新たなる世界の歪みと、往診チームを襲う未知の臨床的危機をお届けいたします。

 あれほど激しく空間をきしませ、世界をぐにゃぐにゃと歪ませていた生温かい突風は完全に姿を消した。


 だが、その後に訪れたのは、生命の息吹すら感じられないほどに冷徹で、不気味なさざ波一つ立てない漆黒の海面だった。魔導船はその滑らかな鏡のような海の上に、ぽつりと取り残されたかのように佇んでいる。メインマストに掲げられた大きな旗は、まるで漆喰で固められたかのように微動だにせず、世界からすべての「音」と「動き」が消失してしまったかのようだった。


 息苦しいほどの沈黙。しかし、その静寂はすぐに、さらなる絶望の予兆によって破られることとなる。


 鏡のように滑らかな海面の遥か水平線の向こうから、地を這うような不気味な『赤黒い霧』が、音もなく、しかし恐ろしいほどの速度でこちらへと迫ってきたのだ。それはまるで、意思を持った巨大な生き物が、魔導船という獲物をじわじわと包み込もうと触手を伸ばしてきているかのようだった。


 魔導船の周囲には、シオンが展開した頑強な魔導防衛結界が張り巡らされている。物理的な衝撃や、並大抵の魔力の暴走であれば、その青白い防壁が完全に弾き返すはずだった。しかし、その赤黒い霧は、結界の魔力粒子をあざ笑うかのように、何の抵抗もなくその隙間を煙のようにすり抜けていく。そして、ジワジワと、確実にデッキの上へと侵入し、瞬く間に辺り一面を満たしていった。


 無風の、逃げ場のない閉塞した空間に漂うその霧。それは、単に視界を奪うだけの代物ではなかった。霧が肌に触れた瞬間、周囲の空気がパサパサとした、異様な「乾燥」を帯び始めていることに全員が気づいた。空気に含まれていたはずのわずかな水分が、目に見えない無数の吸血虫に吸い尽くされていくかのように、急速に消失していくのだ。


「……ゲホッ! ゴホッ、ゴホッ! 何、これ……。急に空気の水分が全部持っていかれたみたいに……喉の奥がカサカサにくっついて……息が、しづらいわ……!」


 リナが不意に口元を両手で強く押さえ、激しく胸を上下させながら、苦しげな空咳を吐き出し始めた。

 彼女の健康的な、いつも瑞々しかった唇は、この赤黒い霧に触れてからものの数十秒のうちに、見る影もなく水分を奪われてひび割れ始めている。唇の端の方には小さな亀裂が入り、そこからじわりと赤い血の玉が滲み出して、彼女の白い肌を伝って落ちた。


「リナさん、無理に喋らないで、まずは呼吸を浅く整えてください! ――我が魔力よ、乾きし大気に潤いをもたらす清涼な霧となれ!」


 シオンが慌てて魔導書を大きく掲げ、呪文を唱えた。彼女の放った魔力によって、リナの周囲の空間に即座に高密度の水分が満たされ、即席の加湿空間が作られるはずだった。しかし、結界の内部にどれだけ清らかな水の粒子を放出しようとしても、その瑞々しい魔力を貪り尽くすかのように、赤黒い霧が激しくのたうち回る。そして一瞬にして、せっかくの水分をすべてカラカラの不快な空気へと変えてしまうのだった。魔法の力による水分供給すら、この異様な渇きの前には完全に無力化されていた。


「ダメだ……! 船の魔導エンジンも、吸気口からこの赤黒い霧を吸い込んじゃってる! 内部の各機関を滑らかに動かしていた潤滑油オイルが、信じられない速さで干からび始めてるんだ! このままだとパーツ同士の摩擦熱で、動力を伝える主要機関が焼き切れちゃうよ!」


 操舵室の窓から、ハクが血相を変えて身を乗り出し、焦燥の声を張り上げた。彼の前にあるディスプレイに表示されたエンジンの油圧と水分の数値は、危険信号を告げる真っ赤なアラートとともに、目に見える速さでゼロに向かって急降下している。カチカチ、カチカチと、金属が悲鳴を上げるような不気味な乾燥音が、船底の機関室からデッキにまで響いてきていた。魔導船という巨大な肉体そのものが、内側から干からびようとしていたのだ。


 東洋医学において『風邪ふうじゃ』という病邪は、単に風を吹かせるだけではない。体表を護る防衛バリアを緩め、別の様々な病邪を身体の奥深くへと連れてくる、いわば「すべての病気の先導者(百病の長)」としての性質を持つ。今回、あの激しいめまいの嵐の後に急に風が止んだのは、決して戦いが終わったからではなかった。風邪が姿を眩ませながら、人間の身体で言えば『はい』を直接侵し、すべての水分を奪い去る凶悪な『燥邪そうじゃ』を世界の隙間へと引き引き連れてくるための、非常に狡猾で計算された罠だったのだ。


「……ふん、体表のバリアが緩んだ隙を完璧に突いて、今度は呼吸器(肺)を直接狙ってきたか。キチキチ……、どこまでも clinical に陰湿な真似をしてくれるではないか」


 哭が乾いた咳を一つ、小さく漏らした。だが、その表情には一切の動揺はない。彼の細長い指先は、冷徹な正確さでケースの奥から一本の白く輝く特殊な鍼を、すでに抜き放っていた。

 喉や皮膚の乾燥、そして水分を失ったことによる激しい空咳。この病態がさらに進行すれば、水分を失った世界の経絡は太陽に干からびさせられた大地のようになり、気の巡りは完全に停止して、魔導船は二度と動かなくなるだろう。


「哭先生、待ってください。無理に標治(表面的な攻撃)でこの霧を吹き飛ばそうとしては好ましくありません。風邪によって深く運ばれた燥邪は、外側から物理的な風で叩くだけでは、さらに奥にある大切な『陰液(体内の水分)』を燃え上がらせ、世界の乾燥をさらに悪化させるだけです」


 枢が往診鞄の金物へと手をかけ、哭の動きを制した。彼の手に握られているのは、優しく柔らかな、どこか瑞々しい新緑のような光を放つ特殊な銀鍼だった。

枢の白銀の瞳は、この乾燥した霧の奥、魔導船全体の水分を執拗に奪い取ろうと不気味に脈動している「真の乾燥の核」を、正確無比に捉えていた。


「私たちは、この渇ききった世界に、力で立ち向かうのではなく、失われた『潤い』を直接補給しなければなりません。チームの皆さん、浅い呼吸を意識して、経絡の内側をこれ以上乾かさないよう守る準備を!」


 喉を激しく突く赤黒い霧の包囲網の中、枢の放つ潤いの銀鍼が、世界の渇きを癒すための clinical な一手を打とうとしていた――。

第525話「赤黒き霧の侵入!肺を蝕む乾燥と隠された罠」を最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。


風の病邪が引き連れてきた、体内の水分を急激に奪い去る「燥邪」の恐怖と、それに対抗しようとする往診チームの新たな苦戦を描く、緊迫のストーリーをお届けいたしました。


 今回は、お話の中でリナたちを苦しめていた「乾燥の病理(燥邪)」について詳しく解説いたします。


 東洋医学において、急激な環境の変化や空気の乱れによって現れる「燥邪そうじゃ」は、人間の体内にある潤い(陰液)を天敵として激しく奪い去る性質を持っています。特に、呼吸を行う「肺」は潤いを非常に好む繊細な臓器であるため、乾燥した空気を吸い込むと真っ先にダメージを受け、リナのような激しい空咳や、喉の痛み、唇のひび割れを引き起こします。枢先生が言う通り、この燥邪に対して力任せに風を吹かせたり攻撃を仕掛けたりすると、体内の貴重な水分がさらに蒸発して悪化してしまうため、内側から優しく潤いを与えて守る治療(滋陰・じいん)が必要不可欠となります。

枢先生がどのようにして魔導船と世界に潤いを取り戻すのか、これからの展開にご注目ください。


月曜日のお昼時、新しい一週間が始まり、午前中のお仕事を終えてホッと一息つかれている時間帯かと存じます。


「冷房の効いたオフィスに長くいて、急に喉がイガイガして空咳が出る」「水分をこまめに補給しているはずなのに、唇や皮膚がカサカサして落ち着かない」という方は、体内のバリアが弱まり、肺の潤いが不足して乾燥のダメージを受け始めているサインです。


そんな時は、午後のお仕事の合間に、手のひら側の手首の横ジワから指幅2本分ほど肘側へ進んだ、太い腱の外側にあるくぼみ(列欠・れっけつ)を、反対側の親指で優しく円を描くようにマッサージしてみてください。呼吸器の機能を高めて喉の潤いを守り、不快な咳や乾燥のトラブルを非常に快適に予防することができますよ。今週も一週間を元気に乗り切るために、まずは喉の潤いをしっかりと保護してあげてくださいね。


乾燥の霧に包まれた魔導船。枢先生の銀鍼は、この渇ききった世界を救うことができるのか――。

次なる第526話は、本日月曜日(6/29)の【21:00】に更新予定です。一日の終わりのリラックスタイムに、さらに加速する物語の続きをどうぞお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ