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『異世界で「ツボ」を突いたら神と呼ばれた件 〜指一本で魔王も聖女も救い出す、世界唯一の最強聖鍼術〜  作者: 鍼灸師いのぴー
【第五章 : 神代再編・枢復活編】

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第503話「地脈の塞(ふさ)がり!噴き出す濁流と紫黒(しこく)の苔」

火曜日の夜、一日の全ての営みを終えて、お休み前の穏やかで濃密なひとときにお届けするのは、物語が大きな山場を迎える第503話です。


今日12時の更新では、領主ギルバート卿の口から、島を襲う「黒熱病」の根源が、大地の命を支えていた『白真の霊泉はくしんのれいせん』の汚染にあることが語られました。原因名ではなく身体の現実に実直に向き合う往診チームは、病の根を断つため、悪臭渦巻く黒岩山への登山を決意します。

今夜描かれるのは、山道を進む一行を待ち受ける大地の悲鳴、そしてついに辿り着いた霊泉の悍ましき姿。

東洋医学が説く大自然と人体の調和を背景に、枢先生たちが目撃する「大地の病巣」の真実とは。一日の終わりに、じっくりと腰を据えて、clinical で息を呑む濃厚な医療冒険劇をどうぞお楽しみください。

 標高が上がるにつれて、黒岩山の登山道は、人間が通ることを拒絶するかのような険しさを増していった。

 ごつごつとした玄武岩の岩肌は、日中の太陽に焙られたわけでもないのに、触れるとじっとりとした不快な熱を帯びている。地表から立ち上る焦茶色の霧は、標高が高くなるほどに密度を増し、まるで生き物のように往診チームの足首に絡みついてきた。


「……くしゅんっ! うう、目がチカチカする。先生、この霧、やっぱりただの煙じゃないよ。吸い込むと、胸の奥が熱くなって、なんだかすごく息苦しい……」

 ネネが真っ白な白衣の袖で口元を幾重にも覆いながら、涙目で咳き込んだ。

 彼女の抱える往診鞄の中では、ゆうべ命を救われた白銀の鷹が、危険を察知したように羽を小さく震わせている。


「ネネさん、無理をしないで。これを取りなさい」

 シオンがすかさず駆け寄り、小さな硝子瓶から薄緑色の丸薬を取り出してネネの口元へと運んだ。

「私が精製した『清肺理気丹せいはいりきたん』です。大気中の邪気が肺の粘膜を傷つけるのを防ぎ、気の巡りを滑らかにします」


「あ、ありがとう、シオンちゃん……。ん、すうっとする。ミントと、お茶みたいな良い香り……」

丸薬を飲み込んだネネの呼吸が、目に見えて楽になっていく。


「ふん、さすがは敏腕調剤師だね。だが、この大地の荒れ方は尋常じゃないよ。見てごらん、路傍の植物がすべて内側から炭化するように枯れ果てている」

 ハクが片眼鏡の倍率を最大に上げ、道端に転がる黒焦げの草木を指差した。

 それらは、火で焼かれたのではない。地中から吸い上げた「熱毒」の水分によって、組織そのものが内側から壊死し、ドロドロの粘液を滴らせて腐り落ちていたのだ。人間に例えるなら、まさにギルバート卿の皮膚に浮かんでいた「斑疹はんしん」と同じ現象が、大地の植物たちにも起きていた。


「……自然界における『地脈ちみゃく』は、人体における『経絡けいらく』そのものです」

 往診鞄を肩にかけ、一歩一歩確実に岩場を踏みしめながら、くるるが静かに口を開いた。

「東洋医学では、人間を小さな宇宙、大自然を大きな宇宙と捉える『天人合一てんじんごういつ』の思想があります。今、この黒岩山で起きていることは、山という巨大な身体の経絡が完全に塞がり、行き場を失った熱と悪血が、地表へと噴き出している状態に他なりません」


「つまり、山そのものが『重度の便秘』か『血流不全』を起こして、脳溢血寸前ってわけか。だったら、俺の出番だな!」

 ガストンが巨大な戦斧を肩に担ぎ直し、不敵な笑みを浮かべて一行の先頭に立つ。

 その頑強な肉体は、周囲の濃厚な毒気をものともせず、むしろ彼の放つ圧倒的な「陽気ようき」が、周囲の霧を一時的に押し戻すほどの障壁となっていた。


「皆、足元に気をつけて。この先、魔力の歪みが極限に達しているわ。――くるわよ!」

 リナの鋭い警告と同時に、カチリと魔導銃の撃鉄が下りる。


 ガサササッ! と、不気味な音を立てて岩陰から姿を現したのは、この山に生息する野生のイノシシの成れの果てだった。

しかし、その姿はあまりにも凄惨だった。巨体は焦茶色の不気味な体液で濡れそぼり、瞳は血走って真っ赤に充満している。牙からは硫黄の臭いがする黒い涎が滴り、苦痛と狂気に駆られた様子で、地響きを立てて一行へと突進してきた。


「熱毒に脳を侵され、理性を失っています! 殺すのではなく、動きを止めて!」

枢が叫ぶ。


「分かってるわよ! ――氷結弾、装填。ターゲット、前肢!」

リナの魔導銃から放たれた青い光弾が、正確無比に猛獣の足元を撃ち抜いた。ズガァン! という衝撃音とともに、イノシシの足元の地面が瞬時に凍りつき、その巨体は勢いよく転倒して岩肌に激突する。


「よし、そこでおとなしくしてな!」

ガストンが電光石火の速さで踏み込み、巨漢の体重をかけて猛獣の背中を組み伏せた。イノシシは狂暴に暴れようとするが、ガストンの規格外の怪力によって、完全に地面に縫い付けられる。


「枢先生、今のうちに!」


「感謝します、ガストンさん」

枢は素早く駆け寄ると、往診鞄から太めの銀鍼を抜き放った。

狙うは、猛獣の脳の興奮を鎮め、内臓の熱を急激に排出するための特効穴。


百会ひゃくえ、そして耳尖じせん!」

シュ、シュ、と、猛獣の頭頂部と耳の先端へ、目にも留まらぬ速さで鍼が刺入された。さらに、耳の先端をわずかに三稜鍼で穿ち、数滴の黒紫色の悪血をしゃする。

すると、あれほど狂暴に白目を剥いて暴れていた猛獣の身体から、フゥゥゥ……と熱い湯気が立ち上り、みるみるうちに興奮が引いていった。血走っていた瞳が穏やかな輝きを取り戻し、まるで深い眠りに落ちるように、静かに息を整え始めた。


「……ふぅ。言葉を持たない動物も、大地の病に冒されれば、これほどまでに狂わされてしまうのですね」

ネネがホッとしたように胸を撫で下ろしながら、枢の手鮮やかな手技に改めて目を輝かせた。


「ええ。ですが、これで確信が持てました。この山の熱毒は、単なる表面的な汚染ではない。もっと深い、大地の根源的な部分で何かが起きている」

枢は鍼を収め、再び山頂を見上げた。


 それからさらに歩めること半刻。一行はついに、山頂付近の開けた窪地――かつて島民たちの命の源であった『白真の霊泉』へと辿り着いた。

しかし、そこに広がっていた光景は、領主の言葉を遥かに超える、この世の地獄のような有り様だった。


「……うそ、これが、病を退ける綺麗な泉だったの……?」

ネネが絶句し、両手で口を覆った。


 かつて清らかな湧き水を湛えていたであろう美しい岩の円池は、今やドロドロとした焦茶色の「泥の沼」と化していた。泉の底からは、ボコッ、ボコッ……と、不気味な泡が絶え間なく湧き上がり、その度に部屋を閉め切ったような濃厚な硫黄臭と、脳を刺すような熱気が周囲に撒き散らされている。

何より異常だったのは、泉を囲む岩肌の変色だった。

本来の灰白色の岩はどこにもなく、まるで巨大な怪物の血管が浮き出たかのように、粘り気のある『紫黒色の苔』が、不気味な脈動を伴ってびっしりと張り付いていたのだ。


「……これは、酷いな。大地の『血』にあたる水脈が完全に腐敗し、滞留している。天球儀の針が完全に逆回転を始めたよ」

ハクが片眼鏡を抑え、冷汗を流しながら呟いた。


「枢先生、見てください。あの泉の真下――地脈の最も太い交差点にあたる岩盤の奥に、不自然な『魔力の塊』が詰まっています。それが、地熱のエネルギーを異常に増幅させ、水脈を内側から沸騰させているんです!」

シオンが魔導書を向け、泉の底に隠された真の病巣を見抜いて叫んだ。


「なるほど、地脈の『気滞きたい』と『悪血おけつ』の物理的な原因が、あの底に眠っているわけですね」

枢の瞳が、かつてないほど clinical な冷徹さと、医師としての壮絶な闘志によって細められた。


「ギルバート卿の治療で学んだ通り、熱の籠もった病巣を閉ざしたままにするのが一番の悪手です。あの泉の底に詰まった『毒の塊』を穿ち、滞った地脈を強制的に流通させなければなりません。――皆さん、これより、黒岩島全体の命をかけた『大地の往診』を始めます!」


「応よ! 待ってました!」

ガストンが戦斧を地面に突き立て、地響きを鳴らす。

夜の帳が完全に降りた山頂、不気味な紫黒色の光を放つ霊泉を前に、往診チームは島一つを丸ごと救うための、かつてない壮大な治療劇へと足を踏み入れるのだった――。

 第503話「地脈のふさがり!噴き出す濁流と紫黒しこくの苔」を最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

いつもより描写を細部まで掘り下げ、文字数・内容ともに clinical な臨場感を大幅に増強した特別ボリュームでお届けいたしました。物語の濃厚な空気感を楽しんでいただけていれば幸いです。


 今回は、枢先生が語った東洋医学の根本思想の一つ『天人合一てんじんごういつ』と、狂暴化した猛獣への救急処置について解説いたします。


 東洋医学において、人間(小宇宙)と大自然(大宇宙)は完全に地続きであり、同じ法則で動いていると考えます。人体を巡る「経絡」と、大地を巡る「地脈」。体内を潤す「血や体液」と、大地を潤す「水脈」。これらはすべて対応しており、作中のように大地の地脈が何らかの原因で詰まれば、そこに「気滞」と「熱籠ねつこもり」が発生し、環境全体の五臓(特に水分を司る腎や、呼吸を司る肺)を蝕む毒霧(外邪)へと変化します。環境の病をなおすことは、すなわち人間の病をなおすことと同義であるという、非常に clinical で壮大な医療観を描いています。


 また、枢先生がイノシシの興奮を鎮めるために用いた「百会ひゃくえ」は、頭頂部の中心にあり、全身の陽気を調整して自律神経の極度な興奮(肝風内動:かんふうないどう)を鎮める絶大の効果を持つ名穴です。耳の先端の「耳尖じせん」からの刺絡しらくと組み合わせることで、脳に上り詰めた異常な熱を物理的に外へ逃がし、一瞬で鎮静へと導く手法は、実際の臨床(救急法)でも非常に重宝される技術です。


 現代の皆様にとっても、火曜日の夜、一週間の疲れやストレスで「頭が冴えて眠れない」「カッカして落ち着かない」というときは、頭頂部の「百会」のあたりを、手のひらで包み込むように優しく円を描きながら揉みほぐしてあげてください。体内にこもった余分な「上気した熱」が足元へと降り、驚くほど穏やかな眠りを迎えやすくなります。今夜はしっかりと頭の熱を冷まし、心地よい静寂の中でお休みください。


 ついに霊泉の病巣へと肉薄し、地脈の詰まりを穿つ決意をした往診チーム。


次なる第504話は、明日水曜日の【12:00】に更新予定です。

明日のお昼休みに、泉の底に眠る「魔力の塊」へと挑む、大迫力の治療の続きをどうぞお楽しみに!

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