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『異世界で「ツボ」を突いたら神と呼ばれた件 〜指一本で魔王も聖女も救い出す、世界唯一の最強聖鍼術〜  作者: 鍼灸師いのぴー
【第五章 : 神代再編・枢復活編】

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第496話「潮風の柑橘(かんきつ)!週末の凪と巡る気血」

土曜日のお昼休み、週末のホッと一息つく穏やかなひとときにお届けするのは、新章『潮騒の交易島編』第496話です。

西海ギルドとの緊迫した価格交渉を見事に乗り切り、大きな危機を脱した中央商務統理府。

激動の数日間が明け、心地よい週末の朝を迎えたサン・バルサ島で、枢先生たちが着手したのは、職人たちが二度と倒れないための「根本的な環境改善」と、身体の奥に残った緊張の残骸を散らすための優しい週末の養生でした。

潮風とともに漂う爽やかな香りと、キャラクターたちの温かい掛け合いに包まれる、新章の新たな展開をどうぞお楽しみください。

 西海ギルドとの大交渉から明けた、土曜日の朝。

 中央商務統理府の庁舎内には、数日前までのあの耳を刺すような算盤の乱打音も、重苦しい沈黙もなかった。

 窓という窓が大きく開け放たれ、そこから流れ込む澄んだ潮風が、部屋に溜まっていた古い羊皮紙の匂いを綺麗に吹き流していく。書記官たちはどこか穏やかな表情で、お互いに声を掛け合いながら、ゆったりとしたペースで書類を整理していた。


「あ、いい香り……! 先生、これ本当にスッキリするね!」

 ネネが庁舎の片隅で、大きなガラス瓶に入った黄金色の液体を、嬉しそうに小皿へと分けていた。

 部屋中に広がっているのは、この交易島を擁するHarima地方の特産である、初夏に実る青い柑橘の果皮をじっくりと搾った特製の香油だ。その瑞々しくもほんのり苦みのある香りが、空間全体を優しく満たしている。


「ふん、ただの果物の皮と侮っていたが、成程ね。頭の芯にこびりついていた、あの数字の残像が綺麗に消えていくようだ」

 ハクが机の上の書類を片付けながら、珍しく満足そうに目を細めていた。


「ええ。東洋医学において、柑橘類の爽やかな香りには、滞った『エネルギー』の流れを劇的にスムーズにする『理気りき作用』があります」

 くるるがオルセンの前に座り、その手首にそっと指先をあてながら微笑む。

「大仕事を終えてホッとした瞬間こそ、身体に溜まっていた緊張の澱が一気に噴出し、体調を崩しやすいのです。今朝の皆さんの脈は、山を越えて穏やかですが、まだ少し気の巡りが滞っています。ですから今は、香りで内側から身体をほぐすのが最も効果的なのですよ」


「本当に、枢先生の言う通りだ……。昨日までは、肩に鉄の板でも入っているかのように重かったが、この香りを吸い込んでいるだけで、自然と深く息が吸える」

 オルセンはすっかり穏やかになった顔で、温かい白湯を口に運んだ。

「だが先生、我々はこれからもこの島で、膨大な数字と向き合い続けねばならない。また同じように、身体を壊してしまう者が現れるのではないかと、それだけが気がかりでね」


 トップとして、部下たちの健康と生活を本気で守りたいという、オルセンの実直な願い。その言葉に、シオンが静かに魔導書を閉じて歩み出た。


「その件ですが、オルセンさん。私とガストンさんで、この執務室の『環境改善案』を作成しました」


「環境改善、だと?」


「おうよ! おっさん、まずはその机と椅子の高さだ」

 ガストンが大きな手で、書記官たちが使う木製の机をトントンと叩いた。

「どいつもこいつも、身体に合わねえ低い机に無理やり背中を丸めて座ってやがる。これじゃあ胸が潰れて、呼吸が浅くなるのは当たり前だ。椅子の高さを少し下げて、背筋が自然と伸びるように職人たちに脚を削らせる。それから、一時間に一度、全員で算盤を置いて外の海を眺める『凪の時間』を五分だけ作れ。これは命令だ」


「ガストンさんの言う通りです。さらに、部屋の四隅にこの柑橘の香油を置き、気の閉塞を防ぎます」

 シオンが提示した具体的な時間割と配置図を見て、オルセンは目から鱗が落ちたように深く感心した。

「素晴らしい……。ただ病を治すだけでなく、病にならないための『仕組み』を作る。これが、往診チームの医療なのだな」


「ええ。そして、その環境を維持するためにも、もう一つだけ、皆さんの身体に『お守り』を授けておきます」

 枢が立ち上がり、オルセンの右腕をそっと手にとった。

 前腕の内側、手首の横紋から指幅三本分ほど肘に向かって上がった場所。二本の腱の間に、枢の指先がピタリと止まる。


 チクリ。


手厥陰心包経てくいんしんぽうけいの経穴――『内関ないかん』に鍼を置きます」


 深く滑り込んだ白銀の長鍼が、オルセンの腕の奥にある神経を優しく捉える。その瞬間、彼の胸の奥、心臓のあたりがじんわりと温かくなり、広大な海を眺めているかのような、絶対的な安心感が身体を包み込んでいった。


「内関は、こころを保護する関所であり、ストレスや不安、プレッシャーによって乱れた自律神経の働きを正常に戻す高名な名穴です。胃のムカつきや、動悸、精神的な動揺を鎮め、内側から『心の余白』を保ち続ける力を与えてくれます。皆さんも、これからの仕事中、胸がザワザワとしたときは、この場所を反対側の親指でじっくりと長めに押してみてください」


 枢の言葉を聞きながら、執務室の書記官たちが一斉に自分の腕の内関を押し始める。

「あ、本当だ。なんだか、ホッとする……」

「来週からの仕事も、これなら焦らずに乗り越えられそうです」

 部屋中に、温かい笑顔と、柑橘の爽やかな香りが満ちていく。


「ふふ、これでひとまず、この島の最初の往診は無事に完了、だね」

 リナが魔導銃を背中に背負い、窓の外の青い空を見上げて満足そうに微笑んだ。


「ええ。ですが、私たちの往診の旅はまだまだ続きます」

 枢は鍼を優しく抜き、往診鞄の型をパチンと閉めた。

「さあ、オルセンさん。せっかくの週末です。今日はもう仕事を早めに切り上げて、皆さまで美味しい地魚でも食べて、ゆっくりと身体を休めてください」


 危機を乗り越え、新しい健康の風が吹き始めた交易島サン・バルサ。

 往診チームの確かな足跡を残し、魔導船はまた次なる出会いを求めて、穏やかな西海へと帆を上げる準備を始めるのだった――。

 第496話「潮風の柑橘かんきつ!週末の凪と巡る気血」を最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。


 激動の西海ギルドとの交渉を終え、土曜日の朝にふさわしい穏やかな養生と、職人たちが二度と倒れないための「環境改善(仕組み作り)」へと踏み込んだ往診チームの物語をお届けいたしました。

 ただ目の前の症状を取るだけでなく、生活そのものを健やかに変えていく枢先生たちの実直な医療のあり方を、週末のリラックスしたひとときに感じていただけていれば幸いです。


 今回、枢先生がオルセンさんたちに伝えた、腕にある非常に重要な名穴「内関ないかん」の効能について解説いたします。


 東洋医学において「内関」は、手厥陰心包経てくいんしんぽうけいに属する経穴であり、古くから「胸、心、胃の不調には内関を用いる」と言われるほど、自律神経の乱れに対して絶大な効果を持つ重要なツボです。また、全身の気の巡りを統括する『陰維脈いんいまく』の交差点でもあります。


 ここは、プレッシャーや不安、精神的なストレスによって心臓がバクバクとしたり(動悸)、胸が苦しくなったり、胃がキリキリと痛むような「ストレス性の自律神経症状」を劇的に和らげる効果があります。さらに、乗り物酔いや精神的な動揺を鎮める『お守り』のようなツボでもあります。


 週末を迎えられ、一週間の仕事の緊張が抜ける一方で、どこか心が落ち着かなかったり、胃腸の重みを感じていらっしゃる皆様にとっても、ご自身の腕の内関を優しく、じんわりと痛気持ちいい強さで長めに(呼吸に合わせて5秒ほど)押してあげることで、非常に深いリラックス効果を得ることができます。


 サン・バルサ島に本物の笑顔を取り戻した往診チーム。次なる島では、どのような出会いと医療ドラマが彼らを待ち受けているのか。


次なる第497話は、本日土曜日の【21:00】に更新予定です。

週末土曜日の夜、一週間の疲れを完全にリセットして心地よい睡眠へと誘うような、温かい物語の続きをどうぞお楽しみに!

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