第417話:裏切りの黒鍼、枢を貫く紫電の絶望と「心経・極」の最終往診
二つの太陽が天頂で重なり、雷鳴の廃都「サンダー・ゴースト」の電圧が臨界点に達する時刻。
しかし、廃都の広場に広がる光景は、もはやこの世のものとは思えない惨状でした。
背中を「黒い鍼」で貫かれ、口から鮮血を吐き出しながら膝をつく枢先生。
その背後に立つのは、かつての優しさを紫の雷光に塗り潰され、冷酷な人形と化したリナ。
そして頭上からは、数万のボルトを纏った将軍が、世界の終わりを告げるような嘲笑を浴びせかけています。
「おやおや……。……。シオン、……ガストン。……逃げなさいと言ったはずですよ。……。リナさん、……あなたの鍼、……。……昔よりも、……。……、……。ずいぶんと、重く……冷たくなってしまいましたね。ですが、……。……。私が施した『完治』は、……そんなに安っぽく……壊れるものでは……ありませんよ。ボルト将軍。……。……あなたは、……。……。一人の女性の心を、……踏みにじりすぎました」
意識が混濁し、経絡が焼き切れる激痛の中で、枢先生の手が、泥にまみれた一本の「銀鍼」を掴み直しました。
12時、正午の往診。裏切りの雷鳴、再発の絶望。
聖鍼師・枢。死の淵からの「逆襲」が、今、始まろうとしています。
廃都を支配する電圧が最大値に達し、空気そのものが「死の放電」を開始する絶望の刻。
枢の背中を貫いたリナの「黒い鍼」は、単なる武器ではなかった。それは、枢がこれまで救ってきた数千人の「病根」を負のエネルギーとして凝縮し、それを逆流させて宿主の経絡を内側から爆破する、暗黒鍼灸の極致。
枢の全身を走る「手少陰心経」が、侵入した紫電によって黒く変色し、彼の心臓は一拍ごとに、激痛という名の断末魔を全身に送り出していた。
「ハハハハ! 見ろ! 聖鍼師の体が、内側から『絶望』に焼かれている! リナ、とどめだ! その男の『心根』を黒鍼で抉り出し、我が雷の永久機関の核に捧げるのだ!」
ボルト将軍が、空中に浮遊しながら巨大な紫電の槍を形成し、逃げ場を失ったシオンとガストンを狙い定める。
リナは感情のない瞳で、枢の喉元に次の一刺しを構えた。その指先は微かに震えているように見えたが、彼女の脳内に埋め込まれた「黒い制御鍼」が、慈愛を強制的に殺意へと変換し続けていた。
「せ、先生……! 枢先生! 嫌だ、死なないでよ! バイタルが……。……。心停止まで、あと十秒しかない! シオンさん、何とかしてよ! 先生が死んだら、この世界から『完治』が消えちゃうんだよ!」
ガストンが、ショートして煙を吹く計測器を抱え、泥にまみれて絶叫する。
シオンは、自身が持つすべての魔力触媒――「黄金の英知」の全フラスコを、自らの周囲で爆発させた。
「黙れ、ガストン! 枢が、……。……。あの男が、こんなところで終わるはずがないだろう! 私の全存在を賭けて、一秒だけ『時間の流転』を停滞させる! 枢! 聞こえているか! 君が教えてくれた『気の巡り』を、今こそ自分自身に施せ! お前の鍼は、他人を救うためだけにあるのではないはずだ!」
シオンの絶叫と共に、周囲の空間が黄金の光に包まれ、降り注ぐ雷撃も、リナの振り下ろす黒鍼も、あたかも琥珀の中に閉じ込められたかのように、極限までスローモーションへと減速した。
それは、シオンが自らの寿命を削って放った、究極の錬金術「クロノス・フリーズ」。
その、静寂に近い数秒間の中で。
枢は、血に染まった瞳をゆっくりと開いた。
「おやおや。シオン。……。……。無理を、させてしまいましたね。……。……。リナさん。……。……泣かないでください。……。……今、その目に刺さった『悲しみの棘』、私が抜いてあげましょう」
枢は、自身の右手に残された最後の一本の鍼――「太古の琥珀鍼」を、あろうことか自身の「心臓」へと突き刺した。
それは、他人に施せば即死、自分に施せば「全経絡の強制再起動」という、聖鍼師の禁忌中の禁忌。
――ドクンッ……、ドォォォォォォォォォンッ!!
枢の体から、黒い雷をすべて弾き飛ばす「白銀の衝撃波」が放たれた。
侵入していた黒い湿毒が、彼の毛穴という毛穴から蒸気となって噴き出し、焼き切れていた経絡が、猛烈な速度で「再生」を開始する。
シオンの術が解けた瞬間、リナの黒鍼を、枢は素手で受け止めていた。
「な、……!? 自分を刺して、……暗黒の呪いを上書きしたというのか! 聖鍼師、貴様、正気か! 自らの命を削ってまで、その女を救うというのか!」
ボルトが驚愕に目を見開く。
枢は、リナの頬を伝う「紫色の涙」を優しく指で拭った。
「リナさん。おかえりなさい。……。……。もう、自分を責めなくていいのですよ」
枢の指先が、リナの延髄に埋め込まれていた「黒い制御鍼」を、一瞬の澱みもなく抜き去った。
リナの瞳から不気味な雷光が消え、彼女の体から力が抜け、枢の胸へと倒れ込む。
「あ、……。……枢……? 私、……私は……」
「後で、ゆっくりとお話を聞きましょう。今は、少しだけ休んでいてください」
枢はリナをガストンの元へと静かに運び、再びボルトを見上げた。
その背後には、もはや穏やかな光ではない。
憤怒さえも超越した、「救済の執念」が具現化した巨大な銀色のオーラが、廃都の雷雲をすべて吸い込み、巨大な「一本の鍼」へと形を変えていく。
「先生、……。バイタルが、測定不能なほどに跳ね上がっています! 先生の『気』が、……。……。廃都の全電圧を、自分自身の『治癒エネルギー』に変換しちゃったんだ! 先生が、……『生ける往診室』そのものになっちゃった!」
ガストンが、再起動した計測器が表示する「無限(∞)」の数値を見て、腰を抜かした。
「ボルト将軍。おやおや。……。……。あなたの診察、まだ終わっていませんでしたね。……。……。自分の力を過信し、他者の尊厳を焼き尽くすその『傲慢』。……。……今、私がその肥大化した病根、……。……根元から完治させてあげましょう」
枢が構えたのは、銀鍼ではない。
彼の「指」そのものが、光り輝く鍼と化していた。
「フン、……。……抜かせ! 瀕死の分際で、この我が『神雷』を止められると思うな! 死ね、聖鍼師! 世界と共に、塵に還れ!」
ボルトが全魔力を込めた、巨大な雷神の槌を振り下ろす。
しかし、枢はその雷撃の中を、まるで風に舞う花びらのようにすり抜け、将軍の眉間へと指を突き出した。
「完治。……『太衝・神罰の往診』です」
第417話。
聖鍼師・枢。
彼は、自らの死を以て、愛する者を救い出した。
しかし、その代償は。
光の中に消えゆく枢の背中を見て、シオンが叫んだ。
「枢、……待て! その術式は、……お前の『存在』そのものを……!」
激光が廃都を包み込み、すべての音が消失した。
つづく。
5月13日(水)12:00、荒れ狂う雷鳴の廃都、最終往診。
聖鍼師、消滅……!?
18時、夕暮れの往診は、第418話「光の彼方の再会、崩壊する廃都と聖鍼師の行方」へと突入する。
5月13日(水)12:00、枢先生の命を懸けた逆襲を描いた第417話を最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今回、枢先生が死の淵で行った禁忌の術式、およびボルト将軍を完治させた手法を解説します。
まず、自身の背中を貫いた「黒い鍼」による経絡の焼き切りに対し、枢先生が用いたのは、自身の心臓へ直接打ち込む禁忌穴**『心経・極』への自刺です。
これは、手少陰心経の起点となる「極泉」のさらに奥、魂の座へと直接気を送り込むことで、死に体の肉体を一時的に「生ける経絡そのもの」へと変貌させる術。これにより、枢先生は自身の体内に侵入した黒い雷(湿熱毒)を、排出させるのではなく、自身の治癒エネルギーへと「強制変換」したのです。
次に、リナさんを操っていた呪いを除去するために、彼女の延髄に隠されていた黒鍼を抜くと同時に施した『天柱』への瞬刺。
ここは脳へのエネルギー流入を司る「柱」であり、ボルト将軍の悪意ある電圧を遮断し、枢先生の清らかな気を送り込むことで、彼女の精神を「熱狂」から「平穏」へと一瞬で完治させました。
そして、最後の一撃。将軍を完治させた『太衝・神罰』。
足の厥陰肝経に属する「太衝」は、全身の怒りと高ぶりを鎮める要穴です。枢先生は廃都の全電圧を自身の指先に集め、それを「極限の鎮静」へと転換。ボルトの肥大化した憤怒と傲慢を、その起点である太衝から根こそぎ「無」へと還したのです。
この往診を経て、枢先生は代償として光の中に消えていきました。。。
本日の夕方、第418話は【18:00】**に予定しております。
光の彼方の再会、崩壊する廃都と聖鍼師の行方。
枢先生を失ったシオンとガストン。そして、正気に戻ったリナ。彼女たちの前に現れたのは、廃都の残骸の中に立つ「ある人物」の影でした。
「おやおや。……。……。そんなに悲しそうな顔をしないでください。……。……。私は、……約束しましたよね。……。……。あなたの心も、……完治させると」
18時、夕暮れの往診。消失の先にある景色。
聖鍼師、伝説の向こう側へ。




