第388話:永久凍土の鍼灸往診、絶望の氷を「温熱の大椎鍼」で溶かし尽くせ
砂漠の熱砂を越えた一行が辿り着いたのは、地平線の彼方まで白銀の死に化粧を施された、永久凍土の王国「スノー・エタニティ」でした。
そこは、愛を失った「氷の女王」が放つ絶対零度の魔力により、春という概念さえも忘れ去られた絶望の地。
空から降るのは雪ではなく、命の脈動を止める「氷の結晶」。
道端で動かなくなった民たちは、死んでいるのではありません。
女王の魔導によって細胞の活動を「凍結」され、永遠の孤独の中に閉じ込められているのです。
「おやおや。シオン。この国の朝は、鳥のさえずりさえも凍りついて落ちてきますね。ガストン。震えていては、大事な指先が鈍ってしまいます。温かいお茶も、ここでは一瞬で氷の刃に変わるでしょう。都の皆さん。そんなに縮こまっていては、心の火まで消えてしまいますよ。私が今、その凍てついた経絡、一鍼の陽光で溶かしてあげましょう」
枢先生は、吹雪が視界を遮る凍土の入り口で、一本の紅蓮鍼を、冷徹な白銀の世界へと構えました。
朝の往診。永久凍土、温熱の鍼灸往診。
聖鍼師・枢。銀鍼一本で、世界の凍土を完治させます。
本来ならば、昇る朝日が世界を等しく温めるはずの時刻。
しかし、スノー・エタニティに差す光には、温度というものが存在しなかった。
入り口の村に足を踏み入れた一行の目に飛び込んできたのは、薪を抱えたまま、あるいは子供を抱きしめたまま、彫像のように固まった人々の姿だった。
彼らの経絡を流れる「気」は、女王の放つ冷気「アブソリュート・ゼロ」によって氷の鎖へと変えられ、その肉体を内側から破壊し続けている。
「先生、計測不能です! 周囲の気温はマイナス百度を突破。人々の深部体温は二十度以下まで急落しています! 血液が循環を停止し、心臓が……、心臓が凍りついて動いていない! なのに、魂の反応だけが、氷の牢獄の中で苦痛の悲鳴を上げ続けているんだ! これじゃあ、ただ温めても、細胞が壊死して救えません!」
ガストンが、真っ白に凍りついた自身の計測器を、折れそうな指で抱きしめながら叫ぶ。
シオンが黄金のフラスコを四十個、星の形を描くように砕き、一行の周囲に「絶対的な零を熱量へと強制的反転させる、極高密度の原子振動触媒」を極大展開した。
「枢、私の触媒で外気は防げるが、彼らの『内なる氷』には届かない! この氷は物理的な低温じゃない。女王の『孤独』という絶望が、彼らの命の火を窒息させているんだ。君が彼らの『陽の門』をこじ開け、自力で発熱させなければ、私の触媒が切れた瞬間に全員が砕け散るぞ。……。賭けだ。君の鍼で、この死の世界に『春の心音』を響かせるんだな?」
「もちろんです、シオン。おやおや。村の皆さん。寒かったでしょう。独りぼっちで、震えていたのですね。ですが、もう安心してください。太陽はあなたの空にあるのではなく、あなたの『背中』に眠っているのですよ。今、私がその閉ざされた温もりの関所、一刺しの熱情で解放してあげましょう」
枢が、氷の結晶が肌を切り裂く極寒の広場へと、静かに、しかし力強く踏み出す。
彼の指先に挟まれた一本の紅蓮鍼――『温熱』が、シオンの原子振動を吸い込み、燃え上がるような気の龍へと変換しているのだ。
枢は、人体のすべての陽気が集まり、全身を温める「生命の炉」である首の付け根を見据えた。
――ドォォォォォォォォォォォォォォンッ!!
一刺し。
枢は村の長老の首の後ろ、全身の熱を統括し、悪寒を瞬時に吹き飛ばす大穴――『大椎』へ、慈愛のすべてを乗せた紅蓮鍼を刺入した。
二刺し、三刺し。
続いて、命の火種を絶やさないための腰の『命門』、そして手足の冷えを根底から解消する**『陽池』**へと、凍てつく空間に紅い軌跡を描きながら鍼を打ち込む。
「おやおや。思い出してください。あなたの身体は、凍るためにあるのではありません。誰かを温めるために、燃えているのですよ」
枢の鍼から放たれた波動が、凍りついていた人々の「陽の気」を爆発的に増幅させ、氷の鎖を内側から粉砕していく。
シオンの原子振動触媒が枢の気と共鳴し、広場を覆っていた絶望の沈黙が、一瞬で「生命の爆ぜる音」へと書き換えられた。
バキ、バキバキバキィィィィィンッ!!
村を覆っていた魔導の氷が、枢の放つ熱によって次々と砕け散っていく。
彫像のようだった人々の肌に赤みが戻り、止まっていた心臓が、まるで春を告げる鐘のように力強く鳴り響き始めた。
「はぁっ、はぁっ。……。熱い。……、身体の芯から、……太陽が生まれたみたいだ! 俺、……俺、また呼吸ができる! 寒くない、……もう、怖くないんだ!」
長老が雪の上に膝をつき、口から真っ白な、しかし温かな息を吐き出しながら、枢の手を握りしめた。
「先生、……。バイタルが沸騰しています! 止まっていた血液が、……先生の気を原動力にして、津波のような勢いで全身を巡り始めた! 先生の鍼が、……。……絶対零度の絶望そのものを『完治』させちゃったんだ!」
ガストンが、民たちが互いの温もりを確かめ合い、涙を流しながら再生の火を囲む光景を見て、枢の背中に、冬を終わらせる春の神の姿を見た。
「もう大丈夫ですよ。雪はいつか溶け、花は必ず咲くのですから」
枢の処置は、極限の寒さから魂を救い出し、自らの力で燃え上がる力を呼び覚ます、鍼灸師としての「温熱」の往診だった。
「バ、バカナッ。……。万物を停止させるあの女王の魔導結界を、……。……ただ数本の鍼による陽気の強制励起だけで、……一村まるごと解凍してしまったというのか!! コレガ、完全復活した枢と、シオンによる、自然界の法則さえも書き換える『陽炎の往診』だというのか!!」
ガストンは、白銀の世界で一人、陽炎のような温かさを纏って静かに微笑む枢の姿に、至高の救済を感じた。
枢は、紅蓮鍼を静かに引き抜き、再生を始めた村を見守った。
「シオン。凍土の往診、幸先の良い滑り出しですね。おやおや。……。ですが、雪山の頂にそびえる氷の城では、まだ自分の『心』を凍らせて、世界の温もりを拒み続ける女王が、冷たい瞳でこちらを睨んでいますよ」
氷の城。女王エルサリア。
彼女は愛に裏切られた悲しみを氷に変え、自らを「冷気の化身」へと変貌させていた。
「ふん、……。……枢。いよいよだな。……。……震えていることにさえ気づかない寂しい女に、……。……。本物の『胸の奥の熱さ』というものを、教えてやろうじゃないか」
第388話。
聖鍼師・枢。
彼は火を持ってきたのではない。
絶望に凍える命の中に、消えることのない「太陽」を灯したのだ。
スノー・エタニティの長い夜が明け、一行はついに女王が待つ「零度の宮殿」へとその歩みを進める。
聖鍼師一行。
12時、正午の往診は、氷の女王エルサリア、孤独の魔人との「心陽再燃の完治」へと突入する。
5月7日(木)08:00、凍土の民に生命の火を還した「温熱の大椎鍼」を最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今回、極限の凍結を救うために枢先生が意識した術式を解説します。
まず、全身を巡るすべての陽の気を強力に励起させ、冷気を一気に体外へ排出させるための起点とした、首の要穴**『大椎』への温熱穿刺。枢先生は、凍土の民を「重度の低体温症と意志の凍結にさらされた巨大な患者」として診立て、その核心を突くことで、滞っていた命の火を瞬時に爆発させました。
次に、生命の根源的なエネルギーを維持し、冷えによる心停止を未然に防ぐためのアンカーとした、腰の『命門』。このポイントを気の点火路とすることで、枢先生とシオンは、民たちの心臓を完治させることに成功したのです。
最後に、末端まで血流を行き渡らせ、凍傷から指先を救い出すための最終回路とした、手の甲の『陽池』。この往診を経て、枢先生は死の凍土に、再び「人の温もり」を取り戻しました。
次回の第389話は、本日【12:00】**に更新予定です。
零度の宮殿。そこでは、自らの心を氷の盾で閉ざし、触れるものすべてを凍らせる孤独の女王エルサリアが待ち受けていました。枢は、その凍てついた心を一瞬で「情熱の炎」で包み込み、女王を元の「愛を知る少女」へと還すための「心陽再燃の完治」に挑みます。
「おやおや。女王陛下。そんなに心を凍らせては、せっかくの美しい顔が台無しですよ。シオン。このお方の氷、少しばかり厚すぎるようです。私の鍼で、その孤独な盾を溶かして、心の奥の『本当の熱さ』を、思い出させてあげましょうか」
12時、正午の往診。零度の宮殿、心陽再燃の鍼灸往診。
聖鍼師・枢。銀鍼一本で、孤独な女王を完治させます。どうぞお見逃しなく。




