第383話:聖都地下迷宮の鍼灸往診、絶滅のウイルスを「清浄の孔最鍼」で霧散させよ
大聖堂の地下に広がる迷宮。そこは、数千年にわたり「ブラック・メディスン」が不治の病を研究し続けてきた、呪われた禁域でした。
彼らが解き放ったのは、人体の免疫系を内側から食い荒らす絶滅のウイルス「オメガ・ディストラクション」。
防護服も魔導シールドも透過するその毒素は、すでに迷宮の空気をどす黒く変色させていました。
「おやおや。シオン。この場所は、呼吸をするだけで肺が悲鳴を上げていますね。ガストン。震えていては、酸素の消費が早まります。鼻から深く吸い、丹田で濾過しなさい。結社の皆さん。病を支配した気になっているようですが、それは大きな間違いです。病とは、生命が調和を求めて上げる『叫び』に過ぎないのですから。私が今、その歪んだ命の断末魔、一鍼の浄化で鎮めてあげましょう」
枢先生は、致死量の毒素が渦巻く闇の中、一本の紫電鍼を、迷宮の「空気の淀み」へと構えました。
10時、午前の往診。聖都地下迷宮、清浄の鍼灸往診。
聖鍼師・枢。銀鍼一本で、歴史の毒を完治させます。
地上に降り注ぐ柔らかな陽光とは裏腹に、地下迷宮は死の静寂に包まれていた。
迷宮の奥から漂ってくるのは、鉄錆と腐敗が混ざり合ったような、生物の本能が拒絶する異臭。
壁に付着した粘液質の菌糸が、枢たちの体温に反応して不気味に脈動し、胞子を撒き散らしている。
それは単なる病原体ではない。ブラック・メディスンが「神の選別」のために作り上げた、意思を持つ暗殺者だった。
「先生、数値が跳ね上がっています! ウイルス濃度が限界値の三千倍! 肺胞に吸い込まれた瞬間に細胞壁を破壊して、全身の経絡をドロドロの液体に変えちゃいます! 防護魔法が腐食されている! もう、ここから先は生身の人間が行ける場所じゃありません!」
ガストンが、激しく咳き込みながら計測器を叩く。
シオンが黄金のフラスコを九つ同時に砕き、一行の周囲に「負のエネルギーを熱量へ変換する極超高温の結界」を強制展開した。
「枢、私の結界も五分が限界だ! このウイルスは、宿主の『生きたい』という意志そのものを燃料にして増殖する。君が彼らの免疫機能を根底から再定義しなければ、迷宮どころか聖都全体が死の腐海に沈むぞ。……準備はいいな。この歴史の澱みを、君の鍼で『原初の清流』へと還すんだな?」
「もちろんです、シオン。おやおや。結社の皆さん。闇の中に隠れて、病を育てるのはもうお終いです。日光を浴びない命は、いつか自分自身の毒で枯れてしまうのですよ。今、私がその淀んだ迷宮、一刺しで清らかな風を吹かせてあげましょう」
枢が、ドロドロとした毒霧が渦巻く中心点へと、迷わず手を差し入れる。
彼の指先に挟まれた一本の紫電鍼――『清浄』が、空間の毒素を逆に自身の「気」のフィルターに取り込み、浄化の雷光へと変換しているのだ。
枢は、迷宮の全空気が循環する「通気口」の最深部、大地の肺に相当する中心穴を見据えた。
――チチチチ、チィィィィィィィィィッ!!
一刺し。
枢は迷宮の基盤石、肺の機能を司り邪気を払う特大穴――『孔最』に相当する魔導回路へ、全細胞を震わせる浄化の鍼を刺入した。
二刺し、三刺し。
続いて、免疫力を極大化させる腕の『曲池』、そして全身の毒素を排泄させる足の**『三陰交』**へと、残像さえ残さぬ速さで鍼を打ち込む。
「おやおや。正しく呼吸をしなさい。あなたの身体は、こんな毒に負けるほど弱くは作られていないはずですよ」
枢の鍼から放たれた波動が、空間に浮遊するウイルスの遺伝子情報を、直接「無害な生命の塵」へと書き換えていく。
シオンの熱結界が枢の気と共鳴し、地下迷宮を満たしていたどす黒い霧が、まるで魔法のように透明な、清涼な空気に一変した。
シュゥゥゥゥゥゥゥ……。
迷宮の奥底で、何千年も止まっていた「風」が吹き抜けた。
壁を覆っていた汚濁の菌糸は白く乾き、砂となって崩れ落ちていく。
「はぁっ、はぁっ。息ができる。……。空気が、甘い。先生の鍼が、……空気そのものを『完治』させちゃったんだ。魔導科学でも不可能だった『因果の浄化』を、鍼一本で……!」
ガストンが、肺を灼くような痛みが消え、全身に力がみなぎるのを感じて驚愕する。
「もう大丈夫ですよ。病を恐れる心こそが、最大の病原体だったのですから」
枢の処置は、歴史の闇に閉ざされた空間そのものを救い出す、鍼灸師としての「浄化」の往診だった。
「バ、バカナッ。……。万物を死滅させるはずの最終ウイルスを、……。……ただ数本の鍼による気感調整と、……大気の経絡再編だけで、無毒化してしまったというのか!! コレガ、完全復活した枢と、シオンによる、環境さえも完治させる『天浄の往診』だというのか!!」
ガストンは、闇に閉ざされていた迷宮に、地上の光が差し込み、澄み渡った空気の中で枢が静かに微笑む光景を見て、医療の概念が根底から覆るのを感じた。
枢は、清浄鍼を静かに引き抜き、空気中に舞う塵を浄化した。
「シオン。地下迷宮の空気、ようやく入れ替わりましたね。おやおや。……。ですが、最深部の研究室では、まだ自分の身体を実験台にして『究極の毒』を完成させようとしている総帥が、血走った目でこちらを睨んでいますよ」
地下最深部。ブラック・メディスン総帥。
自らの血液をウイルスそのものに変え、触れるものすべてを腐食させる「疫病の王」へと変貌した怪物が、枢の来訪を待ち構えていた。
「ふん、……。……枢。いよいよ大掃除の仕上げだな。……。……汚い手で世界を捏ねくり回す男に、……。……。本物の『清らかさ』というものを、教えてやろうじゃないか」
第383話。
聖鍼師・枢。
彼は迷宮の怪物を倒したのではない。
閉ざされた空間に風を通し、生命が正しく呼吸できる場所を取り戻したのだ。
地下迷宮に春の風が吹き抜け、一行はついに闇の総帥が待つ「零号研究室」へと突入する。
聖鍼師一行。
12時、正午の往診は、ブラック・メディスン総帥、疫病の王との「生命再編の完治」へと突入する。
5月6日(水・祝)10:00、地下迷宮の毒を浄化した「清浄の孔最鍼」を最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今回、迷宮全体の毒素を浄化するために枢先生が意識した術式を解説します。
まず、大気の循環を司り、邪気を強力に排泄するための起点とした、迷宮の空気孔にあたる**『孔最』への清浄穿刺。枢先生は、迷宮を「重度の肺炎と気道閉塞を起こしている巨大な患者」として診立て、その核心を突くことで、滞っていた毒素を一気に霧散させました。
次に、宿主(空間)の免疫力を極大化させ、ウイルスが生存できない環境を作るためのアンカーとした、大腸経の要穴『曲池』。このポイントを気の浄化路とすることで、枢先生とシオンは、空気そのものを完治させることに成功したのです。
最後に、大地に溜まった負のエネルギーを排出し、再び生の循環を取り戻すための最終回路とした、足の『三陰交』。この往診を経て、枢先生は地下迷宮を、清らかな風が吹き抜ける「再生の場所」へと変貌させました。
次回の第384話は、本日【12:00】**に更新予定です。
零号研究室。そこでは、自らを疫病そのものに変えた総帥が、枢の血液さえも糧にしようと襲いかかってきます。枢は、狂った細胞の増殖を止め、一人の人間としての「最期」を安らかに迎えるための「生命再編の往診」に挑みます。
「おやおや。総帥。そんなに急いで増殖して、どこへ行こうというのですか。シオン。このお方の血液、少しばかり温度が高すぎるようです。私の鍼で、この狂った連鎖を止めて、元の『静かな鼓動』を、思い出させてあげましょうか」
12時、正午の往診。零号研究室、生命再編の鍼灸往診。
聖鍼師・枢。銀鍼一本で、狂った命を完治させます。どうぞお見逃しなく。




