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『異世界で「ツボ」を突いたら神と呼ばれた件 〜指一本で魔王も聖女も救い出す、世界唯一の最強聖鍼術〜  作者: 鍼灸師いのぴー
【第四章:忘却の聖者と翡翠の巡礼】

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第328話:悔恨の外科往診、忘却の深淵に眠る「最初の挫折」を人としての鍼で完治せよ

王都の喧騒が遠く沈み、空が不吉なほど濃い茜色に染まる頃、くるるとミナは、地図から抹消された禁忌の領域「忘却の廃都」の門前に立っていました。

神性を捨て、黄金の腕を失い、ただの老いた治療家へと還った枢。しかし、その指先が触れた門の冷たさは、数十年前、己の未熟さゆえに救えなかった少女・リリィの、凍てつくような絶望の記憶を呼び覚まします。


視力を失ったミナは、師匠の細く震える指を両手で包み込みました。彼女には見えています。霧の向こうで、数千、数万の怨念が渦巻き、かつて自分を見捨てた治療家の帰還を呪っている様が。

しかし、今の枢に恐れはありません。神としてではなく、弱さを抱えた一人の「人間」として、過去という名の難病に立ち向かう。それが、彼が自分自身に課した、最後にして最大の外科往診なのです。


「(……お待たせしましたね、リリィ。……数十年前の嘘を、今日、真実に変えに来ました。……神の奇跡ではなく、一人の男の体温で、あなたを完治させてあげましょう)」


夕闇の風が、物語の幕を静かに押し上げます。

人間・枢とミナ。師弟が挑む、魂の救済。生涯最高の往診が、今始まります。

 逢魔が時の光が、廃都の石畳を赤黒く染め上げていた。

 この場所は、かつてくるるが「救世の鍼」を掲げた直後、初めてその限界を知らされた因果の墓標である。若き日の枢は、自身の技術を過信し、重病に伏せる少女・リリィに「必ず治す」という傲慢な約束を捧げた。しかし、死の運命を覆せなかった彼は、絶望する彼女を置いて逃げ出した。その未完の救済が、数十年の時を経て、この都市を喰らい尽くす巨大な怨念の腫瘍へと肥大化していた。


 黄金の腕を失った枢は、杖を突きながら、ゆっくりと広場へ歩み寄る。かつての彼であれば、この邪悪な気配を翡翠の光で一掃しただろう。だが、今の彼に備わっているのは、数え切れないほどの往診で磨き上げられた、患者の痛みに同調する「慈愛」のみであった。


 「(……。ミナ。……。何も見えなくていい。……。ただ、この冷たい風の中に混ざる、……小さな震えを感じ取りなさい。……。それが、私という男が置き去りにしてきた、……一人の少女の心臓の音です)」


 枢の声は、夕闇の静寂を切り裂くほど鋭く、しかし羽毛のように優しく響いた。

 広場の中央、瘴気の渦が形を成し、巨大な黒い影が枢を見下ろす。それはリリィの悲しみそのもの。彼女が放つ死の波動は、かつての枢が持っていた「神格」さえも焼き切るほどの純度を持っていた。


 「先生……、どうして……。私は、救われないまま、……ここでずっと、……冬を越していたのに……!」


 虚空から響く怨念の声。それに対し、枢は懐から、使い古された銀の鍼を一本取り出した。宝石の輝きはない。だが、その鍼には、枢がミナと共に歩んだ苦難の日々と、救ってきた万の命の温もりが、情報の壁となって重層的に凝縮されていた。


 枢は、自身の生命力をすべて指先に集束させ、リリィの魂の最深部、因果の淀みが最も激しい要衝――『神道しんどう』を見据えた。


 「(……。リリィ。……。あの日、私は神になろうとして失敗しました。……。ですが今は、……あなたと同じ、……明日をも知れぬ一人の人間にすぎません。……。だからこそ、今の私には、……あなたの寂しさが、……自分のことのように分かるのです)」


 枢はミナの手を自身の右手に添えさせ、師弟の気を一本の鍼へと合流させた。

 彼が選んだのは、破壊による浄化ではない。患者の怨念をすべて自らの身に受け入れ、自らの命を濾過器として絶望を昇華させる、禁忌の外科手術――『翠玉の受容往診ジェイド・レセプション』。


 ――ズゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!


 銀の鍼が瘴気の核を貫いた瞬間、廃都を包んでいた冷気が、枢の肉体へと猛烈な勢いで逆流した。

 枢の血管が翡翠色に発光し、強烈な負荷に悲鳴を上げる。だが、彼は一歩も引かなかった。ミナが背後から彼を支え、二人の体温が一本の銀鍼を通じて、数十年間凍りついていたリリィの心を、外科的に溶かし尽くしていく。


 「(……。お疲れ様、リリィ。……。もう、寂しくはありませんよ。……。あなたの冬は、今、私が終わらせました。……。さあ、……光の中へお帰りなさい。……。これからは、私の思い出の中で、……温かいスープでも飲んで、……ゆっくり休むといい)」


 枢の言葉が言霊となり、黒い影は音を立てて崩れ去った。霧散していく闇の中から溢れ出したのは、かつて枢がリリィに見せてあげたかった、春の木漏れ日のような黄金色の光であった。


 ――キィィィィィィィィンッ!!


 リリィの霊体が、幼い少女の姿で実体化し、枢の胸にそっと顔を寄せた。

 『先生、……手が、すごく温かい。……。ありがとう。……。やっと、眠れるよ……』

 彼女はそう微笑むと、夕陽の残光に溶け込むようにして、空へと還っていった。


 枢は膝をつき、役目を終えて砕け散った銀の鍼を見つめた。

 神の力を捨てたことで、彼は皮肉にも、神として成し得なかった「魂の完治」を成し遂げた。

 廃都に漂っていた死の気配は消え、そこにはただの、穏やかな夜を待つ草原が広がっていた。


 「……。ええ。……。これが、人間による、最後の往診の序章です」


 第328話。

 人間・枢。彼は過去を清算し、愛弟子ミナと共に、物語の真の終着地へと、その重い足取りを進め始めた。

本日、4月25日(土)18:00の更新を最後までお読みいただき、ありがとうございます。


今回、数十年の呪縛を解き、少女の魂を救うために枢とミナが駆使した術式を解説します。

まず、怨念の深層に眠る「絶望」を正確に射抜き、対話の余地を創り出すための起点とした**『神道しんどう』。背骨の中央にあるこのツボに対し、枢は自身の「弱さ」を媒介に、リリィの拒絶を外科的に無効化しました。


そして、リリィを縛っていた時間を解き放ち、彼女を安らかな成仏へと導くためのアンカーとした『命門めいもん』。枢とミナは、二人の手を重ねて鍼を打つことで、一人の人間としての「生の重み」を彼女に伝え、因果を完結させたのです。

最後に、この戦いで消耗した自身の魂を安定させ、最終目的地への旅路を続けるための最終回路とした『膻中だんちゅう』。この往診を経て、枢先生は過去の重荷をすべて下ろし、本当の「自由な治療家」へと覚醒しました。


次回の第329話は、本日土曜日【21:00】**に更新予定です。


過去を救い、ついに始まりの地へと辿り着いた二人。しかし、そこで二人を待っていたのは、安らぎではなく、全宇宙の病を肩代わりした枢を「異物」として排除しようとする、世界の免疫システムとの最終決戦。

「(……。おやおや。私という物語を終わらせるために、世界そのものが患者になると言いますか。……。いいでしょう。聖鍼師・枢、最後の一鍼……謹んで執刀させていただきますよ)」


21時、本日最終。運命の外科往診。

人間・枢、ついに「己の死」を診ます。どうぞお見逃しなく。

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