第26話:見えない毒、広がる影
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治療院を埋め尽くす、苦しみの声。
紫色の煙に蝕まれる市民たちを前に、枢が手にしたのは、未知の汚染物質を吸い出す「黒い磁鍼」でした。
しかし、どれほど治療を続けても終わりの見えない戦い。
枢の鋭い眼光が、パンデミックを操る「黒幕の居場所」を捉えます!
枢が営む「連城鍼灸治療院」は、かつてない混乱の渦中にあった。
普段は、腰痛に悩む老騎士や、美容鍼を求める貴婦人が訪れる静かな隠れ家。しかし今、その前庭には、乾いた咳を漏らしながら崩れ落ちる市民が溢れかえっている。
「先生! 息が……息が苦しいんです! 助けて、助けてくれ!」
男が枢の衣の裾を掴み、血の混じった紫色の痰を吐き出す。
セレスティアラ王女は、枢に命じられた通り、布を幾重にも重ねた特製のマスクを装着し、必死に患者たちの介抱に当たっていた。彼女の白いドレスは、すでに泥と煤で汚れきっていたが、その瞳にはかつてない決意の光が宿っている。
「枢様、この方たち、皆同じ症状ですわ! 喉の奥が焼けるように熱く、いくら水を飲んでも渇きが癒えないと……。これでは、街中の人間が干からびてしまいます!」
「……王女様、慌てないでください。まずは優先順位です。命に別状がない者と、今すぐ処置が必要な者を分けなさい」
枢は冷静だった。いや、冷静すぎるほどだった。
彼は翡翠眼を全開にし、次々と運び込まれる患者の肺を透視していく。
診れば診るほど、その正体が「細菌」や「ウイルス」による自然界の病ではないことが明白になっていく。患者たちの肺胞には、共通して不気味な「幾何学模様」を持つ、紫色の極小の粒子がこびりついていた。
「(……間違いない。これは『魔力の残滓』だ。それも、古い動力源から排出される排気煤に近い。誰かが意図的に、王都の地下水路か空気孔に、この魔導汚染物質を流したな)」
枢は、担架に横たわった一人の少女の前に膝をついた。彼女はすでに意識がなく、呼吸のたびに喉からヒューヒューと、壊れた笛のような音を立てている。
「……王女様、見ていてください。これは病ではなく、『詰まり』です。ならば、鍼灸師のやるべきことは一つ」
枢は往診バッグの奥底から、普段は滅多に使わない、黒い輝きを放つ「磁鍼」を取り出した。強力な磁気を帯びたこの鍼は、金属質の不純物を引き出すための特殊な道具だ。
枢は少女の胸元――『中府』と『雲門』のツボに、電光石火の速さで鍼を打ち込んだ。
「……『肺の門』を開きます。……出ろ!!」
枢が鍼を捻り、独自の「震法」で微細な振動を与えた瞬間。少女の口から、どろりとした紫色の粘液が、まるで意思を持つ蛇のように吐き出された。
「……ぁ、……は、ぁっ!!」
少女の胸が大きく上下し、新鮮な空気が肺を満たしていく。土色だった彼女の頬に、わずかに赤みが差した。
周囲で見ていた患者たちが、どよめきを上げる。
「治った……!? 先生が触れただけで、あの子の息が戻ったぞ!」
「救世主だ! 聖鍼師様は、神の御手をお持ちだ!」
だが、枢はそんな賞賛の声を、氷のような冷徹さで一蹴した。
「……勘違いしないでください。私は、彼女の肺を一時的に掃除しただけだ。街全体の空気が汚染されている以上、ここで何百人治療しようと、家に帰ればまた再発する。……これは、蛇口を閉めずに溢れた水を拭いているだけの無意味な作業です」
枢は立ち上がり、汚れた手袋を脱ぎ捨てた。その視線は、治療院の庭を越え、王都の中央にそびえ立つ巨大な「魔導時計塔」へと向けられていた。
そこからは、目には見えないが、翡翠眼にははっきりと見える「紫色の陽炎」が、王都全域に向けて拡散されていた。
「原因はあそこです。……王女様、悪いですが、これから私の『往診先』はあのアホげなほど巨大な塔になります。……ついてこれますか?」
「……もちろんですわ、枢様! あなたがどこへ行こうとも、わたくしはあなたの助手ですから!」
パンデミックの恐怖に怯える王都で、一人の鍼灸師と一人の王女が、病の根源へと立ち向かう決意を固める。
聖鍼師の「社会への往診」が、今、始まろうとしていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
ついにパンデミックの正体が「魔導汚染」であることが判明しました。
今回登場した『中府』と『雲門』は、東洋医学において肺の気を整え、呼吸を楽にするための極めて重要な入り口です。
現場での応急処置を終え、いよいよ原因の核心へと乗り込む枢とセレスティアラ。
このコンビ、どんどん息が合ってきましたね!
「枢先生のトリアージ、シびれる……!」
「王女様、ドレスが汚れても頑張る姿が素敵!」
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次回、第27話は今日**【21:00】**に更新予定。
封鎖された時計塔への潜入。そこで枢を待ち受けていた「最悪の再会」とは!?




