22.魔法使いと特性(2/3)
授業で魔法陣の模写に失敗した日の放課後。
第五実習室に入った瞬間、私はツバキ先輩に泣きついた。
「ツバキ先輩! 魔法陣の模写って、コツとかないですか!?」
「コツ、ですか」
「はい! ……魔法陣の模写、うまくできなかったんです」
ツバキ先輩に授業の出来事を話した。
最初はミミズみたいなものしかできなかったこと。
クラスメイトに教えてもらった方法で魔法陣は描けたけれど、魔法が発動しなかったこと。
ツバキ先輩と話しているうちに、ミチル先生もやって来て話に加わる。
「あれはきちんとできてると思ったんだがなあ。ツバキが初めて作った魔法陣なんて、もっと凄まじかったぞ」
「もう、いつの話です?」
ツバキ先輩が珍しく、ミチル先生のことを横目でジトッと睨みながらそう言った。
けれど、そのあと私に向き直ったときには、いつもの穏やかな眼差しに戻っていた。
「ミチル先生が戸惑うくらいですから、私に分かるか分かりませんが……。再現していただいてもよろしいでしょうか」
ツバキ先輩はそう言うと、魔力を一時的に可視化させる魔法を使った。
「どうぞ」の合図で、私は紙に描かれた魔法陣を、魔力を集めた指でなぞった。
授業でコツを掴んだので、今日一番綺麗な魔法陣が描けたと思う。
「初日とは思えないほど、丁寧な魔法陣だと思います。おかしなところは見当たりませんね」
魔法陣を見たツバキ先輩も、そう太鼓判を押してくれた。
でも、魔力を流してみても、やっぱり魔法は発動しない。
さらさらと崩れ落ちていく魔法陣に何度目かの虚しさを感じた。
そこで、ミチル先生が不意に口を開く。
「なあ、これ、シヅの特性のせいじゃないか?」
「……え?」
もしかして、私の特性って、『魔法陣が使えない』……?
いや、違う。
魔法を使うとき、私も魔法陣は描いている。
オリエンテーションで水を出す魔法を使ったとき、レース編みのような魔法陣を紡ぎ上げたことは今も覚えている。
それじゃあ……使える魔法陣と、使えない魔法陣がある?
私が悩んでいると、ミチル先生がポツリと呟く。
「魔法陣の解釈が違うのか」
「ええ、それなら辻褄が合います」
ミチル先生とツバキ先輩が頷き合う。
首を傾げる私に、ミチル先生は魔法石の欠片を手渡してきた。
「シヅ、『水を出す』魔法を使ってみてくれ」
戸惑いつつも、魔法石を持って目を閉じた。
思い描いたのは、魔法石が氷のように解けて水になる様子だ。
すると、あのレース編みのような繊細で美しい魔法陣が、頭の中に紡ぎ出されていった。
この想像図通り、魔力を練って伸ばして形作って――
「ちょ、ちょっと待て、シヅ」
ミチル先生の言葉に、魔力の操作を止めた。
目を開けると、私の手のひらを覆うように魔法陣が浮かんでいた。
想像図通りの精巧な魔法陣が再現できている。
こんな複雑な魔法陣でも、頭に浮かんだ魔法陣なら綺麗に描けるんだなあ。
模写をするのは単純な形でも難しいのに。
「……水を出すとき、いつもこの魔法陣なのか?」
「え? はい、たぶん……」
細部までは覚えていないけれど、大体こんな形だったのは間違いない。
でも、ミチル先生が聞きたいのは、そういうことではないと思う。
なんとなく、なんとなーくだけれど……、根本的に何かおかしいんじゃないかな?
ミチル先生の乾いた笑い声と、ツバキ先輩の驚いた顔が、そう告げている。
「いいか、シヅ。『水を出す』だけなら、こうだ」
ミチル先生はそう言いながら魔法石を手に取り、魔法陣をさらりと描き上げる。
ミチル先生の魔法陣はとてもシンプル。
丸の中に、雫型に似た模様が一つあるだけ。
そんな単純な紋様だから、魔法陣自体が指先に乗るほど小さい。
私は目を見張った。
私の魔法陣とは何もかもが違う。
「では、お二人とも、魔法を発動してください」
ツバキ先輩にそう言われ、私とミチル先生はそれぞれ魔法陣に魔力を流した。
ミチル先生の魔法が発動すると、手のひらに一滴だけ雫が落ちた。
それに対し、私の手のひらは水でいっぱいになって、机の上に溢れてしまった。
辺りがしんと静まり返る。
……気まずい。
私の魔法陣、おかしい。おかしすぎる。
ミチル先生とツバキ先輩、そして私、三人で顔を見合わせる。
「特性だな」
「特性ですね」
「特性ですか……」
つまり私は『凝った魔法陣を描かないと魔法が使えない』特性ってこと……?
なにそれ?
私はがっくりと肩を落とす。
「落ち込んでる暇はないぞ。次は特性の法則性を見つけないと」
ミチル先生曰く、特性には法則性があるらしい。
あるのかなあ。こんなに変なのに。
そう思っていたけれど、その法則性は意外と早く見つかった。
それは通常『温度を上げる』魔法陣を私が発動すると、温度が下がってしまったことがきっかけだった。
反対に、通常『温度を下げる』魔法陣を私が発動したら、温度が上がった。
それからしばらくは対になる効果が分かりやすい魔法――『重くする』とか『軽くする』魔法陣を使って、法則性を検証していった。
そして私が魔力疲労を感じ始めた頃、ミチル先生が結論を出した。
「シヅの特性は『反転』。魔法陣の効果が真逆になってしまうんだと思う」
『反転』。
これが私の特性なんだ。
特性が判明したのは嬉しいけれど……地味な特性だなあ、と思わずにはいられなかった。
次話投稿は 2026/4/3 21:00 です。




