19.魔法使いと偽装婚約(2/3)
「ただ、シヅさんを利用していることは確かです。不快に思われたのであれば『偽装婚約』はなかったことに――」
「いいえ、お受けします」
考えるまでもなく、私はそう口にしていた。
だって、今一番辛い立場に置かれているのはツバキ先輩だ。
それなのに、私の気持ちを尊重しようとしてくださっている。
それなら私だって、ツバキ先輩の気持ちを尊重したい。
力になりたい。
「私、ツバキ先輩の婚約者のフリ、頑張ります! 至らないところもあると思いますが、よろしくお願いします!」
目を丸くしているツバキ先輩に、努めて明るくそう言った。
侯爵令息の婚約者なんて、きっと大変だろうなあ。
周囲からどう映るんだろう?
ツバキ先輩に縁談を申し込むご令嬢たちに恨まれるのかな。
作法も不出来で、家格が釣り合わないと嘲られるのかな。
でも、やると決めたからには、やらないと!
ツバキ先輩に恥をかかせないように。
ツバキ先輩が学業に専念できるように。
気遣わしげな視線を感じ、私はニッと笑い返した。
「忘れていらっしゃるかもしれませんが、ツバキ先輩と『偽装婚約』することで私も助かるんです。……婚約者の正体、明かせませんから」
私にとって一番重要なのは、私とシロウ様の『偽装婚約』が公にならないこと。
それ以上に望むことなんてない。
「ええ、そうでしたね……」
でも、ツバキ先輩はまだ歯切れが悪い。
出来過ぎた話だ、と思われているのかもしれない。
うまい話には裏があるものだ、と私もよく父に言い含められていた。
侯爵家ならなおのこと、警戒心が強くて当然だ。
それなら、と私は遠慮がちに口を開く。
「あの、ツバキ先輩。『偽装婚約』に関して、私から一つ、お願いがあるんです」
私がそう言うと、ツバキ先輩の眼差しがすっと冷え、けれどもすぐにいつもの温度を取り戻す。
「まあ、なんでしょう?」
穏やかな口調に対し、私はわざと語気を強くして言った。
「私、強くなりたいんです! だから、体術や魔法を教えてください!」
ツバキ先輩は虚を突かれ、目を点にしていたけれど、しばらくするとふっと表情がほころんだ。
「そのようなことでよろしければ、もちろんです」
「嬉しい! ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」
クラス対抗戦でツバキ先輩の活躍を見たときから、いつかお願いしようと思っていた。
この断りにくい状況でお願いできるなんて、最高に幸運だ!
「それでは」
ツバキ先輩は深緑の目で私をまっすぐに見据え、立ち上がる。
そのまま私の掛けるソファの正面まで来ると、サッと跪いた。
「白陰子爵家ご令嬢、シヅ様。私と『偽装婚約』していただけますか?」
「春花侯爵家ご令息、ツバキ様。ありがとうございます。不束者ですが……、どうぞよろしくお願いいたします」
なんとも不思議な気持ちだ。
「ふふ」とツバキ先輩もおかしそうに笑う。
――「私と『偽装婚約』していただけますか」
ツバキ先輩の最初で最後になるかもしれないプロポーズの言葉が、まさかこんな言葉だなんて。
そして私も、こんなプロポーズをすんなり受け入れることになるなんて。
お互いに言葉を噛み締め、笑い合った。
気付けば雨脚は弱まり、外はうっすらと明るくなってきた。
ツバキ先輩はワゴンから細長い箱を取り出し、私に差し出した。
「シヅさん、こちらをどうぞ」
「私に、ですか?」
「仮初めの婚約ではありますが、結納品がないのは些か不誠実かと思いまして」
「そんな……、わざわざありがとうございます」
シロウ様からも同じことを言われたような、と思いつつ、箱を受け取った。
「開けてもいいですか?」
「もちろんです」
包装を解き、箱を開ける。
入っていたのは……、一本足の花簪だった。
櫛同様、簪も贈り物としては一般的なものだけれど、これはとんでもない高級品だと思う。
軸はピカピカと金色に輝き、赤く大きなツツジの飾りと、下がりに濃淡の違う緑色の宝石がついている。
ツツジの葉と花は布細工で、少し角度を変えるたびキラキラと瞬く。
こんな素敵なもの、私が付けて大丈夫だろうか。
釣り合わないと思うのだけれど。
「すぐにご用意できる物がそれしかなく……。もしお気に召さなければ、無理に付ける必要はありませんので」
「いえ、そんな滅相もない! ありがたく頂戴します」
恐縮しつつ、でも、結納品をご用意してくださったそのお気持ちはすごく嬉しくて、明日の身支度が楽しみになった。
次話投稿は 2026/3/24 21:00 です。




