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死神が下りた戦場で  作者: りん
本編
24/57

セレンが作戦を変えた理由

砦の回廊を歩く三人。夕暮れの空気が落ち着いていた。


今日の軍議から戻ったセレンは淡々と歩いていたが、隣にいたゼイルがふと口を開いた。


「なあ、セレン。ひとつ聞いていいか」


「どうぞ」


歩みはそのまま、返答だけが返る。


ゼイルは前髪をかき上げて、少し言いにくそうに言葉を続けた。


「お前の策って、最初のころは……まあ、正直、冷たいっていうか、無茶だったよな」


「そうだったかもしれない」


「だよなあ」とガロットが笑う。「ゼイルが“俺がやる”って突っ込んで、俺が後ろで全体まとめて、無理やり成立させたとこあったろ。

で、それ以降からじゃねえか? “ゼイルが突く、ガガロットが固める”みたいな名指しの策が出てきたのって」


「……ああ、たしかに」とゼイルも頷いた。「あれ、なんでなんだ?」


セレンは少しだけ間を置いてから答えた。


「単に、お前たちの性能が戦術上、扱いやすかったから。それだけ」


「……は?」


「ゼイルは突破力と瞬間的な火力が高い。ガロットは指揮系統の整理と後衛管理が得意。

全体を構成するうえで、他の兵より特性が明確で、組み込みやすい。そう判断した」


ゼイルとガロットが足を止めて、顔を見合わせた。


「……つまり、“この駒は動きが速くて、あっちは防御が高い”みたいな使い方ってことか?」


「それで正しい。顔が見えたとか、そういう感情論じゃない。

扱いやすい型だったから、戦術を調整した。必要に応じて、道具は選ぶ」


ガロットがため息まじりに笑った。


「おいおい、使い勝手のいい道具ねえ……。まあ、間違ってないけどさ」


ゼイルも苦笑しながら、両手をポケットに突っ込んだ。


「名指しされた時は、多少は俺らへの信頼かと思ってたんだけどな。性能評価だったか」


「信頼があるから、任せたんだ」


「……お、それならまあ、いいか」


ガロットが肩をすくめて笑う。


「全体で勝つための最適配置ってやつか。まあ、納得はする」


「策に組み込まれるってのは、悪くないよな」


「そういうこと。感謝されたいなら、他をあたってくれ」


にべもない返答に、ふたりは笑った。


だがその無骨な答えこそが、何より信頼の証なのだと、ゼイルとガロットは知っていた。


「……もうひとつ、言っておく」


振り返ることなく、そのまま続けた。


「お前たちがいると、周囲の兵の能力が上がる。士気、判断、反応速度……数値で見れば明らかだ」


ゼイルとガロットが目を見合わせる。


「そういう“士気上昇バフ”って、計算できるもんなんだな」


「概算はできる。ただ……お前たちの影響力は、上昇値に振れ幅がありすぎる。

同じ状況でも、結果が違うことが多い。だから、私は途中で計算そのものを切り替えた」


「切り替えた?」


「理想値を基準に、どうやってそこへ誘導するかを考える方向に変えた。

つまり、“お前たちに何を言えば、最大の結果が出るか”を指示に組み込むようになった。そういうことだ」


セレンはわずかに間を置き、ゼイルを横目に見た。


「とくに、お前は厄介だった」


「おい」


「ゼイル、お前は状況次第で、能力が急上昇する。

戦術上“できない”と判定していたことすら、平気で成し遂げる。……予測不能だった」


「ほめてるのか、けなしてるのか……」


「事実を述べただけだ」


肩をすくめるゼイルの隣で、ガロットが笑った。


「……つまり、俺らはセレンの頭を悩ませる“型破り”だったわけだな」


「そうなる。

これほど策を組みにくかった部隊は初めてだった。試行錯誤の連続だった」


セレナの声音には、わずかに柔らかさがにじんでいた。


「ただ、個々の能力をこれだけ組み込めると、損耗率を含めて非常に組みやすいという利点もあった。

ただし……問題は別にある」


わずかに目を細め、遠くを見た。


「――ゼイルのような素材が、まだ部隊の中に眠っているとすれば、それらを事前に計算に組み込むのは難しい。

上昇率のばらつき、覚醒の契機、それを測る基準……それらが定まらない。そこが、今の悩みどころだな」


淡々と語るその口調には、責めるでも呆れるでもない、むしろ淡い誇りのような響きがあった。


ゼイルが、少しだけ難しい顔をする。


「つまり……俺たちの動きが、戦術を変えさせたってことか」


「結果としては、そうだ」


「最初の頃の“コマ”扱いとちがって、最近は“どう動かすか”って考えてくれてる気がしてたんだけど……」


「変わったのではなく、変えた。私は、効率を重視している」


ガロットが笑いながら肩をぽんと叩いた。


「ま、効率重視で使いやすいってのは、光栄なことだよ。きっとな」


ゼイルは少し渋い顔をしながらも、最後には小さく笑った。


「……そうだな。セレンにとって、動かしやすいコマ、か。

だったら俺たちは、最高に動くぜ。お前が戦場にいるかぎりな」


それに、セレンは正面から頷いた。


「頼む」


それは、余計な感情を差し挟まない、ただ一言の、揺るぎない信頼だった。


夕方の風が静かに吹き、三人の間には、妙に心地の良い沈黙が流れていた。


砦の遠く、武具場から兵士たちの掛け声が聞こえる。


「……セレン」


ふと、ゼイルが口を開いた。


「たとえば俺が、また“とんでもないこと”しでかしても、ちゃんと組み込んでくれよな」


セレンは一瞬だけ足を止め、振り返りもせずに答えた。


「無理はさせない。……だが、できるなら、期待には応える」


「おお、こわ」


ガロットが笑い、ゼイルも苦笑する。



けれど――どこか、嬉しそうだった。


セレンの言葉の裏にあるのは、ただの合理性ではない。


策士である彼女の中に、確かに信頼と理解が根を張っていることを、二人は知っていた。


風が銀の髪をなびかせる。


――この戦場に、この部隊に、あの死神がいてよかった。


ゼイルとガロットは、それぞれそんな思いを胸に、セレンの背を追って歩を進めた。




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