西方赴任 ― 崩壊戦線と氷の将の降臨
セレン・カリス・レオントが西方に赴任したのは、王都を発った八日目のことだった。
元の西方司令部はとうに焼け落ち、指揮を執るべき将軍や師団長たちは軒並み討ち死に。
補給路は断たれ、前線も後方もない。各地に散り散りとなった部隊が、山に、森に、町の廃墟に隠れ、独自にゲリラ戦を行う混沌の地――。
それが、彼女が足を踏み入れた「西の地」の現状だった。
彼女が最初に立ったのは、王都への報告もままならぬ半壊の砦。
現地に残った老少佐が、泥と血にまみれた顔で出迎える。
「お、王都からの補佐役……いや、元将軍の代理ですか?」
「違う。セレン・カリス・レオント。以後、この地の軍司令を引き継ぐ」
淡々と告げる銀髪の少女の姿に、砦に残っていた兵たちは一瞬どよめいた。
上級士官で彼女の名を知らぬ者はいない。
“氷の死神”――それは伝説ではなく、王都に君臨する天才軍師の異名だ。
「まさか……姫様が、ここに?」
「王命だ。ここを再構築し、敵を退ける。手を借りる」
セレンはすぐさま、現地の情報を聞き出した。
周辺の状況、部隊の分布、指揮権の喪失、そして唯一“組織として残っている部隊”の存在。
――山地南部の峡谷地帯にて、規模約三百名。
かつての第七小隊を母体とし、部隊長戦死後、指揮系統は現場の下士官が維持。
指揮を執っているのは、二人の軍曹。
名は「ゼイル」と「ガロット」。
「ゼイル、ガロット……?」
名簿を手繰ったセレンは、その記録の少なさに眉をひそめる。
将校ではない。だが、ここで部隊を維持しているという事実。それが何よりの資質だった。
「――その部隊を核に据える。私が直に出向く」
「し、しかし!西の王は現在、あの地に精鋭を差し向けています!危険が――」
「自らが戦わずして何が指揮か」
淡白な口調でそれだけ言い残し、セレンは即座に移動の準備を整えた。




