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【本編完結】一発殴ってもいいですか?  作者: 一理。
【本編】

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49、正体を明かすユリアーネ


「成長されましたな、テオドール殿下」


 ヴァルツァー辺境伯の言葉が素直に嬉しく、テオドールは頭を下げた。


「ヴァルツァー辺境伯、どうしてここへ?」


 テオドールの疑問に答えたのは末席にちょこんと座っていたユリアーネだ。

 ユリアーネは立ち上がると皆に向かって深々と頭を下げた。


「申し訳ございません!! 僕は皆さんを騙しておりました!」

「ゴリアス坊、急にどうしたんだ?」


 ドミニクが動揺した声を上げるが、シュテファンはああ、やっぱりと言った目つきだ。テオドールは……テオドールの表情はユリアーネには読み取れなかった。ただテオドールの表情は凪いでいた。


「ゴリアス」


 アルベルトに促されてユリアーネが呪文を唱えるとユリアーネの髪が輝き、銀髪に戻った。


「俺も黙っていてすまなかった、ヴァルツァー辺境伯のご令嬢、ユリアーネ嬢だ」

「あの行方不明だった?」


 動揺が激しいのがドミニクだ。ドミニクはユリアーネを見たことが無かったからゴリアスがユリアーネだと想像をしたことすらなかった。今までどのくらい失礼な言動をゴリアスにしたのだろうと己を振り返りながら恨めしそうにアルベルトを見た。


「アル団長は知っておられたのですか?」

「最初からではないんです。アル団長は純粋に好意で僕を保護してくれて……その、打ち明けた後も僕がもう少しゴリアスでいたいという願いを聞いてくれて」


 ユリアーネが必死に弁明するとドミニクは「数々の失礼な言動、すみませんでした」と謝った。


「え? 失礼な言動なんて……」


 ユリアーネは頭をひねる。ドミニクが口癖のように言っていた「ゴリアス坊、今日も可愛いよ」という言葉だろうか。ユリアーネはドミニクこそがゴリアスの事を女だと疑って揺さぶりをかけているのだと思っていたが、それは見当違いだったらしい。


「ドミニク副団長にはお世話になった記憶しかありません。出自を隠していた僕を信頼して叱って育ててくださいました。ありがとうございます」


 ユリアーネの言葉にドミニクはホッとしたように微笑んだ。


「ユリアーネ」


 呼ばれてユリアーネはテオドールに目を向ける。テオドールは席を立ってユリアーネのすぐ目の前に来た。


「テオドール殿下、黙っていてすみま——」

「ユリアーネ、申し訳なかっ——」


 勢いよく下げたユリアーネの頭がスッと下げたテオドールの頭にゴチンとぶつかった。


「———!!」


 声にならない悲鳴を上げてテオドール()()が頭を押さえる。


「お前たち、何をやっているんだ?」


 アルベルトが呆れた声を上げた。


「ユリアーネ、お前はテオドール殿下に会ったらしたい事があったんじゃないか?」


 ヴァルツァー辺境伯が愉快そうにユリアーネに問いかけた。

 きょとんとした後、ユリアーネは思い出した。王宮を飛び出して間もなく送った手紙にテオドールを一発殴りたいと書いていたことを。


「あ、父様あれは……あの時は殴りたいって書いてしまったけれど」


 もごもごとユリアーネが言うとテオドールは頬を差し出した。


「ユリアーネ、殴ってくれ。僕は君に酷い仕打ちをした。王宮で一人ぼっちの君に最も寄り添うべきなのは僕だったのに。僕は意地になって君以外の者たちの言葉を信じた。僕が君を王宮から追い出したんだ」

「えーっとその……」


 その事はもうどうでもいいというか、王宮を出て色々な経験をして楽しかったからむしろ良かったというか。

 ユリアーネが迷っていると辺境伯が後押しした。


「ユリアーネ、殴ってやれ。テオドール殿下のけじめだ」

「それなら」


 ユリアーネは真っ直ぐにテオドールを見た。


「テオドール殿下、私にも悪いところはあったと思います。もっと殿下と向き合う努力をすればよかった。冤罪をかけられた時はちゃんと反論をすればよかった。面倒になって放置しなければよかった。でも悲しかったのも事実です。そしてゴリアスとしてテオドール殿下と交流して殿下のいいところを沢山知ってどうしてユリアーネでは駄目だったのかと悩みました。でもこの一発で終わりにします。過去はこれで清算です。歯を食いしばってください」


 パアン!


 言うなりユリアーネは平手でテオドールの頬を打った。

 テオドールは一瞬よろけるが何とか踏みとどまった。

 ユリアーネとしてはかなり手加減した方である。何よりグーで殴っていない。グーで思い切り殴っていたらテオドールは壁まで吹っ飛んでいただろう。


「——っ」


 頬を押さえるテオドールにユリアーネは手を差し出した。


「これからは友達になれますか?」

「いつつ……思ったより痛いな……あっああ。僕としては友達ではなく婚約者と——」

「テオドール殿下、ユリアーネとの婚約は解消されておりますな」


 ヴァルツァー辺境伯の声が割り込んでテオドールは頬を押さえたまま不承不承頷いた。

 一年前にはユリアーネに謝ってからと婚約の解消を拒んだテオドールだったが、失踪が十か月を過ぎたあたりで正式に解消されたのだ。テオドールはこれ以上無理を言えなかった。


「テオドール殿下にお聞きしたいことがある」


 あらたまった雰囲気でヴァルツァー辺境伯が切り出す言葉をテオドールは待った。


「モーリッツ・ベルク子爵の横領を断罪するおつもりですか?」


 ユリアーネの事を聞かれると思っていたテオドールは予想外の問いが来たので反応が遅れたが力強く頷いた。


「勿論だ。その為に僕たちは今尽力している」

「宰相のガルドゥーン公爵や国王陛下が関与しているとしてもですか?」

「ああ。僕の返事は変わらない」

「事が公になればこの国は揺らぐ。それでもですか?」

「民に被害が及ばないのなら黙っていても良かったが、それによって苦しんでいる者がいる。それも力のない者たちだ。不正は正さねばならない。王国が揺らぐなら僕が支える、それが次期王である僕の務めだ。今ここに居る者たちは僕を支えてくれるだろう、僕はそれを信じている」


 ヴァルツァー辺境伯はにっこり微笑むとあるものをテオドールに差し出した。


「では、俺はこれを殿下に託すとしましょう」


 それは裏帳簿と数枚の紙、横領の証拠の品だ。


「「これは……!」」


 テオドールが目を見開き、他の者たちも駆け寄って確かめる。


「俺は来たる春の大夜会でそれを公表しようと思っていましたが、その役をテオドール殿下に譲ってもいい」

「大夜会で……」


 テオドールが茫然とする。


「ええ、ユリアーネに一年遅れの社交界デビューをさせてやりたいですしね」


 白々と辺境伯はそんなことを言うが、こんな物を公表したら夜会どころではなくなるのは必至である。

(父様のその言葉はどこまで本気なのかしら?)とユリアーネは疑わしい眼差しを辺境伯に向けた。

 とはいえユリアーネ的にはデビューなんかより今までの努力が報われてスラムに一日も早く本格的な救済の手が差し伸べられた方がいいので特に不満はないのだが。


「ヴァルツァー辺境伯、どうして大夜会を舞台に選んだのですか?」


 声を上げたのはシュテファンだ。


「君は……ハイツマン公爵のご子息か。なるほど、御父上によく似ておられる」


 ヴァルツァー辺境伯は目を細めてシュテファンを見てから話を始めた。


「一つ、国王陛下や宰相とベルク子爵という下級貴族が同じ場所にいる機会はあまりない事。たとえば国王陛下に謁見を申し込んでベルク子爵を呼び出すにしてもそこでどんな邪魔が入るかわからない。ロンメル男爵の時のようにベルク子爵一人の罪だとして始末されるかもしれない。役者がそろっている場所で断罪は一気に決着をつけたい。二つ、王宮にはガルドゥーン公爵の手の者が沢山いる。もしその場で罪を認めたとしても事実とは違う発表をされるかもしれない、それならいっそ衆人環視の中で行った方がいいだろう。三つ、陰に隠れた人物をあぶりだしたいからだ」

「陰に隠れた人物ですか?」


 シュテファンが聞き返すとヴァルツァー辺境伯は「君たちもその人物を探していたのではないか?」と逆に聞き返した。


「俺にこれを送り付けてきたのはその人物だろう。アイベルク元師団長を襲うだけでは満足できなかったみたいだな」

「それは……辺境伯閣下はその人物が誰か知っておられるのですか?」


 ドミニクが勢い込んで聞くと辺境伯は「さあ?」と言った。


「一人思い当たる人物がいる。ただ確証はない。だから彼もいるだろう大夜会の場で断罪をしたいのだ。彼をあぶりだすために。もう一つ弱いカードがあることはあるがそれは間に合うか微妙だな」

「その人物とは?」


 頬をハーバーに冷やしてもらいながらテオドールが聞くと辺境伯は言った。


「確証の無いことは口に出せない。それよりもどうやって断罪を成功させるか、人々の動揺を最小限に抑えるにはどうしたらよいか、具体的に打ち合わせをしよう」



次話予告『社交界デビューしたユリアーネ』です。

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