46、家族と再会するユリアーネ
「今日はお前は休みだ」
朝、アルベルトに言われ、ユリアーネは現在マルゴットに磨かれ中だ。
「俺も昼には戻ってくる」
そう言ってアルベルトは王宮に出かけて行った。なぜなら今日の午後にはヴァルツァー辺境伯家一行が到着するからだ。
このことは会合のメンバーにも秘密である。皆はゴリアスがユリアーネだと知らないのだから当然だ。ディルクには話したが、ディルクは昨日魔獣討伐に出かけたので現在は王都にいない。
ディルクの告白を聞いた数日後、辺境伯の事を知らせるためにユリアーネはディルクに話しかけた。なんとなくあれ以来ディルクに話しかけづらくてもじもじしていたのだが、意を決して話しかけたのだ。
ディルクはびっくりするぐらい普通だった。(あれ? あの告白は私の聞き違い?)とユリアーネが記憶を疑うくらい。
「良かったな、やっと閣下たちと会えるんだな」
「うん、六年ぶりよ。ああ、父様と母様はお変わりないかしら。クリスは大きくなったでしょうね」
「そうだな、俺も会ってねえけどクリス様は大きくなっただろうな。お前はあんまり成長してねえけど」
「失礼ね! 成長したわよ」
「どの辺が?」
ユリアーネのパンチを躱しながらディルクが笑う。
じゃれ合っているように見える二人を物陰から見ている黒の騎士たちの間に無言のどよめきが上がる。ユリアーネ以外にはニコリともしないディルクなのだから。
「嘘だよ、成長した。綺麗になった」
ユリアーネは真っ赤になった。
またどよめきが……
「こんな男の恰好をしているのに?」
「男らしくなったの間違いか?」
「もう!」
「それも嘘だ。お前はどんな格好をしていても綺麗だよ」
「——!!」
ますます真っ赤になって何も言えないユリアーネに「閣下たちによろしく言っといてくれ」と言ってディルクは去って行った。
またどよめきが……上がらなかった。ユリアーネと別れてこちらに向かって歩いてくるディルクに見つかっては、と騎士たちが蜘蛛の子を散らすようにいなくなったからである。
びっくりするくらいいつもと変わらなかったディルクはいつもと同じではなかった。ちょいちょいと爆弾を落とすようになった。
「お嬢様、今後はもう少し気を付けてくださいね」
マルゴットに言われてユリアーネは意識を現在に戻した。お風呂の後のマッサージが気持ち良くて少しボーっとしていたらしい。
「何を?」
「だから! 日焼けですよ、日焼け! ご令嬢はこんなに日焼けしておりませんわ。お嬢様の肌の性質なのかあまり荒れていないことは良かったですけど」
ブツブツ言うマルゴットにユリアーネは笑った。
「夜会に行くわけじゃないのよ。父様たちに会うだけだわ」
「六年ぶりに、ですよね。お嬢様が美しく成長されたかどうかは私の腕にかかっているのです。ヴァルツァー家の旦那様や奥様を満足させられなかったら私はメイド失格です」
「大袈裟ね」
文句を言いながらもマルゴットは嬉しそうだ。久しぶりにユリアーネを飾り立てられるのだから。ここは腕の見せ所だと数日前から張り切っていた。
ユリアーネは昨日からお屋敷の客間に移っていて、世話をしているのはマルゴット一人だ。ゴリアスがユリアーネだという事はお屋敷の使用人の一部しか知らされていない事だった。
「マルゴット……ありがとう」
不意にユリアーネの口から出た言葉にマルゴットは目をパチクリさせた。
「お礼を言うのは早いですわ。これからコルセットで締め上げますから」
そこはお手柔らかにと願いつつユリアーネは「違うわ」と言った。
「王都について来てくれてありがとう。王宮で支えになってくれてありがとう。王宮を飛び出しても見捨てないでいてくれてありがとう。私は今日家族に会えるけど、マルゴットはまだ会えないのよね」
「おじょ……」
言葉にならずマルゴットは手を止めて後ろを向いた。
「……さ、さあ、マッサージは終わりです。これからドレスを着付けますわ」
その数十分後、容赦なく締め付けるマルゴットに、感謝も忘れてユリアーネは「鬼!」と叫んだのであった。
「ゴ……リア……ス……か?」
昼に戻って来たアルベルトはユリアーネを見て固まっている。
エントランスホールで出迎えたユリアーネはドレスの裾をつまんで腰を下げた。
「アル団長、おかえりなさいませ」
ユリアーネは髪色を元の銀色に戻してある。長さだけはどうにもならないと思っていたが、マルゴットがユリアーネの切った髪をつけ毛に加工してくれていた。離宮を出る時に切った髪の毛を泣きながらマルゴットが紙に包んでいたのを思い出してユリアーネはまたマルゴットに感謝した。
「驚いた……な……」
そう言いながらアルベルトはスッと腕を差し出す。エスコートだ。そんな扱いを受けたことがないユリアーネは戸惑った。
「ここに手を添えるんだ」
アルベルトに言われて手を伸ばすとアルベルトがにっこり微笑んで言った。
「とても綺麗だ、ユリアーネ嬢。それから今日は俺の事をアル団長ではなくアルベルトと呼んでくれ」
ユリアーネは(うおおおおーー)と叫んで逃げ出したくなった。
その馬車が門をくぐった時からユリアーネの目は潤み始めていた。
箱馬車と荷物を載せた幌馬車、その周りを付き添うように走る数頭の騎馬。その一頭に乗っているのがヴァルツァー辺境伯だとわかったからだ。
エントランス前の馬車寄せで馬車が停まると辺境伯はひらりと馬を降りた。
「父様!」
その時にはユリアーネはもう駆け出している。淑女の慎みも、マルゴット渾身の化粧も台無しにしてユリアーネは顔中を涙にして辺境伯にドンとぶつかっていった。
「はっはは、ユリアーネ! 元気そうだな」
ユリアーネを受け止めてぎゅうと思う存分抱きしめた後、辺境伯は「顔を良く見せてくれ」と少し離してユリアーネの顔を両手で包み込んだ。
「大きくなったな。もう立派なレディだ」
「父様……」
記憶より少し老けた父の顔を見てユリアーネはそれ以上言葉が出てこない。
「あなたばかり狡いですわ」
馬車の扉が開いてユリアーネを抱きしめるのに忙しい辺境伯の代わりに一緒に付き添ってきたフォルカーの手を借りて夫人が下りてくる。
「母様!」
ユリアーネが駆け寄ると辺境伯夫人はユリアーネを優しく抱きしめた後、ハンカチでまた溢れ出したユリアーネの涙を拭った。
「あらあら、お化粧が台無しよ」
そういう辺境伯夫人の頬も涙で濡れている。
「母様も」
二人で顔を見合わせてふふふと笑う。相変わらず綺麗で可愛い辺境伯夫人は歳をとらないようだ。
両親が揃ったところでユリアーネは深く頭を下げた。
「勝手ばかりしてして申し訳ありませんでした」
ユリアーネの頭をポンポンと叩いて辺境伯が言う。
「いや、俺こそ謝らねばならん。領地の為とはいえ、辛い生活を強いてしまったなユリアーネ」
ユリアーネはフルフルと首を振る。
「いいえ、得難い経験をさせていただきました。辛い事は……あったかな?」
頭にくることは沢山あったような気がするけど、とユリアーネは首をかしげる。辛いと言えば殴るのを我慢するのが辛かったかしら? 喉元過ぎれば熱さを忘れるユリアーネは恨みや怒りもあまり引きずらない。にっこり笑って辺境伯に言った。
「辛い事はなかったわ、父様。家族のみんなに会えなかったのは寂しかったけど今会えたしね」
「ねえ、ちょっと、僕の存在、忘れていない?」
その時、開いている馬車の扉からもう一人の人物がひらりと飛び降りた。
「え……?」
ユリアーネと同じ銀色の髪の少年はまるでゴリアスを少し幼くしたような風貌だった。
「もしかして……クリストフ?」
いつまでたっても幼児の印象だったクリストフが少年になってユリアーネの目の前に立っている。
「こーんな小っちゃかったクリストフ?」
ユリアーネが自身の腰の辺りを指し示すとクリストフは半目になった。
「そんなに小さくないよ。それに今は同じくらいだ。ユリアーネ姉さま?」
「クリス!! クリストフ!!」
ガバッとユリアーネが抱きつこうとするとひらりとそれを躱してクリストフが言った。
「姉さまは変わってないみたいだな。特に胸部が」
がっくりと項垂れながらユリアーネが言う。
「まぎれもなくあなたはクリスだわ。……それでどうして抱きつかせてくれないの?」
そっぽを向いたクリストフに代わって辺境伯夫人が答えた。
「照れくさいのよ、そういう年頃なのね。馬車の中では早く姉さまに会いたいってそればかりだったわ」
「母様!」
そっぽを向いたまま真っ赤になっているクリストフが愛おしくてユリアーネがまた抱きつこうとするとまたまたひらりと躱されたのだった。
「ゴリア、コホン、ユリアーネ嬢、そろそろ中に入ってもらってはどうだ?」
アルベルトの声が聞こえてユリアーネは家族を紹介しなくては、と振り返った。
「アル団長、父と母と弟です」
あまりに気軽な紹介の仕方にアルベルトは小さい声で「……ゴリアスに戻ってないか?」と呟いた後、ヴァルツァー辺境伯と向き合った。
一家が腰を屈め臣下の礼をする。
「お初にお目にかかります。ディートハルト・フェア・ヴァルツァーと申します。こちらは妻のツェツィーリアと息子のクリストフ。娘、ユリアーネを保護してくださったこと、またこうしてお会いできる機会を賜った事、恐悦至極にございます」
「ご丁寧な挨拶痛み入る。頭を上げてくれ辺境伯、俺は王弟ではあるが、今は臣籍降下してグラッツェル侯爵を名乗っている。あなたの方が爵位は上だ」
辺境伯は頭を上げると差し出されたアルベルトの手をがっちりと握った。
次話予告『もう潮時のユリアーネ』です。




