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【本編完結】一発殴ってもいいですか?  作者: 一理。
【本編】

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47/67

47、もう潮時のユリアーネ


 サロンに落ち着いたところで辺境伯が話を切り出した。

 この場にいるのはアルベルトとユリアーネ、ヴァルツァー辺境伯と片翼のフォルカー、そして執事長のハーバー。片翼のラウレンツは所用があるとかで遅れて王都にやってくるらしい。辺境伯夫人と、クリストフは先にマルゴットに案内されて客室に向かった。


「改めてグラッツェル侯爵、ユリアーネの事、大変感謝しております。もうご存じの事と思いますが跳ねっ返りで何をしでかすかわからない娘ですのでグラッツェル侯爵に保護していただき私どもも大変安堵いたしました。また、此度は私どもまで滞在させていただくことになり誠にありがとう存じます」

「ヴァルツァー辺境伯、俺は貴殿より若輩者だ、フランクに話してくださるとありがたい。それからユリアーネ嬢は俺の従者として非常に役に立ってもらっている。世話になっているのは俺の方だ」


 ユリアーネは辺境伯の言葉に少しむむむっとなったが勝手に王宮を飛び出して心配をかけたのは事実なので黙っていた。ちなみに王宮を飛び出したことは微塵も後悔していない。


「ではお言葉に甘えて。さて、今回我らが王都まで出向いてきたのには二つの理由がありましてな。一つはユリアーネに一年遅れのデビューをさせてやりたいという親心なのですが」


 辺境伯の言葉にユリアーネは唖然とした。デビュー……そんなものあったわねというのが正直な感想だ。この先貴族として生きていくのなら社交界デビューは大切だ。でもすっかりゴリアスとしての生活に馴染んでしまって頭からすっぽ抜けていたのだ。デビューするという事はユリアーネに戻るという事だ。行方不明のユリアーネに。

 そんな千々に乱れるユリアーネの心を知ってか知らずか辺境伯はそこはさらっと流してもう一つの理由の方を切り出した。


「まずはこれを見ていただきたい」


 辺境伯が取り出したのは一冊の帳簿と数枚の紙。


「……これは!!」


 暫く中身を改めていたアルベルトがカッと目を見開いた。

 なぜならそれは横領の裏帳簿。これがモーリッツ・ベルク子爵の手によるものだという明確な証拠入り。そして数枚の紙はモーリッツ・ベルク子爵の横領にガルドゥーン公爵や国王が関与していたという証拠書類だった。隠蔽工作の為の偽書類に両名がしっかりとサインをしていたのである。


「こ……これをどこで?」


 アルベルトが震える声で聞く。つい先日、得体のしれない第三者の存在が浮かび上がったばかりなのだ。その人物は先んじて横領の証拠を集めていた、お茶会のメンバーに恨みを持つ人物。

 辺境伯が彼らに恨みを持つ過去があったのだろうか? とアルベルトはユリアーネと同じ銀髪でユリアーネと同じさっぱりとした雰囲気を持つ目の前の人物を改めて眺めた。


「これは先日俺の元に送られてきたものです。ご丁寧にユリアーネが王宮でされていた数々の嫌がらせはガルドゥーン公爵のご令嬢と王妃殿下によるものであること、テオドール殿下がユリアーネを嫌い遠ざけていることなどを綴った手紙と共に。手紙の最後にはこう書いてありましたな」


 ここで辺境伯は一通の封書を取り出すと読み始めた。


「ああ、ここからだ『御息女ユリアーネ様は王宮で孤立させられ寂しい毎日を送られておりました。ユリアーネ様の失踪はそんな生活に絶望されて自ら儚くなられたか、ガルドゥーン公爵、または王妃殿下の姦計により命を落とされたものと推察されます。力のない私ゆえ、虐げられてもじっと耐えるユリアーネ様を物陰から見守る事しかできなかった事をお許しください。せめてもの償いとして私が調べた書類を同封いたしました。ヴァルツァー辺境伯様、宮廷に巣食う女狐たちに虐げられ日々辛酸をなめていらしたユリアーネ様の為に一矢報いてはくださいませんか、その希望を貴方様に託したいと思います。臆病な私をお許しください』」


「「ぷぷー」」


 辺境伯とユリアーネが揃って吹き出した。


「あっはっは、父様、私に失礼よ」

「お前だって笑っているじゃないか」


 アルベルトはその光景を見て目を白黒させている。

 ひとしきり笑った後、辺境伯はアルベルトに聞いた。


「グラッツェル侯爵、ユリアーネは嫌がらせを受けて耐え忍ぶ性格だと思いますか?」

「いや……ゴリアスは、ああ、ゴリアスというのはユリアーネ嬢の事ですが、ゴリアスは倍にして返すか、まったく気にしないかのどちらかだと思いますが……」

「世を儚んで自ら命を絶つ性格だと思いますか?」

「世を儚んだらその場所を飛び出して自由にどこかに飛んで行くでしょうな」

「ふふ、グラッツェル侯爵はユリアーネの事をよくわかっておられるようだ。おまけに我が娘はそんじょそこらの曲者よりも強いのですよ。ですからこの手紙の主は実はユリアーネの事をよくわかっていないのでしょうな」

「ああ、確かに。ユリアーネ嬢が女装しているところを俺は今日初めて見ましたが、外見だけは儚げに見えますね」

「アル団長も失礼だわ」


 ユリアーネがむくれたのでアルベルトは急いで謝った。ドレスを着たユリアーネにはどうもドギマギしてしまうアルベルトだった。きっとゴリアスのままだったら「気にするな」と言って頭をクシャッと撫でておしまいだっただろう。


「父様、王宮で暮らしていた時の私は淑女だったのです。お淑やか—な女性だったのです」

「外見だけな」

「ええ、外見だけ」


 ユリアーネと辺境伯は顔を見合わせてにっこりした。


「すると、この手紙の主はユリアーネ嬢の事を見かけることはあっても親しい訳ではなかったという事だな。それでいて嫌がらせの詳細を知っている……王宮の侍女かメイドだろうか? それでいて横領の証拠も揃えられる人物とは?」


 考え込むアルベルトに辺境伯が話しかけた。


「グラッツェル侯爵、手紙の文面が女性のようだとしても差出人が本当に女性とは限りませんよ。この手紙から考えられるのは差出人が横領の証拠を手に入れる伝手を持っていること、ユリアーネに対する仕打ちを詳しく知っていること。それなのにユリアーネ自身の事はよく知らない事。重ねて言えば、この俺にグラッツェル侯爵やモーリッツ・ベルク子爵、ひいては国王陛下や王妃殿下の断罪をさせたい事、でしょうな」

「そうか、文面を丸々信じる必要は無いな。辺境伯に断罪させたい理由は何だろう」

「この手紙に書いてある通り、身分が低いので訴えても有耶無耶にされてしまうから。または自分が表に立ちたくないから。たとえば単純にこの手紙の差出人が義憤を感じたのではなく、根底に彼らに対する恨みなどがあった場合、私怨を探られたくないという理由。または辺境伯である俺が王家とその周辺を断罪する方がインパクトが大きいから」


 辺境伯は考えられる理由をいくつか挙げた。すべて想像でしかないが、そう外れていないと彼は思っている。彼にはある確信があった。


「それで? 父様はこの証拠を持って行って王宮で断罪するつもりなの?」


 ユリアーネの問いかけに辺境伯はニヤッと笑う。


「ヴァルツァー辺境伯、実はこの証拠は我々が探していた物なのだ、我々に預けてくれるわけにはいかないか?」


 アルベルトは初冬から今までの会合の話を打ち明けた。そのメンバーにテオドールがいることも含めて。一年前、ユリアーネの失踪事件の時、ヴァルツァー辺境伯がテオドールに対してかなり含むものがあったのを承知のうえで。

 ユリアーネはディルクを通じて何度か辺境に手紙を送っていたが、そのことについては話をしていなかった。辺境伯に秘密にしたかったわけではない。手紙という誰に見られるかわからないものに滅多なことは書けなかっただけだ。


「グラッツェル侯爵、その会合は次はいつですか?」

「別に日程が決まっているわけではないが、近々集まろうと連絡するつもりではいた。俺が待っていた手紙が今日届いたのでね」

「アル団長、それは以前言っていた手紙ですか?」


 ユリアーネの問いにアルベルトは頷いた。王妃殿下のお茶会にアルベルトが出席した際、アルベルトは体調を崩して帰って来た。それについてアルベルトはあるところに手紙を出した、その返事が返ってきたら説明すると言ったのだった。


「俺もその会合に出席させてください」

「ヴァルツァー辺境伯?」

「俺は横領の件を公にして断罪しようと思っています、春の大夜会で。つまりこの手紙の主の思惑に乗るわけだ」


 辺境伯の言葉にアルベルトもユリアーネもびっくりした。


「しかし……」


 アルベルトの迷いを辺境伯もわかっている。そのうえで辺境伯は言った。


「これはこそこそやるべきではない。宰相や王家を断罪するんです、衆人環視の中でやるべきだ。そして俺はこの手紙の主もあぶり出したい。この人物の思惑も含めて全てを公にする覚悟です。もちろん大騒ぎになるでしょう、この国が揺らぐほどの。しかし今の国王が退いても王家には貴殿がいます」

「俺は臣籍降下した身だ。それに俺は……」

「王位には興味がないと言って外国に逃げた。もちろんそうせざるを得なかった事情も分かっています」


 何か言いかけたアルベルトは口をつぐんだ。


「それでも貴殿には王家の血が流れています。炎の魔術も持っている」

「テオドールも一緒だ」

「ええ、会合に出たい理由の一つはテオドール殿下を見極めたい。一年前に会った時はとんだ腑抜けでしたからな」


 アルベルトは今すぐ反論できないようだが、ユリアーネは黙っていられない。


「父様、私の正体がみんなにバレたら——」

「バラしてしまえ」

「お前が皆を信頼しているのならもうバラしてしまえ」


 しかし……テオドールには……

 ユリアーネは迷っていた。ゴリアスとしてテオドールと親しくなった。テオドールはゴリアスがユリアーネだと知ったら以前のような頑なな態度に戻ってしまうのだろうか? いや、正体を偽っていた分、頑なを通り越して嫌われてしまうのだろう。ディルクとテオドールのようにユリアーネも親友になりたかったのに。


「もう潮時だぞ、ユリアーネ」


 その言葉にはユリアーネも言い返せなかった。




次話予告『過去を告白するアルベルト』です。

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