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伯爵令嬢頑張る

 その後のプジョー伯爵の処分は苛酷なものとなった。戦火を避けるために預かった他家の嫡男を迫害、殺害しようとしたのだ。前代未聞のことである。

執事や侍女長はお家のためにしたことと弁解するが、伯爵はその言い訳に呆れ果て、首謀者は拷問後に火刑、迫害に関わった者は斬罪、見過ごしていた者は鞭打ちして解雇とする。


 アレクシスは優しかった家臣達が一斉にいなくなったことにショックを受けるが、自分がやったことをコンコンと諭され、更にキャスパーと同じ扱いをされて、初めて自分のしたことを理解する。


 サーブ子爵は何があったを言って回ることは無かったが、キャスパーの様子や家臣から話は貴族社会に広がり、プジョー伯爵家とアレクシスの評判は地に落ちた。


 プジョー伯爵家は社交界から実質的に締め出され、嫡男の結婚相手も見つからない。それを解くにはサーブ子爵との目に見えた形での和解が必要であった。


 サーブ子爵に対して、伯爵は、関係した家臣を厳罰としたことと莫大な謝罪金を支払うことで和解してほしいことを願ったところ、子爵夫妻は長男を蔑ろにされた怒りは収まらなかったが、近隣での付き合いや戦争で共闘したことも考慮し、認めることとする。


 問題は両家が和解したことをいかに貴族社会に示すかである。プジョー家は、キャスパーとアレクシスの婚約を希望するが、サーブ家は難色を示す。キャスパーが激しく拒否したのだ。親の言うことをよく聞く子であったが、この件についてだけは断固として拒絶する。


 アレクシスはあれから何度もサーブ家を訪問し、謝罪を繰り返していた。最初は面会も拒否していた子爵夫妻もその真摯な行動に心を許すようになったが、キャスパーは絶対に会おうとしなかった。


 やむを得ず、両家は将来の破談もあり得ると言う条件付きで、両者の婚約を発表する。このことによりプジョー家は社交界、貴族社会への復帰を許されたが、当然ながらその評判は決して高いものではなかった。


 それから10年、プジョー伯爵夫妻は、莫大な謝罪金で困窮した領内を立て直し、名門意識に凝り固まる旧弊な家臣を入れ替え、内政や家政を再建する。ほっと一息つく夫妻であるが、問題はアレクシスの婚約である。


アレクシスは兄弟の中の一人娘で甘やかされていたが、事件後は厳しく躾けられた。本人も深く反省し、今では領内で慈悲深い姫君と慕われている。

まだ事件を知る者はいたが、彼女と接すると決まってその評価を180度転換した。


彼女はこの10年間、季節毎に、婚約者のキャスパーに挨拶と謝罪と会いたいことを手紙に書いて出すが、決まって、謝罪は不要、会わない、婚約も解消するので手紙も不要と言う返事が来た。贈り物も返される。


彼女も18歳となり、貴族令嬢ではそろそろ行き遅れとなる歳である。


さて、両親に宣言してから、アレクシスはサーブ子爵家に赴き、子爵夫人と侍女長と会っていた。侍女長は、あの時キャスパーとともに伯爵家で苦労した侍女であり、キャスパーが最も信頼する女性である。


アレクシスは深々と頭を下げ、頼み込む。

子爵夫人と侍女長は10年間の彼女の言動を見て、キャスパーとの結婚を認めても良いと思っていたので、協力することとする。


子爵夫人は微笑んで言った。

「いいでしょう。キャスパーも幼い頃の過ちをいつまでもこだわり過ぎてます。アレクシスさんの謀、サーブ家を挙げて支援しましょう」


しばらく後、キャスパーに対して、手を包帯で巻いた侍女長が話す。

「今までキャスパー様のお世話は私がしていましたが、手を骨折してしまいました。これからはこの娘にも手伝ってもらいます。

彼女は私の姪に当たり、行儀作法の見習いに参りました。

アリス、ご挨拶を」


「アリスと申します。よろしくお願い申しあげます」


キャスパーは一瞥すると、「わかった。よろしくな」と素っ気なく返す。

美人とは思うが、プジョー伯爵家で美しい侍女達に虐め尽くされたキャスパーは美人に逆に警戒心を持つ。


それからアリスは献身的にキャスパーに仕えた。

早朝から狩りに行くときは深夜から衣装を準備し、朝食を整え、その起床を待ち、山賊征伐から戻る時は帰りが深夜になっても起きて、その血塗れの鎧を脱がせ、身体を甲斐甲斐しく拭い、腹が減っていれば自分で素早く食事を用意した。


何故か起きてから寝るまでのキャスパーの世話は、この新入りの見習い侍女に全て任されていた。


その行為はキャスパーの好みを知り尽くし、痒いところに手が届くとはこのことか、最初は要らぬ世話だと言っていたキャスパーは、知らず識らずにアリスの奉仕を受けるようになっていた。


山の実りが不作だった秋の後、冬籠りの仕度ができなかった熊が人家を襲うことが頻発した。


キャスパーは、領民を保護すべく、自ら騎士を連れて山狩りを行うが、狡猾な熊に姿を晦まされ、分散し、単独で捜索しているところを逆に熊に襲撃される。


激しい攻防の末に、熊の喉を掻き切るも、一撃を受けて、谷底に転落し立てないほどの重傷を負う。


既に夜となり、山狩り部隊は引き揚げているだろう。

キャスパーは動かない身体を持ち上げ、小ぶりの洞窟に身を横たえる。

炎を絶やさず、獣に注意するも、疲れでうとうとしていたようだ。

どこからか自分の名を呼ばれている。


「こっちだ!」

声に出すと、驚いたことにアリスがやって来た。あちこちにケガをしている。


「キャスパー様!酷いお怪我を」

「なぜお前がこんな山の中にいる?」


聞けば、キャスパーが帰還しないため捜索隊が送り出されたが、そこに無理を言って入れてもらったものの、暗い山中、彼女も迷子となって谷底に落ち、彷徨いながらキャスパーの名を呼んでいたということだ。


「それでは二人揃って迷子になったのか。ハッハッウッ」

キャスパーは明るく笑うが、傷の痛さに顔が苦痛で歪む。

更に不味いことに雪が降ってきて、流血が酷いキャスパーは寒さが耐え難くなってきた。


「寒い・・」

キャスパーの呟きに、アリスは躊躇わずに服を脱ぎ捨て、裸となって、服を脱がせたキャスパーに抱きつく。


「人肌を合わせれば温かになります」


「アリス、やめろ!

嫁入り前の娘がそんなことをすれば嫁ぎ先が無くなるぞ!」


「私の婚約者は、私を嫌い結婚などしないと言われています。

キャスパー様の命を救うなら結婚できなくとも結構です」


キャスパーは必死で突き放そうとするが力が出ない。アリスの身体の柔らかさといい匂いに包まれ、力尽きて寝てしまった。


明け方、目を覚ますと焚き火で肉を焼いているアリスがいた。

「昨日、キャスパー様が倒された熊の肉を削いできました。

お食べください」


昨日の夜を思い出し、なんとなく沈黙しながら二人で肉を囓っていると、キャスパーがふと言葉を漏らす。


「俺にも婚約者がいる。幼い頃は酷い目に合わされた。

今となっては事情もわかり、嫌っている訳でもないが、幼い頃に因縁で結婚しなければと思っている、そんな義務感で夫婦となっても上手くいくとは思えない。

お互いに他に合う相手を探せばいい」


アリスが何故かホッとしたような表情なのが不思議だったが、キャスパーは、「つまらないことを言った。忘れてくれ」と言う。


谷底にいても見つからないと思い、二人は尾根まで山を登ることとするが、キャスパーは足が折れているようで自力では登れない。

アリスの肩を借りながら必死になって一歩一歩登るが、しばしば蹴躓いて落ちていく。


アリスの疲弊ぶりを見て、キャスパーは言う。

「お前一人で助けを求めに行き、捜索隊をここまで案内しろ」


しかし、アリスは頷かなかった。

キャスパーの怪我は重く、側にいたほうが良いでしょうと言って離れなかった。


あまり進まないまま、陽が暮れる。

動けないキャスパーを洞穴に置き、アリスは持ってきた熊の肉を焼き、木の実を渡す。


その晩、疲れて寝ていた二人の耳にオオカミの声がすぐ近くで聞こえる。


動けないキャスパーは、

「このままでは洞穴に入ってくる。アリス、オレを置いて逃げろ。そうすればオレを食い、満腹になったオオカミはお前を追うまい」と言う。


しかし、アリスはキャスパーの前に持てるだけの岩を置いてバリケードとし、自分は右手に短剣を、左手に燃えた枝を持つ。


そして

「キャスパー様、私を食べてお腹が膨れれば、岩を乗り越えてまで行かないでしょう。さようなら。愛しています」と言って、洞窟の前に出ていく。


キャスパーは必死に岩を乗り越え、アリスのところに向かおうとするが足が動かない。


「アリス!」

「キャー!」

キャスパーの絶叫とアリスの悲鳴がこだまする。


「キャスパー様、こちらですか!」

その声を聞きつけ、夜通し探していた救援隊が急ぎやって来た。


「オレはいい。アリスを助けてやってくれ」

キャスパーはそう言うとホッとしたのか気を失った。


キャスパーは目が覚めると、居城の自室であった。

見守っていた侍女長に、慌てて聞く。

「アリスはどうした?」


「あらら、女性のことなど気にも留めなかったキャスパー様がいきなりアリスのことを聞くなんて。

大丈夫です。ちゃんと生きています」


そこに母の子爵夫人がやってくる。

「でもね、あちこちに傷ができたのよ。

あれじゃお嫁に貰ってもらえるか心配だわ」


その言葉を聞くと、キャスパーは直ぐに言った。

「私の責任です。私の妻になって貰います」


「でもねえ、あなたには婚約者がいるでしょう。

アリスは子爵家の妻になれる家柄ではないわ」


「アレクシスに婚約を断り、納得してもらいます。

私のために命も惜しまないアリスしか妻にはできません」


「そこまで言うならアレクシスさんと話してごらんなさい」

いつになく物わかりのいい母に疑問を持ちながら、キャスパーはアリスを見舞う。


「アリス、私のために済まない」


「いいえ、お仕えする主のために動くのは当然です。

お気になさらないでください」


「いや、もうオレにはお前しか妻には考えられない。

少し待っていてくれ。婚約者と話をつけてくる」

そう言うと、キャスパーはアリスに深く口づけをする。


キャスパーは、それから急使を立て、アレクシスに急ぎ会って話をしたいと伝えた。


三日後に会うことが決まるが、その晩、アリスが失踪する。


キャスパーは狂ったように探し回るが、母と侍女長から「女には女の行き先がわかるのよ。私達が探しておくから貴方はアレクシスさんとキチンとお話しなさい」と言われ、後ろ髪を引かれながら、王都の会談場所に赴く。


アレクシスはつばの深い帽子にベールを垂らし、その表情は伺えない。


キャスパーは、長い間アレクシスの会いたいという要望を断ったにも関わらず、突然の話し合いの件について詫びることから話を始めた。


「済まないが、愛する人ができた。

私のために命をかけてくれる女性だ。

この人と生涯を共にしたい。

婚約を無かったことにしてほしい。その償いになんでもしよう」


キャスパーの言葉に、アレクシスは低い、聞き取りにくい声で言う。

「では、キャスパー様が愛するという、その女性の名を教えて下さい。

そして、その方がどんな氏素性であっても生涯愛すると誓ってください」


「その女の名はアリス。

オレは彼女が誰であっても生涯愛し続けると誓おう」


「暫しお待ち下さい」

アレクシスは部屋を出る。

怪訝に思うキャスパーだったが、すぐに部屋のドアが開き、いつもの侍女の服装をしたアリスが飛び込んてきた。


「アリス!どこにいた?

心配したぞ」


アリスを抱き上げ、キャスパーは叫ぶ。


「キャスパー様、わたしを妻にしてくださるのね」

「勿論だ。騎士に二言はない」


それを聞いて、アリスはニッコリし、同時にドアから子爵夫人と侍女長が入ってくる。


「やれやれ、手間を掛けさせて」

「奥様、終わりよければ全て良しですよ。

結婚式は盛大にしましょう」


目を白黒させるキャスパーにアリスが言う。

「キャスパー様、私は別名をアレクシス・プジョーと言います。

生涯よろしくお願いいたします」


キャスパーはそれを聞いてすべてを知るが、不思議と怒りはなかった。

アリス、いやアレクシスの知恵と行動力に感嘆し、彼女を抱き上げて言う。


「アリスでもアレクシスでもいい。お前がオレの妻だ。

生涯を共にしよう」


そして、キャスパーとアレクシスは盛大な結婚式の後、王国一仲睦まじい夫婦として生涯をともにした。


なお、結婚式の後、アレクシスと伯爵夫人、子爵夫人と侍女長がお茶会を開き、アレクシスがキャスパーを落とすための支援のために働いた多くのサーブ家家臣の労をねぎらったという。



子爵家では頑固なキャスパーを陥落させるために、アレクシスと共謀して手を尽くしました。恋と戦争は何をしてもいいと言うのがアレクシスの信条です。

ここの話はキャスパーから見えた物語です。

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[気になる点] 胸糞話 [一言] > キャスパーも幼い頃の過ちをいつまでもこだわり過ぎてます。 え?虐待されて、しまいには殺されかけたのに「幼い頃の過ち」で片付けんの? 割と作者の倫理観を疑うわ。
[一言] あのときに死ななかったからこそハッピーエンドを迎えられたんだよね 結果論だけど、訓練という名の虐待がなければ生き延びられなかったし、アレクシスが惚れることもなかったわけで 人生は終わるまで…
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