キリンベッド
信州大学では、1年生から2年生になると呼称が『教養生』から『学部生』に変わる。特に、工学・教育・繊維・農学の学部生は松本市を離れるため明確に区別されるのだが、人文・経済・理学・医学の松本にある学部でも、教養部の講義棟を離れ各学部棟での受講に変わるので、進級に対する意識は高い。
さて、無事進級を果たし、松本市から引っ越し、新たな下宿で生活を始めた。
引っ越し荷物の片づけを終えたところで、下宿に対する意識は少し変わっていた。
松本の下宿は、大家さんの「離れ」だった。当然、土壁、襖の和室仕様。電灯もカーテンも備え付けられたものを使わせてもらっていたので、間借りしているという感覚が強く、インテリアに手を掛ける発想はまるでなかった。
ところが、引っ越した先はアパートで、代々学生が使っていたためそれなりに壁も柱も傷んでいたし、蛍光灯やカーテンも自前で準備したので、自分の部屋という感覚が強かった。さらに、松本での生活は1年限定という前提があったが、学部での生活は3年は続く。このアパートが気に入れば、そのまま3年間暮らすこともありうる。また、いろいろな先輩の下宿をリサーチしたことで、生活の工夫などを目の当たりにした。
そこで、引っ越し片付けをする前に、内装を大きく変えることにした。
まず手を付けたのが床面と壁面。
台所は合成樹脂の床材だった。玄関に接し、水やその他の液体をこぼすに違いないことから足元にマットを敷くだけにした。
居室は6帖の畳敷きだったが、全面にカーペットを敷いて洋室風にすることにした。こたつとカラーボックスとファンシーケースを台所に避難させ、ホームセンターで購入したカーペットを敷き詰めた。カーペットがずれないように画鋲を大きくしたようなピンで留めると完成。
あちこち剥げた壁には、ホームセンターで見つけたカーテン用の端切れ布を画鋲を使って留め、壁紙代わりにした。
カーペットと壁を青系統の色で合わせたので明るい雰囲気になり、殺風景だった部屋の印象は大きく変わった。
洋室化の第2弾はベッドだ。布団敷きだと上げ下ろしが面倒でどうしても万年床になってしまう。
友人の引っ越しを手伝ったときのことだが、万年床を引き上げたら、布団の範囲ピッタリに黴が繁栄していたことがあった。ベッドにするとこんなことは起きないだろうし、誰かが部屋に来た時もいちいち布団を片付けなくても大丈夫だ。
ベッドだが、実際に購入するとなると結構な出費になるが、そこは学生の知恵。先輩方のご意見を参考に『キリンベッド』を作ることにした。
キリンベッドは、瓶ビールのケースを並べて固定しその上に布団を敷いてベッドにしてしまうというものだった。どういう訳か、使われるビールケースはサントリーでもアサヒでもサッポロでもなくキリンだった(多かった?)ことから、キリンビールのビールケースを利用した簡易ベッドということらしい。
ビールケースのサイズがおよそ35cm×45cm。これを体格に合わせて縦6個×横3個の計18個並べ、210cm×135cmのサイズにすることにした。
ビールケースは、酒類の卸をしている組合のようなところで、たまったビール瓶を片付けたいのでケースを貸してくれと頼んで調達すると聞いていた。
いそいそと出向いて教えられた通りにお願いすると、「ベッド用か?」とあっさり看破された。版で捺したように学生がビールケースを求めて現れるらしい。結局、1ケース200円の保証金を置いていくことになったが、だいたい4個×3個(=180cm×105cm)で12ケースが標準だと諭され、2,400円と引き換えにビールケースを入手した。
軽トラなどがあれば一気に運べたのだろうが、バイクだとどう頑張っても一度に運べるのは4個が限界だったので、3往復してようやく素材を揃えることができた。
半ば野ざらしだったケースを丹念に拭き、壁際に並べてケース同士を紐で固定した。
ケースの上に布団を敷くと、なるほど、シングルサイズの布団とはピッタリサイズでちょうどよい。しかし、枠も何もなく、単に布団が高くなっただけで枕が落ちてしまいそうだったので、頭側をファンシーケースにくっつける配置にした。
試しに寝てみると、痛い。すごく痛かった。
ケースの足にあたる突起が薄い布団を通して背中にぐりぐりと当たってしまっていた。仕方ないのでスーパーマーケットでダンボールを貰ってきて、マットレスの代わりにケースと布団の間に敷き詰めてようやく寝所が完成した。
カーペットを敷きつめ、壁に布を張り、ベッドを置いたことで、オンボロ学生アパートはなかなかの部屋になった気がした。
キリンベッドは、その後ダンボールがウレタンマットレスに変わったり、模様替えで配置が換わったりしたものの、卒業まで頑張ってくれた。
卒業を前に、後輩が欲しいというので2,400円で譲ったが、保証金の額の変動はなかったのだろうか。




